第6章 笑顔

 完全にはやまった! いくらなんでもあのタイミングで告白するのは間違っていた!

 俺は頭を抱えながら、重い足取りで登校した。

 告白するにしたって、もっとちゃんと考えた上でするべきだった……。

 たしかに最近は先輩との距離が近くなったかもしれないし、好きになったきっかけが盗撮っていうのは、もう色々とあれなわけだし。

 そんな鬱々とした気分を抱えつつ、教室で朝のHRが来るのを待っていると、にわかにざわめく。

 顔を上げると先輩だった。で、クラスメートたちが俺に注目している。


「吉井君、昨日の返事をしたいんだけど、いいかしら」

「! 先輩……! ここじゃなんですから、人のいない場所に行きましょうっ!」

「そう、私はどこでも構わないけれど」

「お、俺が構うんですっ!」


 しどろもどろになりながら、先輩の手を引き、生徒会室に向かった。


「わざわざここまで来なくても良かったのに」

「もしかしてあの場で答えを言うつもりだったんですか!?」

「ええ。そのために行ったんだから」

「みんな、すっごく注目してましたけど……」

「大したことじゃないわ」


 さすがは先輩! じゃなくって!


「俺が構いますから。……そ、それで、答えを頂けるんですよね……」

「吉井君。私を好きになってありがとう」


 瞬間、俺の唇に柔らかな感触が触れた。


「!? せ、先輩……っ」

「恋人なんだもの。これくらいのことは、するでしょう。これから、よろしく」

「は、はぃ! こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」

「ふふ。部活動じゃないんだから、そんな気合いを入れる必要はないのよ?」


 先輩のみせてくれた笑顔に、俺は見とれた。その笑顔は俺が一目惚れした満開の桜を見るる先輩の笑顔――それ以上に輝いているように、見えたのだ。


「? どうかしたの?」

「先輩の笑顔、やっぱり素敵です。もっとみんなの前で笑ったら、もう誰も氷の女帝なんで呼んだりしませんよ」

「馬鹿ね。何もないのに笑うのはおかしいでしょう。それに、何て呼ばれようが構わないわ」

「……なんか良かった、です……」

「ちょっと。どうして座り込むのっ?」

「……気が抜けてしまいました。断られるかとずっと思ってて。だって、俺、先輩のことを盗撮したような人間ですし……」

「ふふ。それはお互い様」

「え?」


 先輩は俺に、自分のスマホを見せてくる。


「え、俺の、顔? 寝顔? え? い、いつの間に!?」

「あなたが教室で寝て、私が様子を見に行った時のことがあったでしょう。その時よ。よく撮れてるでしょう」

「先輩、恥ずかしいので消していただけませんか……?」

「嫌よ。それから“先輩”、はなし。透子と呼びなさい。付き合うんだもの。いつまでも先輩と呼ぶのはおかしいでしょう。私もあなたのことは名前で呼ぶわね、明」

「っ!」


 その破壊力、やばすぎだっ!


「ほら、あなたも言いなさい」

「……と、とおる、こ……さん」

「さん、はいらない」

「無理です。呼び捨てはハードルが高すぎます……」

「仕方ないわね。分かった。今はさん付けで構わないわ」


 先輩はほんのりと頬を染め、微笑んだ。

 と、朝のHRを知らせるチャイムが鳴った。


「……時間みたい。今日の放課後は生徒会の活動に来られる?」

「はい。問題ありません」

「じゃあ、放課後に」



 俺は先輩のことを意識しながら、生徒会室でいつものように雑用をこなしていく。と、不意に先輩が立ち上がれば、生徒会のメンバーが一斉に先輩を見た。


「みんな。少し手を止めてくれるかしら。ありがとう。早かれ遅かれ知ることになると思うから、私の口から伝えておくわ。――明、立ちなさい」

「へ?」

「早くなさい」

「は、はい」

「私の隣へ来て。――私たち、付き合うことになったわ。私事ではあるけれど、伝えておきます。以上よ。仕事に戻って。明、あなたもよ」


 先輩は平然と言って仕事に戻ると、役員の人たちの視線が俺に集まる。

 俺は視線から逃げるように身体を縮こまらせ、俯き気味に仕事をせざるえをえなかった。



 生徒会活動を終え、俺は久しぶりに先輩と一緒に帰っていた。


「先輩。役員の人たちに言うんだったら、せめて事前に教えてください。俺、針の筵で……って、先輩?」

「…………」

「……と、透子、さん」

「同じ空間にいるのだから、事前に知っておく必要はないんじゃないかしら」

「でも俺にも心構えがありますから。不意打ちすぎます……っ」

「真偽不明の噂で耳にするよりはいいと思ったのよ。あなたもクラスメートたちに言っておいたほうがいいわ。真偽不明の噂ほど、人は無闇に盛り上がるものだから」

「だったら、ちゃんとパパ活の噂も払拭したほうがいいと思います」

「あれは広まろうがどうなろうが、どうでもいいと判断したから無視しているの」

「じゃあ、俺たちが、恋人同士だってことは広まってもいいという……?」

「そうね。だって告知すれば、あなたに変な虫がつくのを防げるでしょう」

「と、透子以外の女性に目移りなんてしませんから!」

「分かっているわ。でも教えたかったのよ。あなたと交際しているって」

「っ」

「……本当にパパ活の噂は否定したほうがいいと思うの?」

「俺としては否定して欲しいです。確かに透子の言う通り、否定しても信じない連中は信じないでしょうけど」

「……そうね。また、あなたが三年生とケンカして、生徒指導室に軟禁される姿は見たくないわね」

「透子に迷惑かけますし、さすがにもうそれはしませんよ」

「そう? まあ、恋人からの助言だから考えておくわ」

「あ、ありがとうございます」

「? どうかした?」

「先輩の口から恋人って言葉が出るの、嬉しくって……」

「本当のことを言ったまでよ」


 あっという間に駅に到着してしまう。かなり名残惜しかった。

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