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コックピットに身を置き、自身の意識をアドナーに向けて手を広げる。そうして徐々にアイルは自身の手が肉体から離れていく感覚を掴むと、全身の形をまるで水風船を割るかのように崩した。鋼の駆体に意識を溶かす、アクターにしかできないといわれた息を吸うことと大して変わりのない行為。真逆にどうしてできないのか、アイルには分からなかった。
炎に、光に、水に、虹に、アクターは何にでもなれる。受け止める器さえあれば、文字通り何にでも。深層へと意識は降りていく、ちかちかとした光を潜り抜けるとようやっと形らしい形をデータの海から見出した。
目はカメラになり、手足は鋼と鉄で構成される。周囲を飛び回る索敵用のSENTから自身を見下ろせば、そこにはアドナーとしての駆体が浜辺に立ち尽くしていた。手を動かす、アームが動く、足を動かす、レッグが動く。染みていく意識が形に慣れて行けば、アイルは完全にアドナーの姿に変質していた。
「重いな、これ」
カッターとはまた違う装甲の重みに首を回す、元々最適化もまだ手が出ていない身体だった。アイルがこれの形を動かせるようになるまで待たせてしまっていたのだから、何もかもが手付かずなのは仕方がないことだろう。
周囲を見る、戦闘シミュレーターのシステムによって作られた架空の戦場。記憶は朧気ではあるものの、ここは外海の……キラーズが拠点としていた場所の訓練場を模したものだろう。平淡な浅瀬、背後には基地と森。夕暮れがきらきら輝いて少し眩しい。ちょっとだけ覚えがある気がしたが、多分それは気のせいだ。
「実際ここにはこなかったもんな」
視界の先にある影を捉え、アイルは肩を竦める。防波堤に立つそれは今のアイルの姿であるアドナーとまったく同じ形をしていた。違うのはカラーリングぐらいだろうか、こちらは白で、あちらは黒、おそらく向こうがオリジナルだ。
『本機はこの海しか知らない』
アドナーが応えた。システム音声を改造したような声だ、きっとそれぐらいしか情報が入っていないのだ。
「お前は一度も実戦には出てない」
『肯定』
「……俺の所為だよな」
『否定。本機は存在することのみに意義があった、実地稼働に関しての結果は問わない』
「どういう意味だ?」
『──……、』
”アドナー”が武装を手にする。それは身の丈ほどある槍だった。
槍に装甲並みの強度を持つシートが旗のように括られた、旗槍と呼ばれるカテゴリーの特殊な武装。夜鳥羽のアクターの中でもたしか使い手がいたはずだが、少なくともアイルとしては馴染みのないものだ。
『Air、お前が本機の適合者なら理解できるはずだ』
同じものを手に取った、さほど重くはない。これはきっとそういう目的のものではない。今一度アドナーを見る、それはじっとこちらを見下ろして行動を待っているようだった。
お互い同じ武装、同じシステム、アイルのやることは決まっていた。
「理解、か。……分かった。アドナー、お前の性能を見せてくれ」
──ぶわり、衝撃波が押し寄せた。
アドナーが風を巻き上げるようにこちらに突っ込んでくる、身を捩じりそれを回避するもちょっと油断ならない速度にアイルは口角を上げる。瞬発力は平均的、攻撃を受けて舞い上がる砂を引き裂きながらアイルは海面へと移動する。浅瀬、少し抜けて深度のある海へ。速度は出している、同じ速度でアドナーが追ってくる。そして隣にまで追い上げたアドナーは、”足場”を蹴り上げ上空へと跳躍した。
「うわ」
思わず引く、見上げればタークルが襲撃時に発生させる水域がまるで空中戦に導くかのように配置されている。──違う、アドナーの行き先に水域が発生しているのだ。お前やっぱりタークルにめちゃくちゃ似てるじゃねえか、そんな心の叫びを嫌がったのか上から凍結弾が降ってくる。
「そういうことか」
弾を回避しながらアイルは用意された水域を踏み上空へと駆け上がる、空気の圧を感じながらその方法を理解する。見えている範囲にならこれを出せる、動かすことは出来ない。アドナーが旗槍を振り上げそれをはじき返す衝撃でアイルは水域の中に落とされた。
