02:同じ色の海を見よう。

 今回は不漁だった。と、いうよりも今回も不漁だったというべきかもしれない。

 ……普段使わせてもらっている海域はちょうど魚の通り道に被っており、それなりに良いものが見込める場所だった。普段はそこに網を仕掛けてもらって、アセンで獲物を追い込み回収する。深度のある場所にいる魚ほどよく売れるし、誘導するぐらいならアイル一人でも問題ないし大抵追い込み役はアイルの仕事だ。

 ただここのところ魚の群れが見当たらない、ソナーの故障かと思って一度メンテナンスに出してもらったがそうでもない。他の場所で活動している漁師たちも首を傾げていた。いままでが取れ過ぎていたのかもしれないが、それにしても冬も遠いのにどうしてこんなにも魚がいないのだろう、と。

 むしろ輸出用に漁を行っている部門はひどく困っているようで、売る相手が連絡とれないし中々胃が痛いらしく港は別の意味で騒ぎになっているほどだった。


「いやはや本当に胃が痛いさ、まさか物理的に大口が閉じるとは。もうみんなしっちゃかめっちゃかでなんだかなぁ〜、相談されても何もできないし驚くほど全く問題が減らないなんてな」

「そんなに忙しい網元さまがこんなところにいていいのか?」

「いいのいいの、おれだって一応人間なんだから休憩ぐらい貰わないと身が持たん」

 

 いつもの港でアセン:アミモトが抱える漁網の中身を確認しながらひしひしと嫌な予感を訴える頭に痛みすら感じつつ作業に勤しんでいたアイルの元にやってきたのは、網元の息子のシオだった。

 シオとはそれなりに交流がある方だ。元々アイルは網元であるガンエン……シオの父親と業務契約する形でアセンに乗って漁に参加しているが、そもそもアセン乗りとして参加することになったのはシオの口利きがあってこそ。おかげで穀潰しにならずにこの三年間生きてこられたわけで。

 すごい奴だと思う。

 一応まだ主にはなっていないものの、息子だからという理由で相談ごとを聞いて回っているらしい。一つ年上なだけで随分と大人みたいで、時折シオがまだ大人じゃないことを忘れてしまう。


「アイル、お前のところは何か困ってないか? 網が壊れたりとか、アセンの不具合とか、今ならむしろ我儘言い放題だぞ」


 どさくさに紛れて今なら押し通せるとシオが笑う。


「前のメンテでだいたい直されたから間に合ってる、むしろ仕事が減らされないかが心配だ」

「お前らしいな、でもまぁその辺は大丈夫だろ。親父お前のことは悪く思ってないみたいだし、逆に仕事増えるかもしれないぞ」

「便利だから?」

「そ、便利だから」

「それはそれで癪だな……」

「はっはっは、ま、それぐらい信用されてんだ。これからも贔屓にしてくれよ?」

「贔屓って、そもそもお前のとこのしか手伝ってないし」


 なんてことないアイルの相槌にシオはどこか遠くを見るように目をそらしては「相変わらずだよなぁ」と頭を掻く。何か妙なことを言っただろうかとアイルが彼をのぞき込めば、シオは困ったようにはにかんではまた目を伏せる。


「お前ほら、あれ来たんだろ。大社からの、あれ」


 歯切れ悪く零したその話は、アイル自身もまだ目をそらしていたことで。 


「あー……うん」


 曖昧な返事と同時思考が淀む。

 大社との契約に応じれば島の住人として登録され色々楽にはなるが、もし万が一外海から“迎え“が来た時に困る。住人登録された場合、外に出向くことは出来ても最終的には島に帰らなければいけなくなるのだ。

 そうはできない理由があることも、しない理由があることも、そしてアイルが今どう思っているかさえシオはどこか分かっているようだった。


「まぁ、お前が決めることだから俺はそんな口出すつもりはないけどさ。こっちとしてはお前がここにいてくれればいいなーって思ってるぜ、でも」


 水平線に飛んでいくシロドリの群れを見送りながら、彼が本当に何を見ていたのかをアイルが知ることは出来ないと思っていたが。


「お前が行きたい場所があんなら、俺はそれを応援したいって思ってる」

「シオ……」

「まぁそんぐらいの話だよ。そんだけだ。──ほら作業進めるぞ、手伝ってやるから」


 彼が同じものを見ようとしてくれているということは、本当に得難いことなのだと。今日も生臭い風の中安堵するのだ。

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