三章

三章1



 夜の見まわりを、ワレスはエンハートと組んだ。

 思いのほか、この新人はおとなしかった。初日だから当然とはいえ、ガチガチに緊張して神経をはりつめているのが、はためにもわかる。もともと無口なのか、話しかけても「はい」と「いいえ」しか言わないし、からくり人形をつれている気分だった。傍若無人だと覚悟していたのに、これには拍子ぬけだ。


 そして何事もなく仕事を終え、安心して眠りについた翌朝。早朝のまだ早いうちに、扉をたたく音に、ワレスは起こされた。


「ワレス小隊長さま。申し。ワレス小隊長さま」

「誰だ? まだ夜明け前だぞ」


 声はどうやら少年のものらしい。


「品のいい声だ。エミールの同類ではない。アブセス、あけてやれ。鍵はかかってないのに遠慮しているな」


 眠気をふりはらいながら言ってから、ワレスはアブセスがもういないことに気づいた。


「そうか。アブセスは今ごろ、輸送隊とともに夜営地だな。では、エンハート」


 一番下っぱが働くのは、階級社会の軍隊では当然だ。この部屋にいるのは小隊長のワレス、分隊長のハシェド、班長のクルウだから、必然的にエンハートが動くことになる。しかし、そのとき、エンハートより早く、クルウが寝台からおりた。


「私が参ります」


 それで、ワレスはいっぺんに目がさめてしまった。クルウがエンハートをかばっているように見えたからだ。


(あいつはこの手の顔が好みなのかもしれないな。おれにも迫ったくらいだから)


 クルウが扉をあけると、外の廊下には十四、五歳の可愛らしい少年が立っていた。内巻きの髪を耳の下で切りそろえて、顔立ちはあどけないものの、黒真珠の瞳は利発そうにきらめいている。エミールたち食堂の飯盛りとは育ちが違うと、ひとめでわかる。女官と同じ丈の短いマントをつけていた。伯爵の側仕えの小姓だ。


「以前にも会ったことがあるかな」

「伯爵さまのお言いつけで、迎えにあがったことがあります。ラヴィーニと申します」

「閣下のお呼びか。すぐに支度しよう」


 ワレスは部屋にある水差しの水で顔を洗い、服をかえ、髪をといてリボンでしばる。

 着替えのようすに少年がうつむくのはしかたないとしても、いつもながら、ワレスが服をぬぐと室内に妙な空気が走った。ハシェドもクルウも見ないようにはしているが、ハッキリと意識しいてることが感じられる。今までは鈍感なアブセスに救われていたのだが。


 ワレスはそんな空気には気づかないふりをして、身支度をすませると、少年とともに部屋を出た。


「朝早くから閣下のお召しとは、よほどの大事件か?」

「わたしは存じません。伯爵さまからお聞きください」


 まあ、そうだ。たいへんな事件であればあるほど、小姓に告げることはできない。ラヴィーニから情報は得られないとふんだのだが、意外にも、少年は一言そえた。


「ただ、伯爵さまは昨夜からお体のぐあいが優れぬそうで、わたくしも今朝はお姿を拝見しておりません」


 伯爵が病気? 昨日はまったく元気そのものだったのに?


 疑問に思いつつ、ついていくと、いつぞや通された豪華な城主の居室に、伯爵の姿はなかった。かわりに片眼鏡をかけたガロー男爵がとりすました顔で命じる。


「ラヴィーニ。そなたはもうよい。閣下のお風邪は少々たちが悪くてな。うつってはならぬとおっしゃるのだ。ワレス小隊長にだけ大切な話がある」


 ラヴィーニがさがる。ワレスが伯爵の寝室に通されるのか、伯爵のほうがおでましになるのか。待っていると、ガロー男爵は隣室に続く扉や、ラヴィーニが出ていった廊下への出入口を入念に調べた。立ち聞きする者がいないと確信すると、中央にある贅沢な椅子にガックリ倒れこむ。


「ワレス小隊長。じつは、そなたに折り入って頼みがあるのは、この私だ。ブラゴール皇子のときのそなたの手腕をまた貸してくれ」


 この青年貴族のうちひしがれたさまは、ワレスにイヤな予感をもたらした。やわらかな絨毯の上に神妙にひざをついて、彼をうかがう。


「何用でございましょうか?」


 ガロー男爵はワレスを見つめて、深々とため息をつく。昨日から、自分や他人の嘆息を山と聞いたが、これがもっとも大きな吐息だった。


「……伯爵を探してもらいたいのだ」


 一瞬、その言葉の意味を解するのに時間がかかる。


「コーマ伯爵閣下のことであらせられますか?」

「そうだ。コーマ伯爵にしてボイクド砦の城主である、私の友人、ランドレアだ。彼が昨日から帰ってこない」

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