第六十五話

「停止っていうのは?」

 エンカが問う。

「そのままの意味でございます。貴方達は全ての仕掛けを解き、突破してこちらに参りました。それらの仕掛けに継続させるための機能はございますが一から再稼働させる為の機能はございませんので、侵入者がこの最奥に辿り着いた時点で、遺跡としての機能が全て停止するプログラムが走るようになっております」

「また極端な…………」

 トウロウがぼやく。

「攻略された時点でこの遺跡そのものが意味を失う事になりますから、極端な設計も仕様が無いことなのです。一度攻略されたものを再稼働させても、あまり面白くはないでしょう?」

 悪魔の言葉にエンカが、

「確かに」

 などと深く頷いて同意していた。

「そういうことなら、早くしないとね」

「でも、この遺跡の稼働自体が止まったとしても、僕達が死ぬわけじゃないんだよな?」

「はい」

 恐る恐るフラトが悪魔に確認すると、短く頷いて返された。

「でもねフラト、今日で私達がこの遺跡の中に這入ってから約五日から六日。その前に山の麓でもたっぷり時間使ってるからおよそ一週間、王都を出てから経ってるんだよ」

「ああ…………」

「確かに、死のうが生きようが自己責任っていう誓約書にサインをしてきたけど、一応私はあまり数の多くない華の位の序列持ちだからさ、生死の確認に、ある程度の実力の人間がサワスクナ山に確認しに来る可能性は低くない、と思う」

「確か追手はなかったよな? ましてやエンカが予めこの遺跡の場所を報告しているとは思えないし」

「まあね」

「それに、この遺跡の周辺にはエンカの魔術で人が近付けないようになってるじゃん」

「その効果はもうとっくに切れてる」

「ありゃ」

「だから、捜索って言ったって封鎖地域だからね、そこまで長い時間は掛けないだろうけど、まぐれでこの遺跡の場所を見つけ出しちゃう可能性もなくはないわけよ」

 私がそうだったようにね、とエンカ。

「迷路で多少の足止めは食うかもしれないけど、でもそこまでの時間じゃない。こんな場所で他のグループとバッティングってなったら――考えたくないでしょ」

「確かに」

 希少な品。

 貴重な品。

 持主がおらず、そんなものが目の前にあれば――まあ。

 考えられることなんてそう多くはない。

 惨憺たる悲惨な結末になるだろう。

「大体、私はそこまで物に興味があるわけじゃないけどそれでも、折角私達が踏破してきたのに、後から何の苦労もせずにずかずか進んできた奴にはこの中の本一冊とて渡したくはないしね」

「わかる」

「ではでは、ということで皆様――お好きなものをどうぞ」

 改めて悪魔は変わらぬ口調で四人を促した。

 手放しでどうぞなどと言われて、取り敢えず四人は部屋をぐるっと見回してみるのだが。

 足が動く者はいない。

「しっかし、好きなものをどうぞって言われてもねえ…………」

 エンカが壁に近付いて、一冊本を抜き出し、開いてみたりするが、

「うん、わからん。ま、私は『魔剣』もらっちゃってるし、やっぱり、特に欲しいものとかはないかなあ」

 最後まで捲ることなく、ぱたんと本を閉じて元の位置に戻した。

 魔剣だって、他に使える人間がいないから、という消去法に乗っ取った消極的な理由でエンカが手にしたものだが、立派なお宝には違いない。

「魔剣、でございますか?」

「あの甲冑が持ってた奴」

「ああ、あの剣でございますか」

「仕掛け解いたらそれだけ残ったから、取り敢えず持ってきたんだけど、そういえば、返す? 遺跡を再稼働させたりはしなくても、あの仕掛け自体は使い回してもいいものだと思うけど」

