四章

四章1



 通称ボイクド砦。正式名称ディボルト城の正面は、魔族の都だとか、毒の泉が潮のように噴きあげているだとかウワサされる暗黒の森にむいている。いざというとき、迅速じんそくに事態に対応できるようにだ。したがって、裏庭は安全な国内側に面していた。それも高い二重の城壁に守られ、物見の塔には昼夜を問わず見張りが立っている。


「位置的には砦でもっとも安全なはずだがな」


 ひとくちに裏庭と言っても広い。いくつかの区域にわけられている。正規隊や厨房で使う井戸のあたり。城主とその周囲の者だけに供する鳥や家畜小屋の一画。

 そこから丈の低い柵で仕切られ、つる草をからませたアーチ型の門がある。そのさきが、今回の事件の現場だ。庭という定義に、もっともふさわしい。いわゆるガーデンである。


 ワレスはアーチ型の門を見張る兵士に、ガロー男爵が用意してくれた入園許可証を見せた。兵士は丁寧に敬礼して、ワレスたちを迎え入れる。


「通常の警備は、正規隊の仕事なのだそうだ。以前は城壁の警戒を中心に、第一大隊の二個分隊が交代でおこなっていた。が、この数年、異常が続くので、一個小隊百人で厳しく監視している。見るかぎりでも、兵士が多いな」


 ガロー男爵から聞いた話を、同行のハシェドや魔法使いたちにしてやりながら、庭園のなかを進んでいく。


 裏庭は夏の花の盛りで、ここが殺風景な石の城かと疑うほどに美しい。めずらしい木。香り高い花。果実がたわわに実り、下草の一本ずつにまで手入れがゆきとどいている。

 ゆるやかな起伏の丘に、乙女の噴水や、雄々しい獅子、翼をひろげた鷲、神話に題材した彫像が飾られている。ユイラ国内の貴族の庭に迷いこんだようだ。


「こっちは日夜、命がけで魔物と戦っているんだぞ。庭園をこんなにキレイにして、どうしようというんだ。園遊会でもひらく気か?」


 皮肉の一つも言いたくなる。

 ハシェドは笑った。


「ほんとに、ここだけ別世界ですね」


 しかし、その美しい庭園に、あっちにもこっちにも、無骨な鎧姿が目につく。見張りの正規兵も多いが、その上に伯爵捜索の近衛隊が相当数いたからだ。


「あの白いマントをつけてる連中。あれが近衛隊だな」


 近衛隊はその名のとおり、平常は伯爵を守っている。伯爵の居室の五階からおりることはあまりない。砦の兵士全体から見れば、ほんのひとにぎりの三百人ほど。相対的に数も少ないので、ワレスたち傭兵が彼らを見かけることは、まずない。が、近衛隊の白いマントはウワサに聞いていた。銀の鎧に白いマント。その見ための美しさから、砦の兵士たちの憧れの存在である。


 たしかに、こうして目前に見ると、ワレスたちに支給された大量生産のくろがねの鎧とは、だいぶ趣きが異なる。いかにも騎士といった感じ。騎士の出のクルウなら、さぞや似合う。


 見張りの兵士とは別に、木々のあいだを右往左往する白マントの一団に、一人、特別仕立ての豪華なマントの男がいた。マントのすそが長いだけでなく、銀糸の刺繍が入っている。彼だけ階級が高いのだと、ひとめでわかる。男はワレスたちに気づき、近よってきた。


「ワレス小隊長か? 待っていた」


 年はワレスよりいくつか上だ。巻毛の黒髪に淡いブルーの瞳。なかなかのハンサム。小柄なユイラ人のなかでは規格外に背が高い。ワレスとくらべても頭一つぶんは大きい。ほとんど巨人だ。悔しいことに上背だけてなく、肩幅もあり、筋肉がりゅうりゅうと盛りあがっている。ガッチリした美丈夫に、ロンドは胸の前で手を組んで、ぼおっとなっている。


「近衛隊、第一隊の隊長、アトラーだ。この件に関して、貴君と協力するよう、ガロー男爵から任命されている」


 剣ダコのたくさんできた、ごつい手をさしだされて、いちおう、ワレスはにぎりかえした。


「ワレス小隊長だ。つれは部下のハシェド分隊長。それと、魔術師のスノウンとロンド」

「どちらがスノウンでロンドなのだ?」


 司書の制服で顔を隠していると、ふつうの人間には見わけがつかない。ワレスは親しいので、感じでわかるのだが。


「しゃっきりしているのがスノウンで、グネグネしているのがロンドだ。といっても、たしかに暗がりではまぎらわしいな。この仕事のあいだ、二人ともそのかぶりものをとってくれるか」

「はいはい。わたくしの美貌が見たいのですねえ」


 そういうロンドの素顔はこれまでに何度も見たことがある。ほっそりと繊細な顔立ちは、たしかに端正だ。線の細いユイラ人のなかでも、かなり女性的な造りで、よこがおには気品がある。正気だったころは女にもモテただろう。が、しかし、今ではしゃべるとアレだし、仕草はコレだし、もとがいいだけに哀れを誘う。


「うふふ。わたくし、ロンド。ロンドでーす。以後、よろしくお願いいたしますわね」


 さっそくアトラーの手をとり、指などからめている。華奢なロンドと筋骨たくましいアトラーでは、じっさいに男と女くらい体格差があった。同じ性別とは思えない。


「ああーん。ゾクゾクしますぅ……」

「か、彼はなんなのだ?」


 たじたじして、アトラーは虫を落とすように、ロンドの手をふりはらった。

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