七章4

 *



 庭師がそろって食事をしている。

 いつものようにユーグはいないが、そのほかの九人はここにいた。昼や夜はそれぞれの区画の仕事があるので、全員が集まることはあまりないものの、こうして朝は皆で食卓をかこむのだ。


 場所は本丸裏口に近い厨房の奥。砦の使用人のための小さな食堂がある。兵士たちの大食堂とは別なので、ここに来るのは庭師、家畜係、コック、給仕の少年だけだ。小姓や女官は盆だけ受けとって自分たちの部屋で食べる。今は庭師しかいなかった。


 ふだんは食事のときにも植物のことしか話さないが、この日は殺伐とした話題がのぼって、ユリシスは胸を痛めた。


「聞いた? あの話。今朝、また新しい死体が見つかっただろ?」と、言いだしたのは、クロードだ。

 クロードは庭師のなかで一番若く、ずばぬけて陽気。きっと隠すべき過去がないからだろう。おしゃべりで、逆に庭師のなかでは浮いていた。


「なんかさ。ワレス小隊長が、みんなの前で話してるの聞いたんだけど、あの変死起こしてるの、人間らしいんだよ」


 ええっと声をあげたのは、同じく若いリヒテルや、話し好きのショーンだ。彼らは希少な植物が多いと有名な砦に修行しに来ただけだ。何かから逃げだしたわけではない。


(砦に来るのは、わけありばかり……)


 ユリシスほどの秘密をかかえている者はそういないかもしれないが、それにしても、クロードたちは少数派だ。みんな、それぞれ、国内にいられない何らかの事情があるのだと、ユリシスは感じとっていた。ミモザや、アイリス、マグノリアのように、本名をすてて愛称で呼びあうのは、その気持ちの表れではないだろうか。


「人間がやったって、どういうこと? 誰がやったの?」

「というか、クロード、おまえ、なんでそんなこと知ってるんだ? 死体が見つかったのって、早朝だったらしいじゃないか」


 食卓での話題は続く。


「兵士たちがさわいでたから、起きて見に行ったんだ。ワレス小隊長が説明してた。あの人、やっぱり、すごい切れ者だね。死体をいちべつして、これはおかしいって言いだしてさ」


 クロードはペラペラと、そのときの光景を話して聞かせる。


「——というわけでさ。人間の仕業らしいんだ」


 庭師たちはたがいの顔をうかがった。


「イヤだな。人間がって……じゃあ、兵士が怪しいのか?」

「そんなの、よけいに安心できないじゃないか。いつ誰に襲われるかわからない」


 ぼそぼそと話す仲間たちに反して、クロードの声はやけに明るい。


「そんなの、変な趣味のある恋人、作らなきゃいいってだけだろ?」


 クロードがそう言った瞬間、アイリスの顔色がサッと青ざめたことを、ユリシスは見逃さなかった。


 アイリスは年齢的には、クロードやリヒテルとほとんど変わらない。そう。ユリシス自身とも。

 だが、明らかにクロードたちとは異なるふんいきを持っている。暗いかげりのある表情。ユリシスと同じ。自分が若いのだということさえ忘れてしまったかのような。

 彼はユリシス側の人間だ。目の下にいつも青いくまがあるが、それも魅力に見える繊細せんさいな青年。


「バカだな。クロード。相手は何人も殺してる殺人鬼だぞ。そんな趣味があるなんて吹聴ふいちょうして歩くわけないだろう。趣味は秘密にしてるさ」


 ショーンに言われて、クロードはペロリと舌を出す。


「そっか。じゃあ、恋人そのものを作らなきゃいいんだ」

「まあ、そうだな。よく知らない人間は信用しないほうがいいな」


 その後ひととおり、ワレス小隊長のウワサで、おしゃべり三人組みは盛りあがった。ボイクド砦の英雄は庭師のあいだでも、かっこうの話題だ。ことに今は小隊長が庭をうろついている。

 三人の話を聞きながら、ユリシスは微笑した。庭師たちにも憧れの英雄が個人的知りあいであると思うことは、くすぐったいような心地になる。


(ワレスさんは僕のことをおぼえてた。そして心配してくれていた。まだ僕のことをそんなふうに思ってくれる人が、この世にいたのか)


 なぜか快かった。自分はまだ世界中のすべてから見すてられたわけじゃない。そう思えるからだろうか。


「ウワサには聞いてたけど、ワレス小隊長。あんなに美形だと思わなかったなぁ。すごい金髪に、あの青い目。小隊長が僕の育てた薔薇を見てくれるだけで嬉しい」


 リヒテルも今日の話題には興奮している。


 はぁ、とため息をついたのは、となりの席のリチェルだ。リチェルはユイラ人だが、子どものころに病気でもしたらしい。肌がガサガサで、あばたが目立つ。みがかれた大理石のような肌のユイラ人のなかでは、ちょっとかわいそうな容姿だ。

 ユリシスが彼に視線を送ると、リチェルは遠慮がちに微笑んだ。


「たしかに、美神みたいだよね」


 ユリシスはうなずいたが、美神というなら、ミモザだってなかなかのものだと内心、思っていた。ワレスも別格に端正だが、庭師内ではミモザが一番の美形だ。キャロットのようなオレンジ色の髪だが、ツヤがあり、夕焼けのなかではブロンドより美しい。瞳もめずらしいイエロー。ミモザの愛称はその目の色から来ている。


 そのミモザは、こう言った。

「美神ねぇ。おれはあんまり、あの人、好きじゃないな」

「え? どうして? おれなら小隊長に誘われたら、ホイホイついてくけど」と、クロードが食いつくので、ミモザは苦く笑った。


「なんでって言われても困るけど」


 ユリシスにはわかった。

 ワレスの評判は今や細かいことまで即時、ウワサになって砦じゅうに伝わる。小隊長がほんとに犯人探しが得意なら、過去に隠したいものを持つミモザには、お近づきになりたくない人物だ。


(ワレスさんに会えたのは嬉しい。だけど彼は、僕のあの秘密にも気づいているだろうか……?)


 ユリシスが嘆息していると、庭師長が両手をたたいて、みんなのムダ口をひきしめた。


「ウワサ話に夢中になりすぎて仕事に支障が出ないように。花たちは我々が世話してやらなければ生きていけないんだからな」


 もっともな言いぶんだが、じつのところ、ユリシスはヘンルーダのことがあまり好きではなかった。こう見えて、彼は兄と同じタイプの男だ。


「さあ、食事は終わりだ。仕事にかかろう」


 ヘンルーダに言われて、庭師たちは立ちあがった。裏庭にむかって歩いていく。ユリシスが最後尾についていくと、同じくうしろにいたアイリスが目に入った。いつにも増して顔色が冴えない。


「アイリス。心配ごとでも?」


 すると、アイリスはためらうように口をひらいた。


「……昨日の晩、見たんだよね。僕、不眠症だから、よく夜中に外をながめるんだ。月明かりのなかで金髪の男が歩いてた。でも、よろいじゃなかったし、人目を気にしてた。なんか、変だった……」


 兵隊なら必ず鎧を身につけている。そうでないなら庭師だ。だが、庭師のなかに金髪は一人しかいない。


「それ、マグノリアだった?」

「わからない。遠くて、顔までは……」


 夜中に人目を忍んで散歩だろうか?

 人を殺してまわる殺人鬼がウロつきまわる庭を?


(きっとまた、あの癖が出たんだ)


 イヤな感じがする。

 ユリシスはアイリスと目を見かわした。

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