第六十四話

「魔女の棲み処でございます」

 大仰な台詞回しと仕草で扉が開かれ、悪魔は四人を促した。

「んじゃあ私からー」

 エンカが先陣を切って扉を抜け、その後に三人がぞろぞろと続く。

「うわあ! 凄いです!」

 這入ってすぐ、ナナメが感嘆の声を上げた。

 扉を潜った先――そこは、大きさも、材質も異なるソファがあちこちに沢山置かれた、巨大な空間となっていた。

 しかも。

 ちゃっかり、というかしっかりと、各ソファにはクッションやらタオルケットが用意され、脇には小さなテーブルまでもがセットで置かれている。

「ここでぐうたらと本を読んだり、昼寝をしたりしているのが常でございました。しかも私にご飯や飲み物を持ってこさせながら」

「…………」

 見たまんまだった。

「ねえ、魔女って?」

 エンカが悪魔に問う。

「魔女って何なの? ここが棲み処ってことはここに住んでて、そんでぐうたらしてた。つまりちゃんと生きてたってことだよね?」

「ええ、ええ。魔女とは、この『遺跡』と貴方達に呼ばれる建物の創造主であり、ちゃんと生きて存在しているモノでございますよ」

「創造主たる魔女は、実在したのですね」

 ナナメが目をきらきらと輝かせ、言う。

 七色の斑に、ではないが――しかし、そんな途轍もない存在なら、これまで知り得なかったナナメの魔眼に関することも何かわかるかもしれない。

 そう思うと、ナナメの興奮した様子を、今ばかりは魔術オタクだから、なんて言葉では流石に片付けられない。

 おちょくったりはできない。

 命に関わる――彼女が遺跡に挑戦した目的そのものなのだから。

「ええ。空間を囲い、隔離し、中を弄って――貴方達がここまで踏破してきた仕掛けへと作り変えたのでございます」

「ってことは、その魔女ってのがこの奥に?」

 エンカが、この広大な空間の更に奥に、確かに見える扉を睨み据えながら言うが、

「いいえ」

 とあまりにもあっさりと悪魔に否定されてしまった。

「ちぇ」

 可愛く、拗ねたような言葉がエンカの口から小さくこぼれたが、そんなものがいたら、またバトル展開になりかねないだろうに。

 何を期待していたのやら。

 或いは、悪魔と上手く戦えなかった鬱憤でも晴らせると思ったのか。

「今は理由あって主は不在でございます」

「ってことはずるになるんじゃないの?」

 エンカが言う。

「ずる、でございますか? どういう意味でしょうかトバク様」

「いやだって、それラスボスがいないところに来ちゃって、最後の戦いをせずに踏破したってことになっちゃうじゃん」

「ああ、成程。そういう心配でございましたか。しかし、その心配は必要ないものでございますよ」

「どういうこと?」

「たとえ主がいたとしても、侵入者に対して直接の干渉は絶対に致しません。それがルールでございますから」

 それに、と悪魔は続ける。

「仮に干渉するとなったら、戦闘にはならないでしょうし」

「戦闘にならないって、じゃあどうなるの?」

「一方的な蹂躙でございます」

「は?」

「戦闘になぞならないほどの格の違い、次元の違い、隔絶した差がそこにはございますので」

「へぇえ」

 エンカが口角をひくつかせながら上げた。

 笑った。

 まるで相手にならないと、話にすらならないと――そんなことを言われて。

 そそられたように、火がついた顔をしている。

 寧ろ今その魔女とやらがいないことが幸運だろう。

 もしいれば、魔女本人が干渉はしないと言い張っても、エンカの方からちょっかいを掛ける可能性がある。いや、絶対に掛ける。

 折角こうして生き残れたのに。

 そんなことで全滅などさせられたら笑い話にもならない。

 だから悪魔も、わかりやすく煽ってくるのは止めてほしいと、フラトは心底思うのだった。

 乗りやすいし、乗せられやすいのだから。

「ではでは次の扉、この遺跡の最奥へ皆様をご案内致しましょう」

「ちょっと待って」

 先に見える扉へ進もうとする悪魔を、エンカが止める。

