01:対岸の大異変と進路の話。
外からの船がしばらく来ていないことに気が付いたのは一か月ほど前のこと。民間商業が盛んな綿葉港ほどではないにしろ夜鳥羽は曲がりなりにも外海を結ぶ珊瑚の大口から一番近い港で、外からやってきた船は大体一度は燃料なりなんなりを求めてこの港に泊まるはずなのだが。
だというのに、外からの船が一隻もやってこない。
最初は何かまた外で大きな争いが来たものだと考え、ひとまず様子を見ていた。一週間もすればこの港に何かやってくるだろう。そのはずだと。しかし一週間どころか、それ以上日にちを越えても船は影も形も見せる気配がない。
流石に妙だと港の人々は各自それぞれに問い合わせた。何か変だと、今までの様子と何かが違うと。そうしてそのうち誰かが、アセン乗り……日雇いの傭兵を雇って大口の様子を確認しに向かった。彼らはいつも通りに出立し、日が沈む頃に島に戻ってくると青ざめた顔でこう告げたらしい。
「珊瑚山脈の向こうに、海の壁ができている」
大口には近づけなかった、と。
話はすぐさま島中に伝わった、大口が変な方法で閉じた。このアーセナル海は周囲が珊瑚の山脈で覆われている特殊な場所である以上、一番大きな玄関口である大口が潰されること事態が大異変だ。これでは外の海がどうなってしまったのか全く分からない、と。記憶にも全くない初めての事態に夜鳥羽の島守はまず海域保安隊に大口の調査を依頼した。しかし、アーセナル海に慣れた保安隊でさえも大口まで近づくことができなかったのだという。
通常ならさほど数も見かけない海の怪物、タークルと呼ばれる敵性生命体が嵐のように飛び回りとても容易に突破はできないほどの壁になっていたというのだ。
異常事態ではあった。
しかし、元々閉じられたアーセナル海域ではさほど大きな混乱は起きなかった。当然のことである、そもそもアーセナル海で生まれた人間が外の海に出向くことは全くないのだ。この海域から出ることなく一生を終える人間が大半。外の海に買われて戦いに向かうアクターもまた、稀である。
タークルとの戦いもまたこの海では慣れたことで、出現した当初こそ大きく騒ぎになったが対策はされている。外の海では忌むべきものとされているらしいアクター化に関してもまた、この海では祝福に等しい。この島で最も栄誉とされるのは、タークルのような敵性体を倒すことでこの島自体を守ることなのだから。
つまり、何を言いたいのかというと。
「君の力を貸してほしい」
一度見つかってしまえば、戦いに出ることに関して拒否権というものが一切ないのだ。
◆
「断る、そもそも誰だあんた」
「静かの海大社って知ってるかな」
「知ってるよ、知らないヤツなんかこの島中探してもいないだろ。そうじゃねえよ、大社様なのは分かるけどあんたは何なんだよ」
旧防波堤の端に腰掛けたまま、アイルはやってきたそれを見上げながらも目を細めた。夕暮れ時、そろそろ帰ろうかと思っていた矢先の出来事。誰かがこちらに近づいてきているなと思った、釣り人かなと思ったがそうでもない。そうして声をかけられたらこれである。
「あぁ、私はこういったものでね」
目の前の女性が端末を取り出してさっとなぞると、アイルの端末には通知と共に名刺が差し込まれていた。どこにでもいそうな名前、そしてこの島では神様のような……実際そういう類のものであると言われている静かの海大社の文字。アイルは頭が痛くなるのを感じた、困ったことにアイル自身は外の海からやってきたよそ者である。こういった地元のルールというものにはどうにも疎く、どう対処するのが正解なのか未だよく分かっていない。
いっそ、この旧防波堤から飛び降りて少し先の海岸まで泳いで逃げるべきなのかもしれない。非常に疲れるがそれもやぶさかではないほどに、大社というものは面倒なものに見えていた。いつ飛び出そうか、そんな風に全力で顔をしかめているのを見かねてか、大社からの使者である女性が「そう身構えなくていいよ」と笑う。
「旧名:鷲宮ヒガナ、アクターとしての名はアイル。漁師見習いでアミモトのアセンに搭乗、約二年間活動。いままで小フィアー種(*鋼蟲、はぐれタークルを含む脅威度1~2までの敵)以外との戦闘記録は皆無。……ここまで平穏に生きていたアクターは珍しいよ」
あ、契約っていっても便宜上のものでいきなり前線に連れていかれることはまずないよ、そこは安心していい。と矢継ぎ早にそれは云う。
「できれば応答が欲しいなってところなんだ、お互いの為にね」
「……俺はよそ者だ。そもそもあんたたちが何をしてて、何で島の人からそんな扱いを受けているのかもよく分からない。あんたらの指示に従う義務はないだろ」
「それを言われると確かにそうなんだけどねぇ……」
ほら、最近危ないから。と使者の女性が肩を竦める。
それがここ数年のタークル大量発生のことなのか、それとも単に夜鳥羽がわりと治安が悪い場所だからか。どちらにせよアイルにとっては困った話だった。
「そこまで知っているなら、分かってるんだろ」
ざあざあと海が鳴く。波の向こう、瓦礫島の更に向こうに横たわる水平線に意識を焦がす。
アイルは船を待っている。それこそ三年も待っている。三年前は来てほしくないと願った、自分を迎えに来る船をずっと待ち続けている。家族もいない、知り合いもいなかったこの島でずっとずっと待ち続けてきた。待ちすぎて今年で14歳、今は灯台守であり漁師のじいさんと一緒に灯台で暮らしている。
この島で死ぬつもりはないし、いつかはこの島を出ていくはずで。
そんな日々のまま、今日もここで船を待っていた。
「今すぐに決断しなくていい、けれど少しだけ考えておいて」
資料、ここに置いておくよ。と彼女はアイルの隣にいくつかのパンフレットのようなものを置いて、何事もなく去っていった。アイルはその背中を少しだけ見ていたがそのうちまた水平線の先を見つめて、結局日が沈む寸前までそこにいた。
ため息をつく。
あぁ、今日もここに船はこない。
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