一章3



「勝者! エンハート!」

 ひな壇の上で、試験官が彼の手をとる。


 陽光に輝くまぶしいブロンド。巻毛の髪は短く切られている。そのせいで、彼は十五、六の少年のように見えた。


 涼しげな目元はややきつく、闇夜にきらめく猫の双眸を思わせる。たくらむような、ねだるような、妖しい色気があった。白皙のなかで、ととのった薄い口唇が、ほんのり赤い。ワレスによく似て、ワレスよりもっと、エンハートは綺麗だ。今のというより、少年時代のワレスのようだ。


「三人を負かしたつわものを、自らの隊に入れようという者はないか?」


 腕は充分と見て、試験官が呼びかける。ふつうなら三人勝ちぬきなら、ひく手あまただ。が、小隊長たちは首をそろえて、ワレスを見ている。ワレスの弟ならと遠慮しているのだ。ワレスは手をあげた。


「おれが貰おう」

「じゃあ、やっぱり、隊長の?」


 ハシェドは目を輝かせたものの、ワレスは首をふった。


「残念だが、弟ではない。おれも一瞬、親父に隠し子でもいたのかと思ったが」


 だからこそ、これほどおどろいたのだ。この酷似が他人の上に現れるなんて、そんなことがあるとは思えなかった。

 なんだよ、弟じゃないのかと、周囲から舌打ちやら何やら聞こえてきたが、あとの祭だ。


「エンハート。ワレス小隊長のもとへ」


 試験官に言われて、エンハートが壇上からおりてくる。

 近くで見ると、ほんとに似ていた。だが、似てないところもけっこうある。思ったとおり、エンハートはずいぶん若く、二十歳になっているかどうかも怪しい。そのぶん肩幅がせまく、身長はワレスより頭半分は低く、華奢な少年の体つきをしていた。目鼻立ちも、ワレスより優しい印象だ。


 何より、ワレスの端麗な容貌のなかで、もっとも特徴的で異彩を放つ瞳のきらめきが、エンハートにはない。同じほどあざやかな青い瞳でも、ワレスのそれはくだいたサファイアの粒を鏡の表面にぬりつけたように複雑な光をふりまき、それにくらべれば、エンハートはただのガラス玉をはめこんだみたいなものだ。


 エンハートはミラーアイズではないからだ。失われた古代人の能力を宿すワレスの目は、ほかの誰とも異なる輝きを帯びている。金属的な、ある種の蝶の羽にも似た。まばたきをすれば、青い光の粉が金色のまつげで踊る。この上なく豪奢な化粧のように、ワレスの目を鮮烈に見せていた。


 となりあうと、ワレスとエンハートは瓜二つというより、ひじょうに相似した兄と弟のようで、どちらがどちらか見わけがつかないというほどではなかった。


(こいつがいれば、中隊長の気をそらせるかもしれないぞ)


 エンハートには悪いが、ワレスにはそういう思惑があった。


「エンハートか。いい名だな。ファートライトに出てくる貴公子だ」


 ワレスがお世辞を言っても(とてもめずらしいことだったのに)、エンハートは答えない。というより、彼自身、自分の兄のようなワレスを前にして、言葉が出ないらしい。


「若いが、いくつだ?」

「……二十歳です」


 ようやく口をひらいたその声は、見ための女性的な印象とは異なり、れっきとした男のそれだ。ちょっとハスキーで色っぽい。男色家にはたまらないだろう。


「剣の訓練を受けているな」

「はい」

「これまでに軍隊の経験は?」

「ありません」

「砦に入って後悔しないか?」

「しません」

「では、今日から、おまえはおれの部下だ。おれはワレス。こっちが分隊長のハシェドだ。分隊へのふりわけは、ほかの兵士をとってから考える。ついてこい」


 残り五人の不足人員を対戦待ちの列のなかから選び、早々に試合場を出ると、砦の本丸、大広間にむかった。入隊の手続きを、そこで待つ中隊長としなければならない。


(中隊長は金髪碧眼がお好みらしいからな。これで、おれはしつこくされないですむかも。エンハートにはかわいそうだが、まあ、寵愛されれば出世も早い。あんな男に愛されて幸せというやつもいるわけだし)


 そんな不埒ふらちな考えで広間へ入る。中隊長のギデオンは、愛人で右腕の部下メイヒルとともにすわっていた。ここにも入隊希望者をつれた隊長たちが大勢いて、ワレスとそのうしろに続くエンハートをものめずらしげに見物している。


「ギデオン中隊長。入隊希望者をつれてまいりました」


 ギデオンはワレスが来るのを心待ちにしていたのではないだろうか。広間に入るときにこちらを見たので、ワレスがいることには気づいているはずだ。なのに、声をかけるまで、わざと手元の書類に目を落とし、素知らぬ顔をしていた。

 用もなく小隊長と中隊長が顔をあわせることは、月に数えるほどしかない。ギデオンにしてみれば、楽しみの一つなのだ。そう思われまいと努力しているのが感じられた。


「中隊長殿?」


 ところが、顔をあげたとたん、ギデオンの濃緑の目は、エンハートに釘づけになった。メイヒルがおもてをふせたのは、エンハートが見事にギデオンの好みだからだろう。


(そうだろう。そうだろう。おまえ好みだよな? よしよし。つかみはバッチリだ)


 ほくそ笑むワレスに、つっけんどんにギデオンがたずねてくる。


「弟か? ワレス小隊長」

「私もそうではないかと思いました」

「では、違うのか」

「父が私の知らない隠し子を残していないかぎり、血のつながりはないはずです」

「そうだったな。おまえは父親似だ」


 以前にワレスの家族の細密画を見たことのあるギデオンは、うなずいたあと、皮肉な表情を作る。


「なんのつもりだ? ワレス」

「何がです?」

「なんのつもりで彼をつれてきた?」

「おかしなことをおっしゃる。彼が強者だからですよ。試合で三人に勝ちぬいたのです」

「空々しいぞ」


 ギデオンは嘆息し、肩をすくめる。


「まあいい。おまえがそのつもりなら、手続きをする」


 ワレスの期待に反して、あとは事務的になってしまった。ひととおり書類を作りおえると、ギデオンはとりすましたおもてで、

「だが、おれの好みから言えば、細すぎる。おれは、おまえのほうがいい」


 作成した書類にサインしながら、ギデオンはなめるようにワレスを見た。ワレスは顔をしかめて敬礼する。


(くそッ。はずしたか)


 広間を出たところで、ワレスは歯噛みした。


「うまくいくと思ったのに」


 ハシェドがクスクス笑っている。


「あてがはずれましたね。隊長」

「いまいましいヤツめ」

「えっ、すみません」

「おまえじゃない。中隊長だ」

「……ああ。それだけ、ご執心なんですよ」

「言うな」


 ワレスは両手で髪をかきむしった。

 思えば、入隊希望者としてワレスが試合場にいたときから、ギデオンの目つきはおかしかった。男色家の彼に見そめられて、むりやりキスされたり、背後から抱きすくめられたり、一服盛られたり、あやうく犯されそうになったこともある。いいかげん、飽きてくれると嬉しいのだが。

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