八章3

 *



「ワーレスさま。お庭に行きましょ」


 真夜中。ロンドが迎えにくる。その日の書類を整理していたワレスは、マントを手に立ちあがる。


「いちいち迎えに来るな。おまえもスノウンのように、独自の方法とやらで調べてはどうだ?」

「ああーん。そんな冷たいこと言わないでぇ」

「かんじんのときは寝てるくせに」

「わたくし、今朝、起こされたおぼえ、ございませんけど?」

「熟睡していたんだろう?」

「うぎゅー」

「変な声を出すな」

「今のは老師が怒ったときの声です」

「おまえ……世界中の鳥を使い魔にするために、しばらく旅に出てろ」

「静かにされるのって、罵られるよりキツイわ……」


 話しているところに、階下からいくつも足音が響く。見張りを交代した兵士が帰ってきたのだ。


「おれたちも行くか」

「旅には出ませんからね!」

「裏庭に行くんだ」


 すぐにハシェドたちが帰ってくるのはわかっていたので、ランプの明かりはそのままにして廊下へ出る。直後、悲鳴が聞こえた。ワレスはいちはやく階段をかけおりる。


「今の声は?」

「三階あたりのようです」


 見張りの答えを聞き、さらに急ぐ。


「さっきの悲鳴はなんだ?」


 闇にむかって大声を出すと、暗闇から誰かがとびだして反対側へ走っていく。


「今のは、ザッツ?」


 暗がりにもう一人いる。


「誰だ?」


 近づいていくと、青い顔をしたエンハートだ。剣をぬいたようすもなく、衣服が少し乱れている。暗闇でとつぜん襲われたらしい。


「闇討ちか。この前の意趣返しだな」


 エンハートは答えない。ふるえて声も出ないのだ。


「ここでは人が来る。妙な評判を立てられたくなければ、部屋に帰るぞ」


 そういうあいだにも、見張りの兵士が集まってくる。ワレスの部下たちなので、エンハートの顔を見て、いきさつを飲みこんだ。


「小隊長。さきほど西階段から、ザッツがあがっていきましたが」

「なんでもない。持ち場に帰れ」


 ハシェドやクルウもかけつけてきた。


「小隊長。おいででしたか」というハシェドの呼びかけはわかる。

 だが、クルウはと言えば、エンハートの姿を見るやいなや、ワレスのことも無視して、よこ抱きにエンハートをかかえ、階段をかけあがっていく。


「なんなんだ? あいつ」


(そんなにエンハートが大事か? まるでお姫さまのあつかいだな)


 ちょっとあきれたが、気をとりなおして野次馬をけちらす。


「見張りは持ち場に、用のない者は部屋に帰れ!」


 一喝しておいて、クルウのあとを追った。

 五階の自室へ戻ると、クルウの腕からおろされるエンハートを見て、なぜかはわからないものの、ドキリとする。自分と同じ顔が男の腕に抱かれていたからだろうか? それにしても、ふるえるエンハートは、やけになまめかしい……。


(おれは気が狂ったのか? なんで自分と同じ顔にドキドキするんだ)


 落ちつかない気分で、エンハートにむきなおる。


「ザッツはあとで罰するとして、それにしても、もう少し男らしくならないのか? 服も着てるし、ほんとに何かされたわけじゃないんだろう? そんなだから、嬢ちゃんと呼ばれるんだ。ケガはないか?」


 エンハートは首をふる。


「あ……ありませ……」

「しゃっきりしろ。男だろうが」


 言ってから、ランプを近くのテーブルに置きなおしたワレスは気づいた。


「足から血が出ているな」


 白い足をつたう、ひとすじの血。

 ワレスが指摘すると、エンハートは急に顔を覆って泣きだした。クルウにひっついて、完全にワレスに背をむける。

 いよいよ、変な気分だ。なんだか知らないが、異様に可愛い。エンハートの仕草が気になってならない。

 あとを追って入ってきたハシェドも妙な顔をしている。ワレスと目があうと、戸惑うように首をかしげた。


 そのとき、とんでもない金切り声が響く。


「あーれー。わたくしがこの世でもっとも嫌いなものが、この部屋にぃー!」

「ウルサイ」


 反射的にロンドをなぐっておいて、その瞬間にひらめく。


「そうか。そういうことか。エンハート、おまえ、まさか……」


 ビクリとして、エンハートは肩をすぼめる。そのようすを見れば、もうまちがいない。


「おまえ、女なんだな? エンハート」

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