王都からの冒険者

 あれから数日が経ち、私は日課の素振りをするために冒険者ギルドに来ていた。


「うん? 騒がしいな? 何かあったんだろうか…」

 そう思いつつ、訓練場へ向かっていると、近くの冒険者が話している会話が聞こえてきた。


「おい、見たかよ。さっきのやつ、王都で最近人気の”槍の勇者クリス”じゃないか?」


「俺もそう思った。去年、王都の武闘会で見たやつとそっくりだったもんな。でもなんで来たんだ? こんな強いモンスターも出ない町にさ」


「お前馬鹿か? 最近ルーゼンの森が封鎖されただろう? どうせあそこの調査をしに王都の冒険者ギルドから派遣されたんだ」


 なにやら、この町に有名な冒険者がきたらしい。というか、あの武闘会に出てるなら相当の猛者だな。そんなに有名な奴なら見てみたいなと思うけど、あいにく俺は日課の素振りをしなくちゃいけない。

 なに? そんなに素振りをしてあきれないのかって? 俺が素振りをしない日はモンスターを狩りに行くときだけだし、あきれるとかあきれないとかいう概念で素振りをしている訳じゃないんでな。


 そんなことを考えながら、バンはいつも通り訓練場で日課のストレッチから始めるのだった。


 *王都の武闘会とは、年に一回王都で行われる1対1の真剣勝負であり、冒険者の者なら誰でも一度は夢見る舞台である。武力で名を馳せている者にしか招待状は届かないため、参加者は強者の中でもほんの一握りである。




 バンは日課の素振りをしている最中にのどが渇き、水を飲もうと水筒に手にしようとすると、ずっとこちらを見つめる男性を見つけた。


「はぁはぁ、……? えっと、何か俺に用ですか?」

 息を切らしながらそう尋ねると


「いぇいぇ、何でもないです。ついついあなたの素振りをする姿、剣筋、どれをとっても美しいと思いまして…、勝手ながら拝見させてもらっていました」

 金髪で髪の毛を肩まで伸ばし、欧米の国の人を感じさせるイケメンな男性がそう答えた。


「はぁ…、ありがとうございます。そう言われたことなんて初めてでなんか嬉しいです。もしかしてあなたも冒険者の方ですか?」


「はい、そうです。冒険者やらせてもらってます。クリス・アリザードです」


「クリス…さん? どこかで聞いた名前のような気がする…、っ! 間違ってたら申し訳ないんですけど、王都からやってきた冒険者ってもしかしてクリスさんですか?」

 もし間違ってたら恥ずかしいなと思いながら、俺はクリスに尋ねた。


「他にも王都から来てる方もいらっしゃると思うので、自分かどうかは分かりませんが、ルーゼンの森を調査しに王都の冒険者ギルドから派遣されたのは私ですね」


「やっぱり、そうだなと思いましたよ。それに、クリスさんすごく強いですよね?」

 そう、さっきから俺は肌がピリピリする感触を感じ取っていた。先ほどまでは感じなかったのにだ。それもこの感じ、ゴブリンジャイアントなんて比にならないならないほどの圧である。


「ははっ、それはどうでしょうかね」

 クリスは口は笑っているが、目で俺を品定めしているようであった。


「おい、クリス。もうその辺にしておけ、バンがかわいそうだろうが。それに、お前の圧はちと気持ち悪いしな」

 そう言いながら、ガリッシュさんは階段を下りてきた。


「すいません。初対面の人に会うといつもやってしまうんですよ。自分のいけない癖ですね。それにしてもこの方がゴブリンジャイアントを討伐した方ですか? 失礼ながらそこまで強い人には見えないんですけど」

 クリスは悪気を感じさせない、本当に不思議そうな顔をしながらバンを見ていた。


「あぁ、俺が現場を確認してきた。それに、証言者もいるからな」


「そうですか。一応ゴブリンジャイアントはDランク上位に君臨してますし、Cランク冒険者でも倒せない方はたくさんいますよ? でもそうか……、スキルのおかげって可能性だってありますもんね。失礼しましたバンさん。私、思ったことを口にしちゃうタイプでして…、でも、少し気になりますね…」

