六章4
「わかった。二手にわかれよう。ホルズ、ドータス。おまえたち二人でこの場所を見張っていろ。おれは、このあたりを一周してくる。近衛隊のようすを見ながら行くから、少し時間がかかるだろう」
「いいのかよ? 隊長」
「そのへんに、ロンドかスノウンがいるはずだ」
「おお、じゃあ、待ってるぜ」
ワレスは遠ざかるふりして木陰に入り、こっそり彼らの背後にまわる。思ったとおり、二人はふところからカードをとりだして賭けを始めた。
(しょうのないヤツらだ)
しかし、これでかえって、よりおとりにふさわしい人材ができた。松明を手に警戒する兵隊より、人目につかない暗がりで不用心に遊びに熱中している男のほうが、魔物にしろ夜行性の獣にしろ、狙いやすいに違いない。
(その二人を見張るおれが狙われたんじゃ、シャレにならないが)
考えているところに、急に青白い腕が伸び、ワレスの首にからみついてきた。あやうく悲鳴をあげるところだ。
《じゃじゃーん。わたくしでぇす。おどろきました?》
《ロンド!》
ロンドの思念が頭のなかに響く。
《アトラーさんたちは地面までほりかえしてましたよ。庭師さんたちが集まって、迷惑そうにしていました》
《庭師というと、あの男もか? おまえを襲ったユーグという》
《ユーグさんはいませんでしたね。よっぽど人前に出たくないのでしょう》
《あのアザのせいか》
《あれ、アザじゃありませんよ。わたくし間近で見たので。火傷のあとでした》
《じゃあ、いっそう、あきらめがつかないな》
《でしょうね。火傷のないところはハンサムでしたからね》
何やらロンドは妄想にふけっている。ろくでもないことを考えているらしく、クネクネしながら小声で、いやーん、などとつぶやいている。
《ときに、ロンド。おまえ、いつまでひっついてる気だ? いざというとき、これじゃ身動きとれない》
《せっかくロマンチックな夜、二人っきりだというのに、いじわる》
《仕事中はマジメにしないと、本気で怒るぞ》
《わかりましたよ。貸しですからね。貸し》
そこでなぜ『貸し』なのかわからない。ともかく、ロンドは離れた。
そのまま、何刻たっただろうか。
《現れませんねぇ》
ロンドの思念が伝えてきたときだ。
ワレスは背後に気配を感じた。ロンドも察知したらしい。つながったままの思念の波長が、ピンととぎすまされる。
《来ますね》
《ああ。二手にわかれて、まわりこむぞ》
うしろからこっちに忍びよる気配に、そっと近づこうとしたやさき、それはワレスたちの待ち伏せに気づいた。声を出すのもはばかり、思念で会話していたというのに。ザッと茂みの葉が鳴り、気配が遠ざかる。
「くそッ」
ワレスは追った。が、気配のぬしは素早い。木陰の暗闇をたくみに縫い、影のようなものが遠のく。
「逃がしません! 行け、獣王!」
ロンドの声がして、ワレスの頭上を何かがかすめた。しかし、じきに、
「あちゃー。まちがえた。獣王を出すつもりだったのに」
まのぬけた声とともに、でぶでぶに太ったミミズクが、苦しげにワレスの頭におりてきた。
「重い! おりろ。前が見えんだろうが」
一、二瞬のことだが、ワレスの足は止まった。気配のぬしは、むろん、そのあいだに闇にまぎれる。
「ロンド! どうせ、おまえには期待してないがな。ジャマだけはするな! なんだ、これは?」
やたらに巨大なミミズクを、ワレスは頭からはたきおとした。
「ご、ごめんなさぁーい。ちょっと手元が狂っちゃって。ああ、ワレスさまにいいところを見せたかったのに……うっうっ、老師。戻っておいで」
ミミズクは礼儀を知らん若造めという目つきでワレスをにらみ、ロンドの腕輪の石に吸いこまれていった。ジュール・ドゥールの蛇姫みたいな、使い魔なのだ。
「ジュールに習って、使い魔の封印に成功したんですぅ。召喚魔法では、ジュールにかなう者はおりませんからぁ」
「主人が主人なら、使い魔も使い魔だな。役立たず」
「老師は老齢なんですぅ。知識は深いけど、実戦にはむかないんですぅ」
「もういい。今度ジャマしたら、おまえのその白髪頭をクリクリ坊主にしてやるからな!」
「ひいっ。髪は女の命ですのにぃ……」
言いあっているところに人が集まってきた。ホルズやドータス、それにアトラー隊長ひきいる近衛隊だ。
「ワレス小隊長。なんのさわぎだ。祭りじゃないんだぞ」
「今、怪しい影が現れたんだ。追ったが、このバカのせいで逃した」
「どの方角だ?」
「あっちだ。が、もう——」
アトラーはワレスの言葉を無視して、近衛兵士と走っていく。
「おれたちゃ、どうするんだ?」
問いかけてくるホルズに、
「おれたちも探そう」
答えたが、それきり、怪しい影は現れなかった。
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