第六十六話

「さてそうと決まったら、ねえ悪魔」

「はい、何でございましょうかトバク様」

「こういうの、あったりする?」

 そう言ってエンカは、自身の胸の前に左手を翳して亜空間収納の魔具を起動した。

「ああ、収納の。そういうものでしたら――」

 たしかこちらに一つ、などと呟きながら悪魔は部屋の隅にある棚を漁り、戻ってきたその手には、

「こちらでございますね」

 豪奢な飾りがふんだんに施されたネックレスがあった。

「やばー。ごっつ。宝石だらけじゃん」

 まじまじと見ながらエンカが言う。

 やたらめったら大粒の宝石がこれ見よがしに並べられ、それぞれ大粒の宝石を囲うように、透明で小粒の、しかし一粒一粒がちゃんと煌めきを放つ宝石まで散りばめられていて、それはもう、きらきらというより、ぎらぎらだった。

 豪奢と言うより、悪趣味と言ってしまった方が正しい。

「どういう趣向なのこれ」

「はてはて、私にはわかりかねますが、まあ暇を持て余した結果でしょう。無駄なことをしたくなるというのは決まってそんなときでございますからね。趣向などと、そんな方向性すらありますまいよ」

 主人に対する言葉としては辛辣だった。

 まるでそんなことをする姿を何度でも見てきたかのような言い草。というか実際そうなのだろう。

 そう思うと、二人の関係性を考えると、辛辣というよりは、信頼の裏返しと言えるのかもしれない。

 ――飲み物と食べ物を持ってこさせ、自分はソファでごろごろする魔女。

「そんじゃ、ナナメ」

 とエンカが宝石じゃらじゃらネックレスを手に取って、差し出す。

 ほれ、と。

「え?」

「いや、え、じゃなくて」

「え…………私がそれ持つんですか?」

「そりゃあそうでしょ」

「えー、エンカさんも、それにフラトさんだって亜空間収納の魔具持ってるじゃないですか。今更私が新しく持つ必要なんて…………」

「いや、言い出しっぺナナメだし、それに持って帰るのもそっちの家でしょ。家っていうか城か」

「まあ…………それはそうですが」

「言っとくけど私ら、わざわざ城まで持っていく気なんてないからね」

「えぇ…………ちょっとくらい」

「嫌だよ」

「うぇえ…………」

「まあいいじゃん。これでナナメも便利な収納魔具持ちになるし」

「こんなじゃらじゃらしたの持ち歩けませんよ。ただでさえ希少な魔具で狙われやすいのに、それ以外にも狙われる要素こんなに詰め込んで、晒して、主張して」

「はいはい。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと手に取って、登録澄ましてー」

「ひゃぁあああああ」

 などと呻きながらもナナメは言われた通り、恐る恐るネックレスに触れ、焦れたエンカから強引に押し付けられ、ここまで見たことない表情の歪ませ方をしながら首に装着した。

 改めて、首の真下、真ん中にある宝石に両手で触れて一息――魔術陣特有の淡い光が生まれ、ネックレスに付属した宝石がその光を乱反射。

 ナナメの顔周りが輝きまくって大変なことになっていたが、

「うわっ」

「でっか」

「すご」

 三者三様の驚きが口々に漏れる。

 魔具を起動したナナメの、目の前に広がった黒い靄がエンカやフラトが展開するそれの優に七、八倍はあった為に。

「私やフラトの持ってるそれだって多分使い切れないくらい入る筈なのに、この規模感、軽く凌駕してきてるんだろうねー」

 ちょっと呆れたように言うエンカの目の前で、

「これ、ちょ…………うぅ」

 ふらり、と一歩とろめきながら、ナナメはしんどそうに呟き、魔具の起動を解除した。

「これ、消費魔力えぐいんですけど…………」

「それに関しては調節可能でございますよ」

「あ、そうなんですか…………でも、調節って言ってもまず慣れないとですよね」

「それはそうでございますね。あと、ここのものを全てその中に入れていかれるつもりだとは思いますが、自身が『知らないもの』を大量にその中に入れた際、入れるだけは問題ありませんが、取り出すとき、その『知らないもの』が一気に脳内で認識されるので、下手をすれば、常人ならそれだけで脳味噌がイカれます」

 まあ、これだけのものを――それも自身の持ち物ではないものを一気にとなればねえ、と悪魔はしみじみと言った。

「うぇっ……………………あの、やめます?」

 冷や汗を垂らしつつ、ナナメはそんな弱気なことを言うが。

「ただ、タナツサク様なら大丈夫でございましょう」

 悪魔が付け足してそんなことを言う。

「いやいや、何をそんなあっさりと根拠もなく、吐いた唾飲み込んでるんですか」

「いえいえ、根拠ならございますとも」

「何ですか、その根拠って」

「その『眼』でございますよ」

「眼?」

「その魔眼――虹ノ眼は、人の持つ魔力が可視化されると仰っておりましたね?」

「はい。というか正確には、限定的にそれだけが、今私が安定して引き出せる能力、と言うべきかと思いますけど」

「そして貴方達は普段、消費した魔力を大気中の魔素から直接補給しているわけではない。なのに、タナツサク様はホウツキ様の在り方を参考にし、その眼で視て、私との戦いで真似て見せた」