 そう言うと、クリスは突然バンの前から姿を消した。


「っっっ!? え?」

 次の瞬間、バンがとっさに周りを見渡すと、真横にガリッシュに手首をつかまれているクリスを見つけた。


「おい、クリス。バンに何しようとした?」

 怒気を含ませたガリッシュがクリスの手首を後ろに回し、そう言い放った。


「やだなぁ、ガリッシュさん。ただ、私はバンさんがどれほど強いのか気になっただけで…、それに本気で攻撃するわけじゃなかったですし…」

 クリスは頬を搔きながらそう答えると


「言い訳はいらん。ほんとお前は小さいころから変わらんな。そのすぐ手を出す癖は直せ。」


「以後、気を付けます。」

 どうでもいいかのようにクリスは言うと、ガリッシュは益々怒りの表情を深めた。


「あの…、全然姿が見えなかったんですけど、何をしようとしたんですか?」

 ほんとに全然見えなかった。俺が気づいた時にはもう、ガリッシュさんがクリスさんの手首をつかんでる状態だったし。


「あぁ、こいつはスキルを使ってバンの横に移動したんだよ、こいつが攻撃するか分からなかったからとっさに手首を掴んじまったけどな」

 この話を聞いた時、俺はクリスさんよりもガリッシュさんの凄さに言葉を失った。


 だってさ、クリスさん、俺なんかじゃ見えないほど早く動いたのに、その動きを瞬時に捉えて手首を掴んでおとなしくさせるって…ガリッシュさんもホントばけもんかよ!


「どうせこいつはバンが何かしらのスキルを使ってゴブリンジャイアントを倒したと考えて、お前のスキルを使わせるように仕向けたかったんだろう」

 呆れた顔でガリッシュは言った。


「正解です! それにしてもガリッシュさんは力衰えてないですね。流石”荒くれ者のガリッシュ”の異名を持っている人ですね」


「うるせい、お前さんだって”槍の勇者クリス”って呼ばれてるだろうが。それに、さっきのは全然本気じゃなかっただろう? お前さんが本気を出したらこの施設がぶっ壊れちまう」

 ガリッシュはクリスの方に首を向けるとフッ、と笑いながらそう言った。


「まぁまぁ、この話はこれぐらいにして今からルーゼンの森の調査行ってきますね? 少し奥の方に行ってくる予定ですから時間がかかるかもしれません。遅くても夕方ごろには帰ってこようと思ってますが。それでは」

 買い物に行くような感覚でガリッシュにそう話すと、訓練場から出て行ってしまった。


「クリスさん、大丈夫でしょうか? ルーゼンの森の奥って言ったら、ゴブリンの集落やそれ以上のモンスターがいる場所ですよね?」

 心配そうな顔をしてバンがそう言うと


「なに、あいつならそこら辺のモンスターにはやられん。それにあいつは腐ってもAランク冒険者だ。異変を見つけるか、その異変を解決して帰ってくるだろうよ。じゃあな、あいつも仕事に行くみたいだし、俺も仕事に戻るぜ」

 そう言うとガリッシュもバンにじゃあなと声をかけ、訓練場から出ていった。


 二人が出ていった場所をじっと見つめ、バンはボソッと呟いた。


「はぁ、Sランク冒険者の道のりはまだまだ長いな…」

 俺は、本当に強い冒険者の強さを感じたことが無いせいか、Sランク冒険者というものを低く考えすぎていたらしい。しかし、ガリッシュとクリスのやり取り一つでそこまでたどり着くのに、どれほど道が険しく、遠いのかを改めて実感した。


「あの二人でさえAランクなのに、今の俺なんかじゃ全然だな。よし、もうちょっと素振りをして帰ろう」

 そう言うと、バンは素振りをはじめ、自分の世界に没頭していくのだった。

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