正直焦った、タークルが生み出す水域は確かに足場としては有用だがその中に入ることは自殺行為なのだ。飲み込まれた瞬間ありとあらゆる機器が異常を起こす、外側からハッキングでもされるかのようなバグの浴槽なのだが。
「へぇ?」
突き落とされた水域からは、特に異常を感じられなかった。機器の狂いもない、さすがに凍結弾で狙い撃ちにされつつある今長々とその場には留まれず水泡を吹かしながら次の水域へと飛び回る。空を泳ぐような感覚、空中に抜け出た瞬間に銃の引き金を弾く。アドナーも同じように水域を盾にしながら逃げ回るのが見えた。
珍しい挙動だと思った。夜鳥羽のアセンは……アーセナルアセンブルは空中戦には向かない、ほとんどの機体が海下から海上を主戦場としている。空を飛ばすより泳いだほうが早いし、海面を走らせるほうが安上がりなのだ。コスト面での制約、物理的な制限、しかしこいつにはそれがない。
正しく認識するならば、アドナーにはその制約を取っ払う便利な”機能”が内蔵されている。
「あぁ、なるほど。分かってきた」
水域を蹴り上げ飛翔する、加速し、アドナーの懐に突っ込んでいく。旗槍の先端はアドナーを捉えることは出来なかったが、距離は縮まる。至近距離で閃光弾を起爆させ目を潰しながらもさらに詰めろとブースターを爆発させた。
鉄と鉄が削り合う音が仮想の海に響き渡る。
鍔迫り合い、アドナーとアイルは鏡合わせにそっくり同じ行動をとっていた。
「アドナー、一つ聞く」
決着なんてつくはずがない。
そもそもそういう目的じゃない。
アドナーが求めている戦い方は、そうじゃない。
「お前のそれ、俺じゃなくても使えるな」
デジール・アルムはいわばパイロットに依存した兵器だ。適性のパイロットなしでは機能しないし、起動もしない。しかしそれはデジール・アルムのシステムがパイロットありきで組まれているからにすぎない。
この形でなければ、出来る。
抜き出せる、今まで未知の現象とされてきた水域を生み出す力を。
現象を意図的に起こせるならば、その形だけを引き出せるならば。
力は、増やせる。
かのサマネアの雷装のように、装備として多くのアセン乗りに搭載させることが可能になる。新たな要素として戦場の選択肢がまた一桁数を増す、可能性そのものの増殖ができるならば。
つまりそれは。
『──……肯定』
アイルは、別に必要ないのだ。
「そうか」
戦う必要なんてない、アセンに乗る必要なんてない。タークルを殺しきるためにはアイルがその場にいる必要はない、むしろ邪魔になる。
必要なのはアドナーの中身だ。大社ならそれができる、デジール・アルムの解析なんて虹の入江に掛かればどうということはないだろう。
全てはタークルという敵を、殺し尽くすために必要なことだ。そうしなければならない、ここに個人の感情や感傷は必要ない。必要なのはただ敵を殺すために生まれてきた兵器としての本能だけだ。
あぁ、それにしたって酷い話だが。
「……そうか、」
理解してしまった自分が、ほんの少しばかり恨めしい。こんなバカな話があるか? 元々デジール・アルムに乗せられるがために育てられてきたというのに、起動してみたら俺はただ鍵を開けるだけの役割だったのだ。しかしそれでも、アクターとしてはそれが”最適解”だということに納得してしまっているのが猶更嫌になる。
まったく嫌な性格だ。俺は個人の感傷で得られる栄誉よりも、殺した敵の数を選ぶのだ。自らの手で大ボスを殺せるのかもしれなくても、この武装を他の皆に配って全滅させる方を選ぶのだ。
どこまでいっても、俺は自分を優先できないらしい。
その方が、いい結果になることを知ってるから。
『Air』
「いいんだよな」
『あぁ』
「一回も出撃してないぞ」
『全てを殺し切れるのならば』
「だよな、結局そうなんだよな」
あぁ本当に最悪だな、悩んでた3年間がこれで全部ぶっ飛んだ。
「お前を殺して、お前の死骸で武器を作ろう。タークルを……敵を、全部殺し尽くせるぐらい強くて誰にでも使える武器を」
これで笑ってられるんだから、まったく酷い話だよな。
「きっと……それが一番、いいんだ」
鼻の奥が仄かに痛んで、どうしようもなくやるせない。あぁけれどどうするのかと言われたら、結局そうしようって頷いてしまうのだ。
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