猫と仲良くするスキルしかなくても、世界を救えますか?

四葉みつ

第1話 ネコと和解せよ

 くわっ……と真っ白な猫があくびをした。

 空から降り注ぐ暖かい日の光は、あらゆるものの芽吹きを促す春の日和だ。

 石塀の上でひなたぼっこをしているその白猫の頭を、少年はふわりと撫でた。それから半信半疑につぶやいた。

「……これもお前の、……なのか?」

「にゃあー」

 一人と一匹の眼前では、青々としげった麦が心地よい風に吹かれてそよいでいた。


 ときは数ヶ月前にさかのぼる。

 片田舎の孤児院から旅立った十五歳の少年——ソマリは弱々しい足取りで森を歩いていた。行く当てなどない。『旅』というより、のたれ死ぬために施設を飛び出したのだ。

「気にしないでずっとここにいていいのよ? 何もなくてもいいじゃない」

 施設のマザーは他意なくそう微笑んでくれたが、ソマリの心が耐えきれなかった。

 何もない。

 そう、特化スキルが何もなかったのだ。

 この世界では一人にひとつ、必ず特化スキルが与えられるらしい。

 当然、成長していく中で研鑽けんさんを積むことによって様々なスキルの習得が可能だ。しかし特化スキルは、そうやって習得する技術をはるかに凌駕りょうがする強さを供えているのだ。

 村の警備隊は剣術や槍術スキルに特化している。肉屋は肉を新鮮に保つスキルに特化している。花屋は草花を育てるスキルに特化している。そういうものなのだ。特化スキルが将来就く職業を左右する世界なのだ。

(何もない俺は、何をすればいい……)

 裏を返せばすべての職業に就ける可能性がある、という都合のいい話はない。いくら勉強をしてスキルを習得したところで、特化スキル持ちの前では子供の手伝い程度でしかない。

 幼い頃から世話になった施設にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。ここにいていいと言ってくれるマザーにすら、施設を運営する特化スキルがあるのだ。何もない自分にとって、居心地のいいものではなかった。

 だから「旅に出る」とだけ告げて、施設を、村を後にした。

「……なんだ?」

 ソマリはふと顔を上げた。

 前方からぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえたのだ。

(人の声……じゃなさそうだな)

 駆け寄ってみると、黒い鳥型の魔獣がなにやら丸い物体をつついていた。白くてふわふわした毛玉のような——。

「猫?!」

 鳥はどうやら仔猫をつついて攻撃しているらしい。地面では白い猫がさらに小さくうずくまって震えている。

「おい! あっち行け!」

 ソマリは慌てて駆け寄ると、鳥相手にナイフを振り回した。鳥はぎゃあぎゃあと文句を言っていたが、しばらく応戦したあと飛んで逃げていった。

 足下には薄汚れた白い毛玉が残っている。

「おい……大丈夫か?」

 ソマリは丸まった背中にそろそろと手を添えた。それは一瞬びくりと身体を揺らしたが、逃げることもなくその場でじっと丸くなっている。逃げる体力すら残っていないのかもしれない。

 そんな仔猫をソマリはそっと抱え上げた。手のひらにのせるともう片方の手でしばらく撫で続ける。

 特に回復魔法を持っているわけではない。だから、撫でれば猫の傷が癒えるわけでもない。これは気休めだ。そんなことは分かっている。けれど、何もせずにはいられなかった。

(元気になってくれ)

 ソマリがそう念じると、仔猫は顔を上げた。まるで思っていることが通じたかのようなタイミングだ。

 その仔猫の青い瞳と目が合った瞬間だった。

「猫と和解したか」

 聞き慣れない声にソマリは顔を上げた。いつの間にか目の前に長い髭を蓄えた老人が立っている。

「猫と、和解?」

「お主、教会でスキルの選定を受けたときに『何もない』と言われたのだろう?」

「……っ」

 老人のストレートな言葉に、ソマリは押し黙った。すると老人はふぉっふぉと穏やかに笑う。

「それは『何もない』わけではない。普通の教会の力ではことができなかったのだ」

「視る?」

「お主のスキルを教えてやろう。それはスキルだ」

「猫と……和解」

 ソマリは先ほどつぶやいた言葉をもう一度口に出した。言っている意味がよく分からない。

「猫と和解して、世界を救うのだ」

「あの、ちょっと、言っている意味が」

「わしの名前はドンスコイ。この名を覚えとくとよい。時が来たらまたお主の前に姿を現そう」

「あの、ドンスコイさん!」

 ソマリは慌てて名前を呼んだが、次の瞬間、老人は目の前からふっと姿を消してしまった。

「……消えた」

 ソマリはわけが分からないまま、手元の仔猫に目を落とした。その青い瞳と目が合う。

 白い猫はにゃあと鳴いた。

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