「死ぬ思いをしましたけど…………」

「普段貴方達がそのような方法で魔素を取り入れないのは、取り入れた魔素を自然と魔力に変換できず、寧ろそんなことをしてしまえば、毒となる可能性が高いからです」

「魔力は魔素に対する抵抗力。基本的に反発し合うもの、だからですか」

「はい。にも拘わらず力業で強引にそんなことが出来たのは、偏に、その眼で視ることで視覚情報として認識し、干渉することが可能となったからでしょう。恐らくですが、その眼を使いこなすことが出来れば、今回のように火事場の馬鹿力的な限定的な能力行使ではなく、安定的に、魔素すら認識が可能になるのではないでしょうか」

「で、結局のところ何が言いたいわけ?」

 焦れたエンカが促す、というか、急かす。

「つまり、タナツサク様がその眼を使った際に得られる視覚情報は凄まじい量であり、故にタナツサク様の脳の処理能力は常人のそれを遥かに超えている筈ですので、差し上げましたその道具も、如何なく使いこなせることでしょう」

「私が…………」

「ええ。あなたも立派に常人の枠を超えておりますよ」

「そんなことをにこやかに言われましても…………なんか素直に喜べませんね」

「つまりなんだ、この中で常人の枠に収まってるのは俺だけなのか」

 トウロウが何気なくぼそりとこぼすと、

「え、僕もそっちに入ってないんですか?」

 本気で驚いたようにフラトが反応した。

「いやお前さん…………よくそんなことを本当に驚いたような顔して言えるな」

 心底呆れられてしまったようだった。

 フラトも別に冗談で驚いたわけではないのに…………。

「まあ慎重を期すのであれば、流石に本だけでこの量でございますからね。ある程度小分けに収納して、手を入れて認識――というのを繰り返すのがいいかと思いますが」

「そうします」

 悪魔からの丁寧なアドバイスに、ナナメは疲れたように頷くのだった。

「ではでは、こちらもどうぞ」

 と悪魔がナナメに、亜空間収納の魔具と一緒に持ってきていたものを差し出した。

ですよね、それ……………………入れ歯?」

 人の顔から歯だけをすっぽりと抜き出したような、上二十、下二十ずつ、綺麗な湾曲と噛み合わせをしていた。

「人のものにしてはどの歯も鋭利に尖りまくってるし、人の顔に収めるには、あるいは抜き出したって言うには、大き過ぎるように見えるけど」

 エンカも怪訝な顔でその『歯』を見つめる。

「抜き出すなどとそんな惨いことしませんとも。そも、生物の構造上このように歯だけが連なっているわけじゃあないですしね。これは、このように主が作ったものです」

「何の為に?」

「防衛機能、的な感じでしょうか」

「何の?」

「そちらの」

 と悪魔が指し示したのは、ナナメが首に下げた豪奢なネックレス――亜空間収納の魔具。

「大容量の物質を別位相に収納して、容易に移動を可能にするそちらの道具の欠点は、起動中であれば起動者ではない者でもアクセス出来て、中から収納物を取り出せてしまうところにあります。なので、こちらです」

 言って、悪魔は手に持った『歯』を掲げる。

「これに起動者様の魔力を籠めて中に入れておけば、その魔力を纏ったもの以外がアクセスした場合、噛み千切り、抉り裂きます」

「うわあ…………」

 そのえぐさにナナメが苦い顔を見せる反面、

「え、それ私も欲しい。あと二つないの?」

 エンカは悪魔に催促していた。

「ありますよ、勿論。こちらに」

 用意がいいことで、そんな要望を見透かしていたかのように、悪魔はいつの間にか逆の手に持っていた二つの『歯』を差し出してきた。

「どうぞ、お受け取り下さい」

 ナナメ、エンカ、フラトそれぞれが差し出された『歯』を受け取る。

「やったね。ありがと」

「まあ、機能的には純粋にありがたいよなあ」

「ありがとうございます…………そうですね、こういう『形』なところには悪趣味さが滲み出ているとは、思いますが」

 エンカは早速もらった『歯』に魔力を注入して、自分の亜空間収納に放り込んでいた。

 ナナメは苦い顔のまま矯めつ眇めつした後、魔力を注入。起動にはまだかなりの魔力を消費するからか手に持ったままだった。後々起動が必要になったとき、ついでに入れるのだろう。

 そして、フラトはと言えば――もらった歯を頭上に掲げた。

 瞬時に歯に蜘蛛糸が絡まり、魔力を注入し終えたのか、フラトが右手を掲げてもいないのに勝手に亜空間収納が起動され、その靄の中に『歯』が放り投げられた。

 と、そこで気付く。

 はたと、気付いてしまった。

「あれ、よくよく考えたら、僕これ使えなくなったんじゃねえか…………………?」

 魔力を籠めた者以外の魔力を感知して作動する罠。

 であれば、フラトがもらった『歯』に魔力を籠めたのは蜘蛛であり、魔具の起動自体も蜘蛛がするが、いざその靄の中に手を入れるのはフラトである。

 おやおや?

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