文書22 異能と幼馴染
駅を出て先ほど電車で越えた山のほうへと二人で歩いていく。
駅前の商業施設を通り過ぎ、閑静な住宅地をしばらく進むと、辺りはあまり日本では目にかからないような洋風の家々が建ち並ぶようになった。
「ここのあたりは昔外国人居留地だったんだ。だから今もその名残で洋館が多くて知り合いもいるから日本に引っ越してきた時ここに住むことになったんだ。」
前を歩くグレイスが豆知識を披露してくれる。
周囲の家々をもう一度見渡すとなるほど、確かに歴史を感じさせるような年季の入ったものばかりだった。
ふと、グレイスが随分と大きな屋敷の前で立ち止まった。
蔦が生い茂って柵の隙間を埋めてしまっていたが、かろうじてその奥に煉瓦造りの立派な館が見える。
立ち止まったまま制鞄をゴソゴソと漁りだしたグレイスに嫌な予感を覚える。
「まさかと思うけど、グレイスの家ってここ………?」
「うん、そうだよ。」
あっさりと肯定されて再び屋敷を眺める。
もしかして、グレイスって結構いいところのお嬢様なんじゃ………。
「あぁごめんね、お化け屋敷みたいでしょ。
お父さんが買った時の雰囲気を保ちたいって蔦を伐採しようとしないんだ。
どう考えても見栄えが悪いのにね。」
別にそういう意味ではないのだが……。
グレイスが南京錠に鍵をさしこみ、鉄の門を閉じていた鎖をほどく。
今まで何十年もそうしてきたように、門は軋みながら客人を招き入れた。
未だ太陽がさんさんと頭上で輝いているにもかかわらず、うっそうと茂った雑木林に包まれた敷地の中は薄暗かった。
遠くに見える立派な屋敷に向けて整然とした石畳の上を歩いていく。
慣れた足取りでさっさと前を行くグレイスに恐る恐るついていきながら、楓は改めて屋敷の全貌を捉えた。
2階建てのそのお屋敷は地面にへばりつくかのようなずっしりと重苦しい印象を来客に与えてきたのだろう。
枯れた噴水が侘しく館の前に鎮座していて、それを迂回するように車寄せが正面玄関に設けられている。
門と同じように、煉瓦造りの古い洋館は蔦で覆われていた。
大きなガラス窓は薄暗く、中の様子を伺い知ることはできない。
上には大きなバルコニーが屋敷の外観にアクセントを加えていた。
こうして見れば見るほど立派な家だ。
豪邸と呼んでも差し支えのない屋敷も、当の住人からしてみれば見慣れたものなのだろう。
正面玄関でグレイスはこちらを振り返った。
「ちょうどいい機会だし、私の異能を伝えておくよ。
記述の見方はシャマシュさんに教わってるよね?」
「え、うん。」
機能の出来事を思い返し、目を瞑って意識を集中させる。
カチリと何かが切り替わったかのような感覚と共に瞳を開くと、この前と同じく無数の文字の暴力が視界に飛び込んできて少しのけぞってしまう。
そんな自分の様子を見て、グレイスは困ったようにため息をついた。
「う~ん、予想はしてたけれど記述を見れるように切り替えるのにも少し時間がかかっちゃうか…。
まあ、それは今後の課題にしとこっか。
じゃあ、今から私が異能を使うからどういうものかあててみて?」
なんとも情けない気持ちに襲われる。
この言いぶりだとグレイスは瞬時に切り替えができるのだろうか。
「じゃあ行くよ。」
その声に慌てて注意をグレイスに向ける。
グレイスが虚空に手をのばした。
🔑
一瞬、デフォルメされた鍵の絵が中空に描きこまれたように見えた。
次の瞬間、ポトリとグレイスの手のひらの上に小さな鍵が落ちる。
何の変哲もない鍵だ。
「さてと、私の能力は何だと思う?」
「………自由自在に想像したものを作り出す?」
「まあ大体はそんな感じかな、正解だよ。
私の持つ異能は"描画函数"。
記述の中にピクトグラムを挿入することでそれが象徴する事象を発現させることができる。」
だから。
🔇
無音のスピーカーが出現した瞬間、空間が静寂に包まれた。
小鳥のさえずりも、自身の心音でさえも、何も聞こえない。
耳が抉られたかと思うほどの沈黙。
グレイスがさっと手を翳した。
🔉
世界に音という概念が戻る。
知らず知らずのうちに息を殺していたらしい。
深く深呼吸する。
「こんな風に物体を出すだけじゃない、もっと使い勝手のいい能力なんだ。」
手に持つ鍵を玄関の鍵穴に差し込みながらグレイスが苦笑する。
「ごめんね、事前に言っておけばよかった。
人間っていうものは完全な無音なんて経験することないから、これが結構精神にくる人もいるのを忘れてたや。」
どうやらグレイスは異能者としてもどこかポンコツ染みた部分があるようだった。
「さっ、上がって上がって。」
ガチャリと音を立てて開いた扉を手で抑えながら、グレイスがこちらを誘った。
「あ、ありがとう。お邪魔しま~す……。」
恐る恐る足を踏み入れる。
埃っぽい、しかしどこか落ち着くような絨毯の匂いが漂っていた。
後ろでバタリと扉が閉まった後、ガチャガチャと鍵を閉める音がする。
両脇の靴箱の上には触れればポキリと折れてしまいそうな花瓶に花が挿してある。
玄関を抜けたその先には古びた階段があり、踊り場の壁には大きな絵画が飾られていた。
「あら、お友達?」
隙間から温かな光の漏れる木製の扉の向こう側から優し気な声が聞こえる。
時折響くトントンという包丁の音と香るシチューのいい匂いから察するに今は夕食の用意の最中らしい。
制靴を丁寧に向きを揃えて置きながら、グレイスが扉の向こうへ返事をする。
「うん、私の部屋にあげるつもりだから客間は開けなくていいよ。
あと、秘密の話をするから入ってこないでね。」
楓はなんだかその言い方は誤解を招きかねない気がしたが、黙っておくことにした。
「秘密、の話ねぇ。ふふ、分かりました。」
ゆっくりと靴を脱いで家の中に上がらせてもらう。
「お邪魔いたします。」
「いえいえ、日頃からグレイスがお世話になっていますから。
どうぞごゆっくりしていってくださいね。」
それきり扉の向こうから声は聞こえてこず、ぐつぐつと何かが煮えるいい音がするだけだった。
階段の下でグレイスが手招きをしている。
どうやらグレイスの部屋はこの洋館の二階にあるらしい。
ギシギシと音を鳴らす階段を上っていくグレイスに急いで追いついてその耳元にささやく。
「あの人ってもしかしてグレイスのお母さん?」
グレイスは何でもないように答えた。
「うん、そうだよ。………ああ、違うよ。異能者じゃない。私は突然変異みたいなものだから。
勿論、異能とかの話も全く知らないよ。だから、お母さんには聞かれないよう静かに、ね。」
グレイスが唇に白い指を押し当てた。
楓が少しドキッとしてしまったのは内緒だ。
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