文書21 二人きりの結成

週明けの学校での出来事だった。

放課後、いつも通り家にすぐ帰ろうとしたところで、楓はグレイスに呼び止められた。


「楓、ちょっといい?」


グッと袖を引っ張られる。

普段と違って強引なグレイスに半ば引きずられるようにして自分は非常階段へと連れていかれた。

真っ青な空が眩しい屋外の踊り場はちょうどおつらえむきな日陰になっている。

先程まで手を握って離さずずんずんと前を歩いていたグレイスがすっと立ち止まりこちらに向き直る。

グレイスは不満げに口を開いた。


「シャマシュさんから話は聞いたよ。君もこの一件を担当することになったんだって?」


仏頂面で納得がいっていないような風に話を切り出される。

どうやらグレイスは未だ楓が怪奇現象に携わるのに気が進まないようだった。


「正直いってまったく気に食わない。

私がシャマシュさんに信用されていないっていうのもそうだけど、素人同然の能力者を案件にあたらせるなんて正気の沙汰じゃない。」


グレイスの主張は全くもって正論だった。

楓はつい数日前まで異能も何も分かっていなかったわけで、手伝うことは了承したものの、いったい自分に何が出来るのかと疑問にすら思っていた。


「じゃあ、」


グレイスは楓をお飾りの協力関係にでもしたいのだろうか?

楓はそう訝しんだ。


「いいや、君が関わることは認める。しぶしぶだけどね。」


グレイスが苦虫を嚙み潰したような表情で楓の予想を覆した。


「…………ただ、手掛かりを見つけても深入りせず絶対に私に報告するように。

私と比べても君はあまりにも経験が足りてない。

君みたいなほぼ一般人みたいな異能者がこんなに大きな事件を受け持つなんてこういう非常事態でなかったら有り得ないことなんだよ?

私が主だって動くから楓は私の支援に徹する。

君の為にもそれだけは約束してほしい。」


真剣な目でグレイスが念を押すかのように楓を見つめてくる。


「わかった、無茶はしないよう心掛けるよ。」


「心掛けるじゃなくて、しないって断言してほしいんだけどなぁ。」


グレイスは苦笑しながらすっと目の前にその白い手をさしだした。

自分が意図を掴みかねてまごまごとしていると、グレイスは気恥ずかしそうに目を逸らしながら


「これから一緒に動くことになるんだから改めて、ね。よろしくお願いするよ。」


ああ、そういうことか。

楓は得心した。


「こちらこそ、よろしく。」


楓はその細い手をぎゅっとしっかり握る。

蒼穹の空の下、ここに二人だけの調査団が結成された。


         ◆◆◆


ガタン、ゴトンとおんぼろ電車が一面の黄金色の田園を渡っていく。

停車駅も乗客も少ないからか肌寒いほどに空調のよく効いた車内は、静かだった。

何でもない振りをしてすっと脇を覗き見る。


グレイスが手製の布カバーに包まれた小説を手に読書に耽っていた。

いつも通り世界で一番なんじゃないかと思うほどきれいな姿勢でピンと背筋を張っている。

その大きな碧眼は一文字一文字を味わうようにゆったりとページの上をなぞっていた。

その金色の髪は車窓からの日光に照らされてきらきらと輝いている。

そこには一人の完璧な文学少女が腰掛けていた。


思わず、見惚れる。

否が応でもその小さな体の少女を意識してしまう。

肩と肩が触れ合うほど近くで横並びに座っていることに心臓がドキドキと跳ねるのが自分でもわかった。

仕方がないだろう、好きな人とこんな近くにいてドキマギしない人間がいるだろうか、いやいるはずもない。

言い訳じみた心の声をグッと押し込めながら深々とクッションに沈み込んだ。


放課後、楓とグレイスは情報を共有する必要があると同意した。

異変の起こっている村で話し合うのは危険なので、グレイスの家で集まることとなったのだ。


◆◆◆


クリーム色の車体が大きく揺れながら真新しい町の駅にすっと入り込んでいく。

車窓を眺めていると駅前に立ち並ぶビルの合間から遠く、日光を跳ね返してきらめく海の青が見えた。

北度ほくど市。

村から山を一つ二つほど隔てた海沿いの町だ。

村とは違って随分と発展しており、村の人が遠出したり買い物をするなら行先は十中八九ここだ。

そして、グレイスはこの町から村の高校までわざわざ電車通学しているのだった。


ホームに降り立つとともに潮の匂いが微かにする。

隣の人で賑わうホームと違ってこちらの路線はガラガラだ。


「どうしたの? ぼうっとして。」


前を歩くグレイスが不思議そうにこちらを振り返っていた。


「いや、相変わらず都会のままだなって………。

あんな大地震があったなんて信じられないなぁ」


口にしてから楓ははっとした。

グレイスはうつむいている。

なんで忘れていたんだろう、楓は臍を噛む思いだった。


グレイスはかつて北度市が地震に襲われた日、がれきの下敷きになってしまっていたのだ。

偶々町に出ていた楓がなんとか助け出すまでずっと暗闇の中で一人ぼっちだったグレイスはそれ以降、あの日の地震を忌避するようになっていた。

なんて馬鹿だったんだろう、あまりにも無神経な発言だった。


「あ、ええと………。」


楓が何か言おうとするのを遮って、グレイスは少し無理したような笑みを浮かべた。


「もう、北度市程度でそんなこといってたら東京はどうなっちゃうの。

さっさといくよ、帰りの電車がなくなると困っちゃうでしょ。」

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