四章2
「こいつは病気だ。気にしないでくれ」
「病人などつれてきて、なんになるのだ?」
「残念ながら、おれに選択の余地はなかった。スノウンは優秀だ。こっちは期待できる」
スノウンの素顔を見るのは、ワレスも初めてだ。
ロンド、ダグラム、ジュール・ドゥールだけは、以前に顔を見たことがある。三人ともものすごく特徴的な風貌で、ひとめみたら忘れられない個性をそなえている。
なので、スノウンもそうだろうかと思っていたら、こちらはビックリするぐらい平凡だ。造作そのものはきわだって不細工でも、その逆でもなく、絵に描いたように平均的なユイラ人の男。
彼の容姿に個性をあたえているのは、白に近いプラチナブロンドだ。眉もまつげも白い。ユイラ人のほとんどは黒髪黒い瞳なので、これだけはほかとの差別化に役立つ。ただ、ロンドも白髪だから、ちょっと迷う。スノウンが長い髪をうしろで縛り、ひたいに細い銀冠をつけているので見わけはつく。冠のまんなかに雪の結晶の飾りがあった。
「これでいいだろう?」
「うむ」と言ったきり、アトラー隊長はワレスの顔を見つめる。あんまり凝視するので、ワレスはたずねた。
「何か?」
「いや。なんでもない」
「ならば、早々だが、裏庭を案内してもらいたい。まず全体がどうなっているのか見たいんだ」
アトラー隊長は黙ったまま、背後の部下を手招きした。
「ワレス小隊長を案内しろ」
そう言って去っていく。
とうとつだったので、ワレスはおどろいた。
「急にぶっきらぼうになりましたね」と、ハシェド。
「おれが気にくわないのかもな。伯爵は熱心に、おれを近衛隊に誘っておいでだったし」
ハシェドと頭をよせあい、小声で言いあっていると、ひょっこりロンドの頭が割って入る。
「ナイショ話はわたくしを通してください。二人でなんてズルイですぅ」
くそ。ほんとにジャマなやつめ。
ワレスはげんなりして、ロンドをつきはなした。
「案内してくれ」
近衛隊の若い兵士が先頭に立って歩き始める。
「裏庭は四つの区画にわかれております。おもに春夏秋冬、季節ごとの木で区画わけされていますが、厳密ではなく、管理の便宜上のようです。私も庭師から聞いたばかりですが」
「庭師がいるのか。まあ、当然か」
草木の手入れも第一大隊がしているにしては、国内でも花を咲かせるのが難しい黄水晶の薔薇などもみごとに咲いている。疑問に思っていたのだ。
「庭師は十人おりますよ。話がおありなら、彼らを呼びましょう。庭師長のヘンルーダに言えば、きっと集めてくれます」
「もちろん、庭師の話もいずれ聞く。庭で起こったことだからな。しかし、今はひとまず地形を確認しておきたい」
ワレスたちは広い裏庭を見物してまわった。ゆるやかな起伏を利用した入りくんだ小径。丈の高い木もあり、見通しがきかない。なれた者でなければ迷ってしまう。ちょっとした迷路だ。
「暗闇では迷うな。あとで地図を作って、頭にたたきこんでおこう。この広さをたった十人で手入れしてるのか。草花の種類も多いし、果実収穫目的の品種もあるようだ。温室もあると聞く。ちょっと忙しすぎるんじゃないか?」
近衛兵士は首をかしげた。
「私もそこまでは……」
すると、よこから、ロンドが口を出す。
「薬草のお世話は、わたくしたち司書も手伝っているんですよ。治療室で使う薬草は、ここで育てています。ちなみに、おとついはわたくしの当番でした。ほんとは、もっと華麗な大輪の花のほうが好きなんですけどねぇ」
「おまえの趣味はどうでもいい。そうなのか? スノウン」
スノウンは静かにうなずいた。
「香草、薬草は私どもの食料でもあります。薬品を使う魔術もありますしね」
「薬品保管庫には猛毒もあったな。では、この庭にも毒草があるのか?」
「ええ。しかし、それは兵士の手には渡りません。第四区画の温室で栽培されておりますから。温室には魔術師と庭師しか入れぬよう鍵がとりつけられています」
見習いとはいえ、仮にも魔法を使う者が毎日かわるがわるおとずれるというのに、いったい誰も怪しい気配を感じなかったのか。
不思議に思い、それをたずねてみた。
「わたくしは、なーんにも感じませんけど? だって、わたくしはいつも歌いながらお世話しているんですもの。小鳥さんは集まってくるし、もっと大きいものだって……」
ロンドがしゃしゃりでてくるので、
「うるさい。おまえには期待してない」
瞬殺する。
ロンドが静かになったすきに、スノウンが答えた。
「私も感じたことはありません。司書長がときおり妙な波動を、この方角から感じるとは言っておりました」
「変死が魔物の仕業なら、よほど姿を隠すのがうまいやつか。魔法使いにけどられないなんて」
「あるいは、私どもの出入りは昼にかぎられておりますので、夜行性ということも」
「なるほど。やはり、おまえは使えるな」
ロンドがまた袖をかむ。
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