五章3



 落ちついたところで、第一区画と第二区画のあいだにあるゲートまで歩いていった。

 庭師たちはすでに来ている。自分たちの丹精をこめた庭木をめでながら、下草の上にすわっていた。全員がユイラ人だ。ヘンルーダが彼らを紹介する。


「リヒテル、アイリス、クロードの三人。彼らは砦に来てから二、三年と日が浅いので第一区画の担当です。ミモザはユーグと第二区画ですが、やはり、ユーグは見つかりませんでした」


 たしかに、ユーグの姿はない。


「おまえたち、全員とは言わないが、いやに花の名前が多いな。アイリス、ミモザ、ヘンルーダ……」


 ワレスが口をはさむと、

「ニックネームです。なんとなく習慣で。好きな花や、得意な品種などから」という答えが返ってきた。


「続けてくれ」

「ショーンとマグノリアが第三区画。そして、さきほど話したように、私とリチェル、ユリシスの三人が第四区画です」


 庭師たちの顔と名前を暗記していく。が、一人だけ、あらためておぼえる必要のない者がいた。やはり、彼はワレスの知っているユリシスだった。彼のほうも困ったような顔で目をふせている。


(まさか、こんなところで会うとはな)


 ワレスが知っていたユリシスは少年だった。あれから五年だろうか? さみしげな瞳をした少年は、そのまま、さみしげな瞳の青年になっていた。おとなしそうな、顔立ちのきれいな若者なのに、すでに人生をなくしたような諦観が見える。


 ワレスは庭師たちに変死事件のことをたずねたが、何も聞きだせなかった。彼らがバラバラになって去っていったあと、ハシェドとロンドをその場に待たせて、ワレスはユリシスのあとを追った。


「ひさしぶりだな。ユリシス」


 ユリシスは一瞬ふりかえったあと、うつむいたまま歩きだす。ワレスはその背に話しかけながら、ついていった。


「なんで家を出たんだ。両親が心配していたぞ」

「……」

「あのことのせいなのか? おれは誰にも言わなかった。おまえの両親は何も知らない」


 すると、ようやく、ユリシスは口をひらく。


「あんなことをして、家族のもとにはいられません。たとえ、私のしたことを知られていなくても」

「おまえは自分を責めすぎているんじゃないのか? おまえの兄はヒドイやつだった」

「でも、兄です。私のしたことはゆるされるものじゃない」

「ジョアナがおまえに会いたがっていたぞ」

「……」


 うつむいていたユリシスが、静かに笑った。どこか物悲しい笑みだ。


「ワレスさん。私はあなたに感謝しています。兄の罪を誰にも言わないでくれて。きっと、ジョアナは以前どおり、兄を尊敬しているでしょう。それだけでも、私のしたことがまったくのムダではなかったと思える」


 ワレスは嘆息した。

 世の中には二種類の人間がいると思う。他人を傷つけてでも生きのびようとする狼と、無抵抗に殺されていく羊だ。魔神にすがりついてでも生きようとしたワレスは、もちろん狼だ。しかし、ユリシスは羊だ。自分の兄にあれだけのことをされて、でも、悪いのは自分だと言えるユリシスが、ワレスには不思議でならない。


 ユリシスは以前、ワレスがジェイムズとともに探偵ごっこをしていたころ、ある事件を通して、皇都で知りあった。宮中の花の品評会で何度も受賞した天才庭師が殺されたというので、ジェイムズに頼まれて調査に行った。ところが調べてみれば、ほんとに天才だったのは殺された兄ではなく、弟のほうだった。兄は弟の才能をねたみ、その作品を奪って自分の名前で品評会に出していたのだ。それも日常的な暴力と虐待によって。そのことは彼らの両親ですら知らなかった。それで、ユリシスは暴力に耐えかねて、兄を殺したと告白した。


 だが、ワレスは知っていた。ユリシスが兄を殺したほんとの理由を。


「ユリシス。おまえは優しすぎるんだ。おまえが不幸になるのなら、おれが沈黙した意味がない」

「私は今、不幸ではありませんよ。あなたのおかげで、誰からも恨まれることも、ねたまれることもなく、静かに暮らしていられる。好きな花にかこまれて。それだけで十分です」

「ほんとにそうか? ジョアナもいつまでもは待っていないぞ」

「…………」


 ユリシスは顔をあげて、急に話をそらした。


「以前、あなたは病気になりましたね。あのとき、あなたの上官だという人に頼まれて、ナイショで果物をわけたことがあるんですよ。私は今、果樹園の係ですからね。美味しかったですか?」


 ワレスが破傷風になった件だ。ギデオンが大金を払って庭師を買収したのだと、ワレスは思っていた。が、あれには、ユリシスの善意もふくまれていたわけだ。


「なるほど。どおりで、ヤツがかんたんに伯爵専用の果物を手に入れられたはずだ。おまえのおかげだったんだな。とても美味しかった。みずみずしくて、病後には天国の味だったよ」

「それはよかった」


 ユリシスの顔に浮かんだ今度の笑みは本物だ。彼は決して生まれながらの天才だったわけじゃない。ほんとに植物が好きだから、人の心を打つほど見事な花を咲かせることができたのだ。


「どこにいても、おまえが幸せなら、おれはかまわない」


 ワレスはユリシスと別れて、ハシェドたちのもとへ戻った。


「知りあいなんですか?」


 というハシェドに、てきとうに出まかせを言っておく。


「いや。人違いだな。家出人の捜索を以前したことがあって、彼がそうかと思ったんだ。名前がいっしょだったから」

「そうですか」


 ワレスの嘘を疑いもなく信じるハシェドに、少し申しわけない気はしたが、ほんとのことを言うわけにはいかない。


(今回の事件には関係ないからな。ユリシスを砦から追いだすのは、あまりにもかわいそうだ。ここは彼の最後の聖地だろう)


 過去と同様に沈黙を守ることにして、ワレスは城内の兵舎へと帰った。

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