一章4
ハシェドのみならず、ギデオン中隊の傭兵たちには周知の事実だ。広間の外で待っている分隊長たちもニヤニヤしている。
「また、もめたのか」
「あんたたち、仲いいね」
などと言われて、ワレスはおぞけをふるった。
「違う! 仲がいいんじゃない。その逆だ」
ワレスは砦に来て三月で小隊長になったので、分隊長たちはみんな年上だ。砦にいる年数もワレスより長い。小僧っ子がごねてるぞという顔で笑うので、ワレスは小隊長の威厳を保つために、早急に息をととのえた。
「……入隊者のふりわけだ。まず第一分隊。ハシェドの下にマシュー。第二分隊ガースにセルディ。ベリエスは第三のマイセル分隊長のもとへ。エルロイ、第四分隊バウトの下。最後に、エンハートとクロウズの二人を第五のアビウス分隊へ組みこもう」
五人の分隊長のうち、ハシェドはブラゴール人との混血。ガース、バウトは六海州人。マイセルとアビウスだけがユイラ人だ。マイセルはワレスと同年代なので気を遣わないですむのだが、アビウスだけは少し苦手だ。砦に来たばかりのころ、一時、彼が上官だったせいだろうか。出世に興味がないのか、今では立場が反対になっても、アビウスはまったく意に介するふうがないのだが。
「待ってくれ。小隊長」
そのアビウスが言いだしたので、ワレスは身がまえた。
「何か?」
「この男は小隊長の親類筋か?」
むろん、エンハートのことだ。
「いや、違う。赤の他人だ」
「ふうん。しかし、小隊長と同じ顔か。命令しづらいな」
それはそうかもしれない。
「わかった。マシューとエンハートを交換しよう。それでいいか?」
「承知しました。小隊長」
分隊長たちが去っていき、ワレスは嘆息した。ワレスだって、自分と同じ顔の部下はあつかいにくい。
「アブセスの代わりだから、必然的に同室になる。ハシェド。おまえが教えてやれ」
「ちょ……ちょっと隊長。そりゃないですよ。おれだって、こんな……」
「ハシェド。おまえはいつも、おれの期待を裏切らない」
肩をたたくと、今度はハシェドがため息をついた。
「わかりました。エンハートに支給のよろいを渡します」
「では、おれは手紙を送ったあと、安心してアブセスを見送りに行けるな」
「アブセスは喜ぶでしょうよ。ほんとに隊長を尊敬してますから」
ふてくされているので、
「ふうん。アブセスはな。おまえは?」
「え? そりゃ、もちろん、尊敬していますよ? 隊長はスゴイかたです」
「じゃあ、その尊敬する隊長の頼みを聞いてくれ。な? 機嫌をなおせ」
しょうがなさそうに、ハシェドは微笑した。
「もういいですよ。行ってらっしゃい」
ハシェドに手をふられて、ワレスは一人で前庭に出た。いつもの手紙を女友達に送ったあと、除隊者たちの集合場所へ行く。
点呼をすませたアブセスが、何やらクルウと親密に話していた。肩をよせあって耳打ちしているが、アブセスはクルウが男色家だと知っているのだろうか。
砦にはほとんど女がいない。もともとは女好きでも、しかたなく代理として目先の相手を求める。そういう男は多いが、クルウやギデオンは男女が半分ずついる世界でも、男にしか興味がない人種だ。
きまじめなアブセスだから、知っていれば、まともに話すこともできないだろう。まじめで裏表がなく、少しニブイ。そこがアブセスのいいところだった。
(クルウも何度かおれに迫ってきたが……やれやれだな。アブセスがいなくなって、あの部屋で三人でやっていけるんだろうか。いや、三人じゃないな。エンハートがいる。おれとそっくりのエンハートが。なんだか、ややこしいことになりそうだな)
ワレスは今日、何度めだか知れないため息をついて、二人のほうへ足をふみだした。
「何を話しているんだ?」
声をかけると、なぜかアブセスは上機嫌だ。さっきまで、この世の終わりみたいに泣きべそをかいていたくせに。
「なんでもありません。ワレス隊長」
「ふうん。そうか?」
「はい」
秘密の話ということらしい。
「まあいい。今、おまえの後がまを見つくろってきた。それが、どういうわけか、親類でもないのに、おれの弟みたいにソックリなんだ」
「ええっ? ご冗談でしょう?」
疑い深い目で見られて、ワレスは苦笑した。
「なんだ? その目。おれが信用ならないのか?」
「だって……これまで隊長には、ずいぶんからかわれましたからね」
そう言えば、退屈なとき、コロリとだまされるアブセスがおもしろくて、しばしばオモチャにしていた。
「なるほど。こういうところでツケがまわってくるのか。世の中うまくできてるな。だが、今度のはほんとだぞ。ならんで見れば瓜二つというほどではないが、遠目で見るぶんには区別がつかない」
「ほんとですかねぇ」
すると、クルウがおだやかな目であいだに入る。
「真偽は私がたしかめておくよ。アブセス」
「ほう。おれの言うことは信じられなくて、クルウなら信じるのか。ほんとに実の弟みたいに似てるんだ。エンハートというのだが」
ワレスがそう言ったとたん、冗談口に興じていたクルウの端正なおもてがひきつった。とつぜん、闇のなかで剣をつきつけられたかのように。
「エンハート……?」
青ざめたクルウの顔を、ワレスは見なおした。いつも冷静沈着な彼らしくない。ワレスでさえ、クルウの深い洞察力には一目置いているのに。
「クルウ?」
クルウはあわてて、そのとき思いついたことを口走ったようだ。
「いえ。貴族に多い名ですね」
「そうだな。本人は一言もそんなことは話さなかったが、貴族かもしれないな。着ているものも贅沢だったし、装飾の凝ったいい剣を持っていた。それに、えらく無愛想で、乙にすましている」
それは隊長が来たばかりのころといっしょですよと、ハシェドがいたら主張したかもしれない。が、今はそんな軽口を言えるふんいきではなかった。
「たしかに、エンハートは平民の名ではないな。でも、それがどうかしたのか? クルウ」
ますます、クルウは動揺した。
「おかしなことを聞くとお思いでしょうが、ほんとに隊長に似ていると?」
「ああ。おれより華奢で少年みたいだよ。まぶしいほどの金髪で」
クルウはうめき声をあげた。
「エンハート……」
クルウは色恋のもつれで故郷を追放される前は、れっきとした騎士だったという。エンハートはそのころの知りあいだろうか?
「エンハートを知っているのか?」
クルウは青い顔をしていたが、かすかに首をふった。
「いいえ。知りません」
嘘をついているように見えた。
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