第六十三話

「…………記憶喪失に別位相の世界、地獄のような山中修行、毎日の実践稽古に認識による魔力の変質、それに山中で出会い付いてきた、その頭上の蜘蛛さんですか…………聞いただけじゃまるで信じられないような事ばかりですが…………」

 ナナメが神妙な顔でぶつぶつと呟きを漏らす。

「でも、あれだけのものを見せられてしまったら、この眼でフラトさんの中身を視てしまった今となっては、信じるしかないですね。それに、フラトさんが亜空間収納の魔具を起動させているのも見ましたし、蜘蛛さんの事も信じざるを得ないですが、それでも……………………驚きです」

「なんとなく、ホウツキの得体の知れなさがわかった気がするな」

 トウロウはぼそりと、そんなことを言った。

「え、僕、得体知れなかったですか?」

「そりゃあな。そもそもこれまで、崩城は誰とも部隊を組もうとしない、って割と話題にはのぼりやすいネタだったんだ。それくらいには知れ渡っているってのに、いつの間にか、見たこともない聞いたこともない少年と部隊を組んでる。これが不思議に思わないわけがないだろ」

「まあ…………確かに」

「しかも、こうして近くで見ていても、崩城のようにわかりやすく強さを感じないっていうか、脅威度を認識できない。肚の内が読めない。俺は見てなかったから知らないけど、話に聞いて、こうして現状を認識している今でも、お前がそこの悪魔に殴り合いで押したってのは、冗談の様にしか聞こえないよ」

「ふふふ。思い出しただけでも、あれは楽しかったですねえ。守護者の役割なんてなければちゃんと最後まで、最後の最期まで、やり合いたいくらいでしたし」

 その悪魔が楽しそうな声音で割って入ってきた。

「ですが確かに、得体が知れない、というのは私も共感できますね」

「お前まで何を言い出すんだ」

 苦い顔でフラトが呟く。

「まあまあ、それも気配の殺し方が違うからこそ感じているものだと思いますが…………ふうむ、私がこれに関して説明しても勿論いいのですが、矢張り、タナツサク様から聞いた方が納得しやすいかもしれませんね」

 何せ彼女は視えていたでしょうし、と悪魔。

「えっと…………あの、よろしいのでしょうか?」

「はい」

「また、フラトさんの在り方と言いますか、その性質をつまびらかにしてしまう内容になってしまうと思いますが…………」

「お願いします」

 窺うようにナナメに問われ、フラトは頷いた。

 最早ここまできてばらされたくないなど、そんなことを言うつもりはない。

 寧ろ、ナナメの客観的な視点で、魔力を持つ人と自分との比較を聞けるのは結構面白かったりする。

「では、はい。頑張って言語化してみます――」

 魔術オタクとしての血でも騒いでいるのか、意気込むように、ナナメは力強く頷いて、言う。

「まず前提としまして、私達は普段、魔力を自分でも気付かないくらい僅かずつ垂れ流している状態にあります。それを利用したのが、絶えずトバク様がやって下さっていたような、自身の魔力を周囲に散布しての索敵ですね。これは魔力同士に干渉力があることで効果を発揮していることになります」

「はい。そんな話をエンカからも聞いた気がします」

「因みにこれは、索敵している側の魔力感度が高ければ、別の魔力との干渉を直にキャッチ出来なくても、自身の散布した魔力の動きで索敵範囲内に『動くもの』があるかどうかがわかるようになります。これも、トバクさんはやっておりましたよね?」

「まねー」

 水を向けられたエンカが、手を上げ気楽に返答した。

「ここで少し私の推測なのですが、先程悪魔さんが『魔力は魔素への抵抗力』と言っていたことから、本来的に本人を守る為、ある種の障壁のような役割を果たす為に、普段人は全身から僅かずつ魔力を排出しているのかもしれません。しかし、そんな私達に反して、ホウツキさんにはそうして体内から漏れているものが視えませんでした」

「そうだったんですか…………」

 自分ではよくわからないなあ、とフラトはなんとなく自分の手を見下ろしてみた。

 何が見えるわけでもないが。

「私達が休息や食事などで魔力を回復させるのとは違い、フラトさんは体内のそれを呼吸によって補充してました。だから、もしかしたら…………んーと…………いい例えが思い付かず申し訳ないのですが、こう…………幼い頃から少量ずつ毒を服用し、身体に馴染ませて、その毒性に対する抵抗力を体質として獲得するかのような、フラトさんの身体がもう、魔素に抵抗する意味を持ち合わせていないのかもしれないですね」

