第3話 ネコと共に歩め

 砦の住人が増えていよいよ食糧が必要になった。すると茶トラが狩りに出ようとうながしてきた。

 ソマリは意を決して砦を出た。どうせ死のうと思っていた命だ。今更何を惜しむ必要がある。

 すると、ここでまた分かったことがひとつあった。

(おかしい……)

 ソマリは仕留めた小型魔獣を手に掲げながら首をかしげていた。小さいながらもそこそこ強い魔獣だ。こいつと出会った瞬間、死を悟ったものだった。

 しかし結果はどうだ。見事に仕留めてしまった。それも五匹も。

 どうやらソマリ自身の俊敏性が増加しているようだが、最近特に訓練をしたわけでもないのでなぜ性能が上がっているのか分からない。

 すると隣りで茶トラが誇らしげににゃあと鳴く。

にゃあにゃあおれは狩りが得意だ

 ……そう言っている。

 しかし実際に茶トラは狩猟に参加していなかった。ソマリが戦っている間も近くの草むらで眠るか、ときおり起きてにゃあと野次を飛ばしていたくらいだ。

 分かったこと。

 つまり、得意分野を持つ猫を傍においておくと、その特性に影響されるのだ。あくまでも予想でしかないが、頭打ちだと言われたステータス値も上昇しているし、なによりこの手の中にある結果がすべてだ。

 白猫と出会った日にドンスコイが言っていた『ネコと和解する』スキルとは、このことを指しているのだろうか。

「これなら食事も困らなさそうだね。余った分は塩漬けにするか、いぶして保存食にしてもいいかな」

にゃあ今日くえる?」

「血抜きが上手く出来たらね。調理スキルも習得してはいるけど、上手くいくかなあ」

 ソマリはそう返したが、その心配は無用に終わった。

 砦に戻ると新顔が一匹増えていたのだ。シルバーの毛並みを持つその猫は美食家なのだと白猫が紹介してくれた。

 美食猫を傍らに置いて肉の処理を始めると、思った以上にするすると手元が動いた。手際よく内臓を取り出し血抜きをして部位ごとに切り分ける。施設で普段やっていたよりも何倍も早い時間で処理が終わった。

 生活魔法で小さな火をおこして獣肉を焼いて、一人と三匹で囲む食卓はとても穏やかだった。


 茶トラ猫と銀猫が来てから、狩りに出るのがソマリの日課になった。初日こそ木の実を採っていたが、彼らがいれば狩りと調理のスキル値が上昇するのだ。ならば腹にたまる肉を選ぶのは当然のことだった。

 それに、狩りに出て戦闘を繰り返すことで戦闘スキルの値が少しずつ上がり始めたのだ。このまま成長していけば、もっと大きな獲物を狙えるようになるだろう。

「食糧調達が安定して保存食も増えたら、砦ももう少し住みやすくしたいね」

 今日の狩猟の成果を抱えながら、ソマリは隣りを歩く茶トラに語りかけた。

「砦の中を掃除したいし、壁の穴もちゃんと閉じたいし」

 部屋から湖が見える環境もオツだが、冬になれば寒さをしのげまい。

「食事も今は狩り主流だけど獣の数は有限だし、畑も作った方がいいのかなあ」

 村を出た直後の絶望感はもうソマリの中には存在していなかった。逆に、この先を生き延びるための欲が出てきている。

 すると足下の茶トラは「おれは寝床があればそれでいい」と鳴いた。

「ああ。みんなの寝心地いいベッドも作らなきゃね。麦を育てられたら、収穫したあとのわらでベッドを作れるのになあ」

うにゃにゃシロに聞こう

「シロ?」

 なんのことはない。シロとは最初に助けた仔猫のことだった。ソマリは心の中でシロと呼んでいたが、猫同士でもシロと呼んでいたらしい。

 砦に戻って今日の獲物の処理を終えたあとで、ソマリはシロに尋ねてみた。

「シロは麦について何か知ってる?」

 仔猫は小首をかしげる。なぜ自分に聞くのかと目が訴えている。

「茶トラがシロに聞こうって言うから」

 すると今度は茶トラが「おれは茶トラじゃなくてコトラだ」と主張した。どうやら名前があったらしい。

にゃ麦は……うにゃあママが知ってる

「シロのお母さん?」

 詳しく事情を聞くと、シロを助けた道から砦と逆方向の森の中にいるらしい。けがを負って長い距離を移動できないのだそうだ。

「早く助けに行かなきゃ! 体力の回復も必要だろうから燻製肉をいくらか持って……」

 いそいそと準備をしながらソマリは気がついた。途中で魔獣が出る可能性についてだ。

 初日に砦へ来たときは奇跡的に遭遇しなかったが、ここ毎日狩りに出ているかぎりでは、小型魔獣にはそこそこの頻度で遭遇する。少しずつステータスが上がっているとはいえ、一人で倒す自信はない。

 ソマリは足下のコトラをじっと見つめた。

「コトラ。ついてきてくれる?」

にゃ寝わら

「最初に作ってあげるから」

 ソマリがそう返答すると、コトラは満足そうに頷いた。

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