03:心を折っても胸を張れる理由。
「世界なんてどうだっていいんだ」
その言葉で意識が夢から焼ける。あぁ、これは夢だ。だが夢であってもその光景は過去のものだと冷めた意識が目を伏せる。この場所は三年前、キラーズと呼ばれる組織が移動拠点として利用していた空中戦艦アリトモス号のガレージだ。狭苦しい蔵に何体ものアセンが詰め込まれ、その中でも異彩を放つ白い騎士のような機体。
覚えている、それの名は
世界を救うための決戦兵器と聞いていた。それに乗れる人間は少なくて、自由に動かせる人間はもっと少なくて。アセンに選ばれた人間であるアクターよりも希少な選ばれた人間にしか扱えない。──その選ばれた人間は、肝心のデジール・アルムを世界を壊すためのものだと言っていたか。
開いたままのコックピット、伸びたままの足場に腰掛けて空中に足をゆらゆらさせては隣に座ったその人はずっと渋い顔をしていた。夢の中だからその顔が正しいものなのかもう判断付かないが。少なくとも今はそう見えていた。
「来週な、ずっと待ってた小説の続きが出るんだ」
そのためだよ、そのぐらいだよと青年と少年の間の顔がずっとずっと遠くを見つめている。その横顔を、三年前のアイルは驚いた顔で見ていたはずだ。それもそうだ、彼はアリトモス号のエースだった。まだ対策さえ分かっていなかったころのタークルを相手に戦える、唯一の人間だった。化け物相手に立ち回るのだ、こどもなりに憧れがあって夢を見るのはおかしな話ではないだろう。
船の外はひどい有様だったことを覚えている、タークルが現れた島はことごとく飲み込まれ滅んでいった。出撃と警報、その繰り返し。その中で生きていた。生かされていた。
その最前線にいた彼が、戦いに疲れていないなんてなかったのだ。
「そんなもんでいいんだよな、戦う理由も。……逃げる理由も」
隣に座っていたアイルの頭を撫でようとした彼の手が、触れる前に止まる。はらりと腕を落とした彼は、まるで泣きそうな顔ではにかんだ。
◆
「七未さんの
「どうせそんなこったろうと思ったよ」
そんな真昼間から出戻り港(と呼ばれているアセンの発着場)で端末片手にぶっ倒れているやつなんてガチャでドブったか落選したかどっちかだと、アイルはある程度予測がつくようになってしまってる自分に若干の呆れを覚える。
定休日の昼なんてやることがなさすぎて港を歩くぐらいしかないアイルが見つけたのは、そんなどうしようもない理由で心が折れそうになっている一人のアセン乗りだった。
傭兵ゼルトナ。昔は違う名前で通っていらしいが、その昔にアイルはまだ夜鳥羽にはいなかった。自分より数歳年上だが精神年齢に関しては大体同じぐらいだろうと言い切れるぐらいには残念で、会うたびいつもどうしようもない理由で苦しんで心が折れかけている。これでもアイルの知り合いの中では一番大陸での話が通じるのだから困った話で。
「やばい地面あつい」
「今日最高気温夏レベルらしいぞ」
「だから今朝から鼻水が止まらないんだな、なるほど。何もかもがつらい」
砂利を払いながら立ち上がろうとするゼルトナに手を差し伸べるが、ゼルトナは手を取ろうとして一瞬止まった。まるで夢の中で見た彼のような、そうでもないような。妙な間が嫌になったのか、ゼルトナは止まっていた手を動かしアイルの差し出された手を取った。
「何かあったのか」
あの日言えなかった台詞を、目の前の傭兵に吐いてみる。
目の前の傭兵は少し困った顔をしては、とりあえずで笑ってみせる。
「いや、昨晩数人弾いたからな。その手で一般人の心遣いを取るのはいかがなもんかと考えちまった。今更だな」
「その今更がどこを指すのかいまいち分からないんだけど」
「うーん、色々?」
「色々か」
色々。
「お前も色々聞きたそうな顔をしてるな」
見透かされるような声が予告なしで鼓膜に叩きつけられる。声はさほどでもないのに、時折見せるゼルトナの声や行動は意図の真ん中に風穴を開けるのだ。
「……前線って、どうなんだ」
「楽しいぞ?」
「そうだろうけどそうじゃなくて、その……」
何かを聴きたいはずなのに、それが形にならないことに若干の苛立ちが走る。それが分かっているのか、ゼルトナは背伸びをしながらなんでもないことのように告げてしまう。
「殺して守るのは楽じゃないぞ」
しばらく言葉が出せなかった。今朝の夢を覚えていたせいか、それともそんなことを言ってしまえるゼルトナに対して身構えていたのかは分からない。しかし、その台詞に生返事では許されないことは理解していた。それだけが沈黙を生んだ。
が。
「……って、親戚がいってたぜ」
読めない顔で笑ってみせるのだからたちがわるい。
「受け売りかよ」
「結構マジ寄りの仕事してるやつの言葉だぞ、信憑性はあると思うぜ。まぁ色々異次元すぎてあんまり信用ないけど」
「あんたの知り合いやばいやつしかいないのか?」
「冬季戦で異次元な動きしてたお前もその知り合いの一人なんだぜ……」
「それは俺の顔した別の人だ……! いいか別の人だ、決して俺ではないんだ……!」
あぁ、しょうもない話にまた転がる。乗せられる自分も自分なのだろうが、これはいつまでこうしていていいのだろうかと不安になることも確かで。まるで目をそらし続けているみたいだと少しばかり嫌になる。
しかしそれでも目の前の傭兵は「いいんじゃねえの」と無責任に笑うのだ。
「そんなもんでいいんだよ」
まったく無責任なふりをして笑うのだ。
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