「ああ…………そっち、なのか」

 とフラトは首を傾げてみると、

「そっち、とは?」

 同じ様にナナメも首を傾げ訊き返された。

 可愛らしい。

「いや、僕は魔術が使えないから、てっきり魔素なんてものはそもそも僕にとってまるで意味のないものだと思ってたけど、寧ろ受け入れやすいように馴染んじゃってるってことなのかあって」

「私の視た感じでは、そういう意味合いの方が近いかと思います」

「ふうん。そっか」

 しかし。

 しかし、となると。

 フラトが師匠と暮らしていた山において、魔獣と一度も遭遇しなかったことが疑問だった。

 魔力が魔素への抵抗力だとするなら、魔素で覆われた空間で生きていけるように生き物は魔力を有したことになる。

 そして魔力を有したことで獣は魔獣へ、蟲は魔蟲へ――進化したんじゃないのだろうか。

 フラトの身体が魔素に馴染んでいたというなら、師匠と暮らしていた山にも、魔獣だって魔蟲だっていてしかるべきのような気もしたのだが。

 まあ。

 その疑問はフラトだけのものだ。

 ここでは口に出さないでおくことにした。

「ここで話を本筋に戻しますが、私達が言う『気配を殺す』というのは、身体から漏れ出ている魔力を自分の意思で止めることで、魔力的な感知を回避するような意味合いで使われることがほとんどです。だから魔力の漏出を抑えていたとしても、目の前にその人がいればそこにいるとわかるし、『人がいる気配』というのも感じることができるんです…………魔力を抑えても、人そのものが持つ存在感自体はそこに残っているというか、そういう感覚なんですが――」

「僕は、そうじゃない?」

「多分、一番得体が知れないと感じる部分はここだと思うんですが、フラトさんはその存在感そのものが希薄になるんです。一緒に食事をしているときとかはそうでもないのですが、いざ活動を始めると一気に存在感が薄くなって、そこにいることはわかっているのに、目を離すともしかしたらいなくなってるかもしれないと思うほどに」

「うん、その感覚は私もちょっとわかる」

 エンカが相槌を打つように同意を示した。

「え? エンカわかるの?」

「え? うん」

 改めて頷かれた。

「どうせあれでしょ、師匠さんとの山中修行とかで身に着けたんでしょ。そんなどこかの暗殺者みたいな技術」

「どうせとか言うな。そのときの僕は何もかもが必死だったんだから」

「ま、だからこそ身に着いたんだろうし、自覚なく自然と使えるようになってるんだろうけどね」

「多分、組合で定めている序列が高ければ高い奴ほど、索敵は上手く、他者の魔力には敏感になるだろうから、余計にお前さんの得体の知れなさって奴を感じるだろうな」

 トウロウが横から言ってくる。

「はあ…………」

「とは言え、城なんかぶっ壊す崩城に、魔術の使えないお前さん。ちぐはぐなのかとも思ったけど、どっちかと言えば凸凹って感じなのかもな。噛み合うときはぴったり噛み合う、みたいなさ」

「いや、それはよくわかりませんけど」

「ありゃ…………」

 トウロウが少し恥ずかしそうに頬を掻く。

 照れ隠しのように咄嗟にトウロウの言葉を否定してしまったが、実際のところ、ちぐはぐというのも凸凹と言われるのも、わかる気はした。

 噛み合っているのかどうかは別として。

「さて、といったところで、今の内に確かめておきたいことなどはもうございませんでしょうか、タナツサク様」

「はい。すっきりしました。ありがとうございました」

 わざわざナナメは、お礼の言葉はフラトに向けて頭を下げながら言った。

「ではでは、ひと段落致しましたところで次にまいりましょうか」

 そう言いながら今度こそ悪魔が席を立つ。

「次って?」

 エンカが問うも、

「ふふふ」

 悪魔は怪しく微笑むだけで、

「ご案内致します」

 扉の方へ歩いて行ってしまう。

 一瞬不審には思うものの、最早身の危険だとかそういったものは感じない。今更、騙されているかも、なんて疑念はない。

 四人も席を立ち、悪魔の後に続く。

 がちゃり、と。

 案内役と四人は扉を通って、ベッドの部屋へ。

「こちらへ」

 そのベッドの部屋の更に奥。

 そこにある扉の前で悪魔は足を止め、ひらり、と踵を返して四人に向き直った。

 そして。

「それではそれでは――」

 言う。

「これよりご案内致しますは――魔女の棲み処でございます」

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