 あんな途轍もない仕掛け、たとえ攻略法がわかっていたとしても容易に解けるものではないし、ましてや突破できるものではない。

 遺跡に置いておいて、仕掛けとして再利用する価値は十分にあるだろう。

「いえいえ、それは持っておいて下さって結構でございますよ。それも謂わば、あの仕掛けを突破した報酬でございますから」

「そ」

 素っ気なく返してエンカは、再び手に取った別の本に目を落とした。

 落として直後、眉間に皺を寄せて、苦い顔をしながらぱらぱらと適当に捲っていたが。

 内容が気になるというよりも、単なる手持無沙汰だろう。

 フラトも、近くの机に立てられていた一冊の本を手に取ってみたが、文字は読めるものの、何を書いてあるのか内容は理解できなかった。

 別の机に近付き、置いてある本を手に取って目をきらきらさせているのは、ナナメくらいのものだ。

「お嬢、中に書いてあることわかるのか?」

 後ろからトウロウが覗き込み、渋い顔で尋ねるが、

「いえ、全然」

 きらきらした表情のまま、エンカは首を横に振った。

「あんなキラキラした目で釘付けになってたのにわかんねえのかよ」

「全然わかりません! 果たして…………ここにある本を全て読めば、私でもこの内容を理解できるようになるでしょうかね」

 本を閉じ、本の詰まった壁をぐるっと見回す。

「何十年掛かることやら…………一生掛かっても読み切れないかもな、こんな量。しかも、何十年も掛けて解読したとして、お嬢にとって意味のある内容なのかどうか」

「それもそうなんですよね…………」

 ナナメは苦笑して言い、すっ、と視線を悪魔の方へ向けた。

「因みになんですが――」

「何でございましょう」

「この遺跡の主――魔女は今不在と仰っておりましたが、戻ってくる予定は?」

「はてさてはてさて、どうでございましょうかねえ。特に行先も、いつ戻るかも、何も言わずに出て行ってしまわれたので」

「しかし、となると、矢張り用事自体は特別大したものではなく、長く掛からずに戻って来る確率は高いのでは?」

「戻っては来ると思います。手前の部屋を見ていただいてわかります通り、基本的にソファでぐだぐだしているのが好きな方ではございましたから。ただ、すぐかどうかはわかりかねます」

「そう、ですか」

「どうかしたの?」

「…………」

 エンカが問うも、ナナメは考え込むような素振りを見せて動かない。

 暫く、そんなナナメの様子を全員で伺っていたが、ふと顔を上げたナナメは、

「――持っていきましょう」

 言った。

「お嬢?」

「全部、持っていきましょう」

「いいね」

 唐突なナナメの言葉に、一も二もなく頷いたのはエンカだった。

 ちょっと楽しそうな顔をして。

「いやいやいや、いいねってエンカお前…………え、いいの?」

 フラトが悪魔の方へ顔を向けると、

「はい。私は、お好きなものをどうぞ――と申し上げただけで、何も一つだけなんて言っておりませんから」

 飄々とそんな風に宣うのだった。

 自分の主の持ち物が、根こそぎ持ち出されようとしているというのに。

「いいのかよ…………これ、多分凄いものなんだろうに」

 フラトも壁を埋め尽くさんばかりの本を見回しながら言う。

 そもそも魔術に関して教養のないフラトにはわからなくて当然だが、魔術オタクのナナメでさえわからないとなれば、相当高度な事が書かれているに違いない。

 こんな遺跡を作り出した人物――魔女の研究物なのだから。

 それこそ歴史的価値があるものばかりなんじゃないだろうか。

「いや、でもまあそうか…………後から別部隊が這入って来るとなったら、そいつらだって配慮するとは限らないわけだもんな」

 寧ろ目の前にお宝があり、誰にも邪魔されないのであればそれこそ――取り放題、なんて考えるに違いない。

 まあ、本当にここまで辿り着ければ、だが。

「はい。なのでちゃんと全部、私達で頂いていきましょう」

「ちゃんと全部、ね。いいねその豪胆さ」

「私だって、何の苦労もしていない人にここの物を持っていかれてしまうのは嫌ですから」

 この遺跡に這入った当初はもっと引っ込み思案な性格かと思っていたが、しかし。

 そもそも引っ込み思案だったら、無茶を通してこうしてエンカに同行する作戦を決行するわけがなかった。

 大胆不敵、狡猾老獪、猪突猛進。

 知れば知るほど、彼女は根本的なところでエンカに近しい。

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