第2話 ネコへの態度を悔い改めよ

 何日か白猫と過ごしてみて、ソマリにはいくつか分かったことがある。

 まずは癒やす力。

 先日この白猫を鳥から救ったあとしばらく撫でていると、なんと猫の傷が綺麗に癒えていた。試しに自分が鳥から受けた擦り傷を撫でてみたが、傷口が消えることはなかった。この力は猫にのみ発揮されるらしい。

 それから、猫と会話する力。

 といっても猫がしゃべるわけではない。ソマリにはにゃあとしか聞こえない。ただ、その目を見れば言わんとすることが不思議と分かってしまうのだ。そしてこちらが思っていることも、口に出さずとも猫に伝わるようだ。

 この猫に案内されてソマリは深い森の中にいた。湖の横にたたずむボロボロな石造りの砦、この場所がこの白猫の居城らしかった。ソマリは猫と和解して、めでたく根城に招待されたわけだ。

「森の中でのたれ死ぬ予定だったのに、お前に助けられたな」

 壊れた石壁の間から見える湖を眺めながら傍らに眠る仔猫の頭をゆるゆると撫でると、

「にゃあ」

 白猫は嬉しそうにひとつ鳴いた。

 さて、雨風をしのげる場所を確保したところで、次に問題になるのは食べ物だ。施設を出るときに餞別せんべつ代わりに持たされたパンと果物があるが、いつまでも保存が利くわけではない。砦に来る道中で拾った木の実もたいした腹の足しにはならない。

 狩りをして肉を得るのが手っ取り早いが、それにはひとつ問題があった。それはこの森の生き物の強さだ。ソマリが死に場所に選んだ理由のひとつでもあるが、ここの森の生き物は獰猛どうもうであることで知られていた。冒険者ギルドでも高ランクのパーティしか足を踏み入れることのないこんな場所で、特化スキルもないソマリが果たして狩りを出来るだろうか。

(一応ひととおりは習得してあるけど……)

 短剣、長剣、大剣、槍、盾……特化スキルがないと知った時点で、習得できる術はすべて猛勉強して会得した。

 この世界の人間は七歳から八歳にかけて特化スキルの兆しが現れ、教会に行って視てもらうことでそのスキルが特定される。ソマリには兆しが現れなかった。当然教会にも行ったがスキルは特定されなかった。だからソマリは八歳から習得可能スキルの勉強を始めたのだ。ほんの少しだが生活魔法も使える。しかしどれも本業にできるほどには至れない。

 せめて小型の魔獣でもこの砦に迷い込んできてくれれば、なんとか倒せないことはないのに。

 などと願ったところで、都合良く魔物が現れるわけでもない。

(仔猫を襲っていた鳥形魔獣を仕留められてたらな……)

「にゃあ」

「なんだ。仕留められなかったことに文句を言っているのか?」

 突然鳴き声をあげた白猫にソマリがはははと笑うと、白猫はその言葉を否定するようにソマリの目をじっと見つめた。

 ——誰か来る。

 その目がそう言っている。

 ソマリは息をのんだ。音を立てないように立ち上がると、そっと部屋の入口まで移動する。それから耳を澄ました。

 ひたひた、と小さな足音が聞こえてくる。

(まさか小型魔獣が迷い込んだのか?)

 そんなうまい話があるわけはない。そう思いつつも、ソマリは手元のナイフを握りしめる。その間にも足音は少しずつ近づいてくる。

(いまだ!)

 ソマリは勢いよく飛び出した。しかし予想していた目の高さに魔獣はいない。

 次の瞬間、小さな影が足下で蛇のようにシャーッと鳴いて後ずさった。ソマリも慌てて一歩退く。目の前にいたのは蛇ではなかった。

「猫?!」

 そこにいたのは猫だった。虎のようながらの茶色の猫だ。その猫が身体を大きく見せようと毛を逆立てて威嚇している。

 ソマリは慌ててナイフをしまった。

「ご、ごめんって! 俺は敵じゃないから威嚇しないで!」

 両手を上にあげて敵意がないことを一生懸命表現するが、茶トラの猫はなかなか警戒を解いてくれない。

 すると部屋から白猫が出てきた。ソマリの足下にすり寄りながら猫がにゃあと鳴くと、茶トラはようやくりうなり声を止めた。

 それからソマリの目をじっと見てくる。

 ——お前、なにか食べ物を持っていないか?

 茶トラのその目がそう言っている。ソマリは乾いた笑いをあげた。

「あはは、あるよ。スキルのない俺が森で狩りをして、無事に仕留められればね」

にゃあならよし

 茶トラはそう言った。何がいいのかちっとも分からない。

 こうして砦の住人が増えた。食糧はまだ増えない。

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