七章

七章1



 幾日も成果があがらないまますぎた。進展があったのは、ワレスが裏庭の事件に乗りだしてから、六日めのこと。


 まだ早朝。

 夜明け前、今夜も何事もなかったと帰ったが、ベッドに入った直後だ。


「ワレス小隊長! 一大事です! すぐ裏庭に来てください!」


 第一大隊の兵士がかけこんできて、ワレスをたたきおこした。寝入りばなを起こされて不機嫌に兵士のあとをついていく。ハシェドがあわててマントを渡してくる。


「この時間になんだ? おれはさっき帰ってきて、半刻も寝てないんだぞ。しょうもないことなら怒るからな」


 だが、兵士の顔色はただごとではないことを物語っていた。


「ワレス小隊長が帰られて、すぐあとでした。見つかったのです」


 伯爵か——と言いかけて、ワレスは口をつぐむ。伯爵のことを知っているのは、近衛隊とワレスたちだけだ。第一大隊の兵士は知らない。


「何がだ?」と、言いなおす。

「ともかく、ご自身の目でごらんになられてください」


 つれられていくと、すでに裏庭はたいへんなさわぎだ。第二区画の森のなかに、大勢の兵士が集まっている。指揮をとるアトラー隊長はハンサムな顔をすっかり憔悴しょうすいさせ、目の下にくまを作っていた。

 長くなりそうだと思ったワレスは、すぐに夕刻からではなく、真夜中から夜明けまでの見まわりに切りかえた。しかし、アトラーは連日、寝るまも惜しんでの捜索を続けているのだ。


「遅くなったな。アトラー隊長」


 声をかけるワレスにも、一瞬、白い目をくれるだけで答えない。


「城から担架を持ってこい。ギドリー、発見者の調書をとれ。それから、第一大隊のマニウス小隊長を呼べ」


 無視されても腹も立たない。敵を作ることにはなれている。

 ワレスは肩をすくめて、人だかりの中心をのぞいた。となりで、ハシェドが聖句をつぶやいた。騒然とした人々のようすから、だいたい察しはついていたが、そこには死体が倒れていた。


「変死体か」


 ワレスが裏庭を調べ始めてから、最初の犠牲者だ。まだ若い男。黒髪で、澄んだ瞳をうつろに見ひらいている。だが、伯爵ではない。それだけが救いだった。


「この男を知っている者はいないか?」

「第二分隊のタオであります。今朝になって、見張りの交代のとき、姿が見えず、隊の仲間が探しておりました」


 アトラーと第一大隊の兵士が、そのように話しているのを耳にしながら、ワレスは死体の検分を始める。


 争っているうちに留金がはずれたのだろうか? 鎧はひしゃげて、死体のそばにころがっている。男の胸には三本の爪跡のような傷があり、裂かれた腹から内臓が奪われていた。ものすごい力でひっぱられたように、右腕がもぎとられ、死体の周囲に見あたらないことから、食われてしまったか、持ち去られたとわかる。死体の凄惨せいさんさにそぐわぬキレイな死に顔と、かたわらに咲く可憐な花がふみあらされず残っているのが悲しかった。


 ワレスはひとめその死体を見たときから、奇妙な感じをいだいていた。だが、自分がなぜそんな気がするのかわからない。


「アブセスくらいの年だな。かわいそうに」


 今ここにアブセスがいなくて、ほんとによかったと、ワレスは思う。そう思うことが、さらに悲しくなる。アブセスは生きているが、この青年は死んでしまった。ワレスがアブセスを思うように、彼にも彼を思ってくれる人がいたはずだ。


「口先の同情などするな」


 アトラーが吐きすてるように言ったので、今度はワレスも気分を害した。


「ああっ、ワレス隊長。スノウンが来ましたよ!」


 言い争いになると思ったのだろう。ハシェドが急いで話をそらす。でなければ、たしかに口論になっていた。


「遅くなりました。たったいま、知らせを受けましたので」


 いつものように折り目正しく、スノウンがやってくる。


「おれも来たところだ。ロンドは?」

「なかなか起きないので置いてまいりました」

「あいつめ。まったくの役立たずだな」


 やり場のない怒りをロンドにむける。スノウンは笑いもせず、感情のないおもてで言いだした。


「死体を調べてもかまいませんか?」

「ああ」


 彼を気味悪そうによける兵士のあいだに、スノウンは入っていき、死体のもとにひざをつく。細い銀の指輪をはめた手が、死体のひたいにふれる。


「何をするつもりだ?」

「先日、あなたにおこなったのと同じ方法です。同調して、記憶をさぐるのです」

「死体ほどたしかな目撃者はいないというわけか。しかし、死人にもその技、通用するのか?」

「体組織が生きているうちなら」


 そう言って、スノウンは目をとじる。

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