三章3



「ワレス隊長。伯爵閣下のご用件とはなんだったのですか?」


 自室に帰ったワレスを、ハシェドが出迎える。


「ああ、まあな。クルウたちは食事か?」

「はい。さきほど」

「おまえは?」

「まだです」

「では、いっしょに行くか。そのあと、ひと仕事だ」

「はあ」

「おまえにだけは話しておこう。じつは、たいへんなことが起こった。この事実が兵士のあいだに流れれば、砦は大混乱におちいる。このことは絶対に誰にも明かしてはならない」


 ハシェドが顔をひきしめる。

「隊長がそこまでおっしゃるなら、よほどのことですね。わかりました。もしも私の口からその事実が漏洩ろうえいしたなら、この口をかき切っておわびしますよ」


 ワレス的には、それはそれでイヤだ。が、話が進まないので、とりあえず、うなずく。


「この件に関しては、近衛隊が力を貸してくれる。おれは今夜から裏庭の見まわりだ」

「近衛隊が? では、伯爵のお身の上に何か……」

「裏庭で変死や行方不明が続いているという話、聞いたことがあるか?」


 情報通のハシェドはすでに知っていた。


「夏になると変死が起こるっていう、アレでしょう? なんだか怪談めいてますよね」

「怪談か」

「ウワサでは、そんな話です」

「ふうん。おれは初めて聞いた。その一件に、どうやら伯爵がまきこまれたようなんだ。昨夜から行方がわからない」

「えッ?」


 大きな声で叫んでから、ハシェドはあわてて、自分の口を手でふさぐ。廊下には大勢の兵士が行きかっているし、小隊長のワレスの部屋には、いつ人が入ってくるかわからない。


「ご冗談ではないですよね?」

「こんなことジョークで言えるか」

「隊長、たまに真顔で冗談言われるときがあるから」


 アブセスといい、ハシェドといい、ワレスのことをそんなふうに思っていたとは。


「自分では気づかない欠点というやつか。今後、気をつける。おまえやアブセスに信用されないのは、少し悲しい」

「いえ、その、信用してないわけじゃありません。冗談のときは目つきでわかりますし」

「そうなのか?」

「それより、伯爵が一大事じゃないですか?」


 ハシェドに言いふくめられたような形で続ける。


「だから、おれが調べることになった。ほかのやつらには裏庭の怪事件を調査するためとだけ言っておけばいい」

「おれも手伝います」


 ハシェドといられるのは嬉しい。だが、ハシェドを危険なめにあわせたくない。いつも感じる二律背反に、ワレスはおちいった。


「……いや、おまえには、おれがいないあいだの隊の統率を頼む」


 今回は理性が勝った。しかし、ハシェドは不満げだ。


「それなら、クルウがやってくれますよ。人の上に立つのは、おれより上手ですから」

「クルウは小分隊長だ。ほかの分隊長の手前がある。おまえでなければダメだ」


 以前、クルウに小隊長代理を頼んだときは、ハシェドが牢のなかだった。あのときのような非常時は別だが、今はそうではない。しかたなく、ハシェドも納得した。


「でも、隊長はほっとくと、すぐ怪物に襲われるんだ。どうなっても知りませんよ」


 他人より魔物に遭遇する確率が異様に高いのは事実なので、今度はワレスが黙りこむ。


「ほら、反論できない」

「わかった。わかった。ムリはしない」

「昼間は手伝わせてもらいますからね」

「昼ならな。どんなふうに調べるかは、このあと裏庭を見てから決める」


 ワレスはハシェドとともに食堂にむかった。そこにはクルウとエンハートもいて、正規兵の好奇の目と、傭兵たちの遠慮ない指笛に迎えられた。


「いいぞ。そっくりだ」

「目の保養だな。保養が二倍!」

「おまえ、どっちがいい?」

「おれは……そうさな。新入りかな。ちっこくて、女みたいだからな。妙に色っぽいし」

「そうか? 色気ならワレス隊長だって負けてないぞ。あの青い目で見られると、心臓がぶった切られそうな気分になるんだよな」

「切られたいのかよ?」

「いやいや、物のたとえだって。そんだけ色っぺえ目つきしてるって」

「うんうん。どっちもいいよなぁ。兄と弟みたいで。けど、小隊長には手は出せねぇし」

「小隊長にかけるなんて、恐ろしい。ほんとに切られちまう」

「ああ、もう、おれ、あそこ切られてもいいよ。いっぺんでいいから寝てみてぇ」


 いつにも増して下品な揶揄やゆがとびかってる。だいぶ興奮しているようだ。


「まったく落ちついて食事もできん」

「最初のうちだけですよ。そのうち、みんな飽きます」と、ハシェド。

「そう願うな」


 しかし、ワレスが食卓につけるよう、部下たちがいっせいに動いて席を確保し、配膳を持ち運び、椅子までひらいてくれたのは便利だった。


「どうしたんだ。今日はサービスがいいじゃないか。ホルズ? ドータスも」

「へへへ」


 そのかわり、部下たちは周囲を陣取って、デレデレ笑いながら、ワレスが食事するさまをながめる。


 さわがれるのはいつものことなので、ワレスは平気だが、神経質なエンハートは耐えきれなくなったらしい。逃げるように去っていく。クルウがそのあとを追っていった。


「クルウは姫にふりまわされっぱなしだな」

「ですね」

「姫と騎士でちょうどいい。絵になるじゃないか。あのまま、ひっついてしまえばいいんだ」


 ハシェドがむせたのは、ワレスをとりあって、クルウと口論したことがあるせいだ。

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