「あっちにも二つ扉が見えるけど、そこよりも先に最奥に這入っちゃってもいいの? 最奥って言うくらいだから、一番大事な部屋なんじゃないの?」

 言外に、後になってその二つの扉の先を案内されて自分達は驚けるのか、感動できるのか、とエンカは言っているようだった。

 ただ、そんな心配は杞憂に終わった。

「ああ、大丈夫でございますよ。あれはお手洗いと浴場に繋がっているだけで、特別なものはございませんから」

「…………あっそ」

 ということで、改めて四人は悪魔の後に続いて最奥へ。



「うわー! うわー! うわー!」

 誰よりも先に。

 誰よりも興奮して、抑えきれず声を上げたのはナナメだった。

 目をきらきらさせて辺りをきょろきょろ――身体自体も回転させながら、部屋全周に視線を飛ばしている。

「こんなの、こんなの凄過ぎます! 感動です!」

 ソファの部屋を抜けた先、最奥の部屋。

 そこは――円柱状の造りになっており、天井は見上げるほど高く、優に十数メートルはあるように見える。

 そんな遥か上方にある天井に至るまでの、その八割ほどの高さまで、びっしりと壁に埋め込まれるように本が並べられていた。

 ぐるっとどこを見回しても本、本、本。

 これだけの収納スペースを誇る部屋を用意すること自体もそうだが、そこにほとんど隙間なく並べられるだけの蔵書量もとんでもない。

 部屋には机も三つほど間隔を空けて置かれており、それぞれに実験器具のようなものが備え付けられている。

 こちらの部屋にもソファと、それに高さを合わせられたテーブルが置かれていたが、ここのものはぐーたらする為というよりは、ちょっとした休憩目的で置かれているのではないだろうか。

 印象としては――研究室。

 あるいは、魔女らしく――工房といったところだろうか。

「ではでは皆様――」

 最後に部屋の中へ這入ってきた悪魔が言う。

 両手を大仰に広げ、言う。

「お好きなものをどうぞ」

 と。

 四人はぴたりと動きを止めた。

「え?」

 と言葉を発することが出来たのは果たして誰だったろうか。

「おやおや? これといって驚くようなことではないでしょう? 何せ貴方達はここを攻略したのですから。踏破して見せたのですから、その命を懸けて。ここにあるのは貴方達のものです。その資格がございます。どうぞ御遠慮なく」

「いやまあ、さ――」

 苦笑をこぼしつつエンカが口を開く。

「遺跡はそういうところだってのは聞いてたけどさ」

 希少で貴重な魔具。

 歴史的資料――などなど。

 攻略したあかつきには、そういった宝の品々が手に入るからこそのロマンがそこにあり、だからこそ挑戦者が現れる。

 命を落とす可能性が高いと知っても尚。

 難易度そのものに惹かれ、攻略のみを目標に掲げる方が珍しい。

「中で待ち構えていた奴にそうやって言葉にして促されると、それはそれで困惑するよね。しかも私達、厳密には踏破したんじゃなくて、あんたに無理矢理賭けを飲み込ませて、出口に案内してもらうって約束を取り付けたに過ぎないわけだし」

「そうでございましたね。ですが私に全力を出させ、それを潜り抜け生き抜いた時点で、それはもう踏破したと同義なのでございますよ、トバク様。なので胸を張って報酬を手にしていいのです。踏破したと、攻略したと、誇っていいのでございますよ」

「ん~~」

 と尚もエンカは釈然としない顔を見せる。

 まあ彼女の場合報酬どうこうとか関係なく、一対一の勝負であの悪魔に攻撃を通せなかったことが悔しい、その一点だけが引っ掛かっているのだろうけれど。

「まあ、これで私が消滅するわけでもなし、いつでもまた再戦できますから、そこら辺は飲み込んでくださいませトバク様」

「ううむ…………ま、そういうことなら」

「ふふふ、ありがとうございます。因みに、でございますが、あと二日もしない内にこちらの遺跡の仕掛けは一旦全て停止いたしますので、ご容赦のほどを」

 重大そうなことをさらっと言う悪魔だった。

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