第1章 生徒会

 翌日の放課後から、俺は生徒会の雑用係として足繁く通う日々を送ることになった。

 事前に他の役員や顧問の先生には話を通していたみたいで、突然、俺が生徒会の活動に参加しても、特別何かを言われることはなかった。

 雑用係の仕事は文字通り、何でも屋だ。書類のコピーから、書記の人を手伝って議事録の作成をしたり、書類の整理――等々。

 これまで帰宅部で授業が終わるとすぐに友人たちと遊びに行く、そんな平凡な日常を過ごしていた身からすると、忙しさに目が回りそうだった。


「今戻りました! 過去の体育祭関連の書類の発掘作業、無事に終わりました!」

「ありがとう」


 段ボールを抱えて生徒会室に戻ると、そこには先輩だけ。

 先輩はパソコンのキーをすごい速さで叩いている。


「……皆さんは?」

「各人の仕事は終わったから、帰ったわ。ああ、その段ボールはそのあたりにおいといて」

「はい。あの、体育祭に関する書類なんですけど、これを全部、電子データにするってマジでやるんですか?」

「やるのはあなたよ」

「えっ」

「毎日少しずつでいいから。とても大切なことよ。紙としても保存するけれど、紙は劣化してしまうから」

「でもこんな古い書類、電子データに残すのって意味、あるんですか?」

「もちろんよ。過去の生徒会が文化祭などの大きな行事にどういう想いで挑んでいるかを伺い知れるもの。そういった経験の積み重ねが、これからの生徒会の活動において何かしら得るものがあると思うわ」


 それにしても、とんでもない量だ。ちらっと見たけど、古いものは昭和まで遡れる。


「吉井君。今日は帰っていいわ。お疲れ様。――なに? そんなにじっと見ていられると落ち着かないのだけど」

「あ、すいません……。えっと、他に何か手伝えることはないのかなっと……」

「すぐには思いつかないわ」

「……そうですか」


 思ってしまったのだ。先輩ともっと二人きりでいたい、と。


「あなた、委員会活動もしていないし、部活動にもしてないわよね」

「そうですけど……。どうしてそれを?」

「調べたの。当然でしょう。事情が事情とはいえ、私の責任で生徒会にいれるんだもの。素行不良では困るから」

「……ちなみに、どこまで?」

「大した内容じゃないわ。成績や普段の素行、あれば過去の処分内容だけど、それはなかったわ。総合して、あなたは普通の生徒。成績は可もなく不可もなく。――つまり私の言いたいことは、そんなあなたが帰ってもいいと言われてるのに、もっと仕事がしたいと言う。それはつまり罪悪感の表れ、と見るべきかしら。やっぱり私を押し倒したのは邪な理由――」

「ち、違います! ただ、何かしら先輩のお手伝いがしたいなと純粋な理由で……!」

「録音データを消してもらうために生徒会の雑用をしてるあなたから、純粋な理由なんて言葉が出たのはびっくりしたけど、いいわ。それなら手伝ってもらおうかしら」


 そうして先輩は、生徒会のメッセージグループ経由で俺にデータを送ってくれる。


「メッセージ届いた?」

「はい。これは……何かの原稿ですか?」

「次の全校集会の挨拶。誤字脱字や、文章的におかしくないか、退屈だから無くすべき箇所を教えて」

「了解です……って、大変ですね、生徒会長って毎回、全校集会で挨拶しなきゃいけないんですもんね……」

「生徒会長というものはそういうものよ」

「あはは、そ、そうですよね~」

「あら。今、私、面白いこと言ったかしら?」

「いいえっ。それじゃ、読ませて頂きますっ」

「よろしく」


 しばらく沈黙の時が流れる。

 どうしたって先輩と二人きりいることを意識してしまうわけで。


「チェックして欲しいのは、私の顔、じゃなわよ」

「すいません!」


 そんなこんなで添削作業を終える。


「ありがとう。あなたのお陰で、効率的に終わらせられたわ」

「お役に立てたのなら、良かったです」

「ただしもっと集中力を持つべきね」

「……ぜ、善処します」

「そうして。でも初日にしては頑張ってくれたわね。明日以降もその調子でお願いするわ」

「会長? どちらへ?」

「これで終わりだから帰るの。あなたはどうする? 一人で居残りをするのなら止めないけれど」

「帰りますっ。ご一緒しても、いいですか?」

「あなた、帰りの手段は?」

「自転車です」

「そう。私は電車だから……」

「駅前まででいいので」

「構わないわ。それじゃあ、行きましょう」



 夕日を浴びて、俺たちの影が長く伸びる。先輩は歩く姿まで綺麗だ。

 びしっと背筋を伸ばして歩く姿すら狂わない時計のように規則正しく、絵になる。

 肩を並べるのに気後れして、数歩後ろを歩く。

 さらさらの黒髪が揺れ、夕日の輝きを乱反射させていた。


 せっかく二人きりなのに、黙ってるのはもったいないよな!


「先輩は、どちらへお住まいなんですか?」

「なぜ知りたいの? うちに来たいの?」

「め、滅相もありません……」

「なら、どうして聞いたの?

「え、えっと……世間話をしようと思いまして、すいません! 黙ってます……」

心行しんぎょうのほうよ」

「おお、さすがですね。高級住宅地ですもんね」

「高級、はいらないわ。ただの住宅地よ」

「あのあたりって武家屋敷が残ってるって聞いたんですけど、本当ですか?」

「よく知ってるのね。ええ。築地や塀、門、石畳み、当時を忍ばせるものが保全されてるわね。歴史が好きなの?」

「歴史が好きっていうか……武家屋敷ってロマンがありませんか? 昔、この道を武士が歩いてたのかぁって」

「男の子なのね。私はなんとも思わないけれど」

「……そ、そう、ですか」


 そこで会話は途切れて、あっという間に駅前に到着してしまった……。


「それじゃあ、これで」

「先輩、また明日。よろしくお願いします」

「ね、吉井君。あまり無理はしないいことよ。たしかに、あんな形で無理矢理、生徒会に入らせてしまったわけだけど、友人との約束を反故にしてしまで参加する必要はないわ。一生に一度しかない高校生活だもの。遊ぶことは学ぶことと同じくらい大切よ。あなたも、大切な学生の一人。大人になって思い返した時に、私にこき使われて嫌な学校生活だったなんて負の歴史にして欲しくないの。だから無理はしないこと。事前の連絡さえしてくれれば、それで構わないから」

「お気遣いありがとうございます。けど心配は無用ですからっ」

「なら、良かった。それで、明日は来られそう?」

「大丈夫です!」

「遅れないで。あなたのことを、過去の先輩方の記録が待ってるんだから。また明日。さようなら」

「あはは、がんばります」

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