第六十二話
「何が言いたい」
トウロウが誰よりも先に、悪魔の言葉に食いついた。
殺気を纏って食らいつく。
「いえいえ、単純な話、名乗るだけなら別に本人じゃなくても、誰だってできるのではないかと」
「あ、でしたら組合員証が――」
ナナメがす、と懐に手を伸ばそうとしたところで、悪魔が間髪入れずに言う。
「偽造では?」
「つっ」
トウロウが苛立ちと共に盛大に舌打ちを鳴らし、あと一言、悪魔が何かを口にすれば、それこそ殴りかかりそうな雰囲気を発していたが、
「まあ、ね――」
そこにエンカが、淡々とした口調で、悪魔のふざけた主張を肯定するように相槌を打った。
「確かに私達はそんなもんの裏付けは取ってないし、なんならフラトにとっちゃ初めから、別に何者でもない、ただ『ナナメ・タナツサク』と名乗る少女っていうだけで、その名前が別の名前だったところでなんの支障もなかったわけだけど」
「…………」
フラトは無言で目を逸らした。
「けどま、そもそも二人の合流が仕組まれたものなんだから、わざわざあの人が仕組んでくるとしたら、それこそ王族くらいのもんじゃないかとも思うしね」
あの人。
組合受け付けの食えない女性――ギキ・ホノモモ。
「私とホノモモさんは、それこそ私が組合に這入ったときからの知り合いでもう長いんだよ。その頃から私が遺跡を目指していたのは知ってるし、そんなホノモモさんが、どこの馬の骨ともわからないような人間を、やっと遺跡を見つけて、これから挑戦しようとしている私に連れて行くよう企てるとは思えないでしょ。あの人のことだから、ナナメのことはちゃんと独自で裏付けしてるはずだと思ったし」
「信じられると?」
「まあね。ただ、別にそうじゃなかったとしてもさ――」
「そうじゃなくとも?」
「王族だと騙っていたのだとしても、彼女が魔眼持ちであり、付き添いの男と一緒にこの遺跡の攻略に協力してくれて、命を懸けたその事実は変わらない。取り敢えず友人になるなら、それだけで十分でしょ」
「はははははははは、そうでございましたか。これはこれはつまらない口出しをしてしまいましたね、失礼いたしました」
「ふん。別にいいけどねー」
「あ、でもさー」
とフラトが声を上げた。
「だとしたらだけど、そもそもエンカが王城を破壊したのは向こうのしつこい勧誘があって、それに痺れを切らしたからだろ? なら、付き合いが長いって言うなら尚更、ホノモモさんがタナさん達を王族だとわかった上でエンカに紹介しようとしたのって、変じゃないか?」
「別にー、そんなこともないでしょ。王族だって皆が皆、同じ意志を持っているわけではないだろうしさ。事実、ナナメもザラメも、ここまで一度だって私を誘ってくるような真似はしなかったでしょ。そもそもここにいる理由がそんなこととは全く関係ないし」
「ホノモモさんにはそこまで調べが付いてた?」
「さあねー」
割とどうでもよさそうにエンカは肩を竦めた。
「ただ、ホノモモさんはちょっと心配性なんだよ」
「心配性?」
「そ。これから先、私が王城を壊したことが何かしら不利に働く場面が出てくるんじゃないか、とでも思ったんじゃない? だから、ここででっかい貸しでも作っておけばそれも打ち消せるだろうし、王族の人間なら、遺跡攻略に使える魔術の一つも持っているだろうとか、そんなとこなんじゃない?」
「ふうん」
そういうもんなのか、となんとなく納得――というより、エンカの言葉をそのまま飲み込むことにしたフラトだった。
言わずとも、それくらいの腹の探り合いが自然とできるくらいの関係は、築いてきたということなのだろう。
「っていうかさ――」
とエンカが悪魔の方に細めた視線を投げる。
「悪魔なんて名乗るくらいなんだから、ナナメが嘘を言ってるかどうかくらい、すぐにわかるんじゃないの?」
「ええ、ええ。人の口から出る嘘と真の区別くらいは造作もございません」
「だったら何で、わざわざこんなタイミングで混ぜっ返してきたのさ」
「いえ、それこそ私――」
悪魔ですから。
なぞと、微笑みを貼り付けたまま宣うのだった。
そんな言葉に四人全員が顔をしかめた。
「おやおや、嫌われてしまいましたかな」
「嬉しそうに言うなよ」
「いえいえい、嬉しそうだなんてとんでもございません」
「いえいって言ってるぞ」
「聞き間違いでは? ふふふ。それではそれでは――」
と勝手に話がひと段落したとでも思ったらしい悪魔が、席を立とうと腰を浮かし掛けたところで、
「あのー」
手を上げる者がいた。
「おやおや、どうなさいました、タナツサク様」
座り直しながら、話を向ける悪魔。
「あの…………もうこうなったら訊くだけ訊いてみたいというだけなので、拒否していただいても全然いいのですが」
と。
果たして何を問うつもりなのか。
魔術オタクの彼女のことだから、悪魔に問い質したい事なんて山の様にあるだろう。
だから、ナナメの口からどんな質問が出るのか、そこにどんな回答が返ってくるのか――純粋にフラトも興味を惹かれたのだが。
そのナナメの視線は――フラトに向けられた。
「え? 僕?」
「はい。あの、先程悪魔さん相手に濁していたのに、こんなこと訊くのは大変申し訳ないと思うのですが、矢張りこの先気にはなってしまうと思うので一応自分なりにけじめと言いますか、気持ちにけりは付けておかないとなあと思いまして、そのう……………………」
話しながらそれでも散々迷った様子のナナメが、意を決した風でもなく、だからって諦められるわけでもない、どうにも自分の感情をコントロールできていない不思議な表情でフラトに問う。
「フラトさん、あなたの中にあるその『力』は、一体なんなのでしょうか? 魔素を吸収し自身の力と変換するのは、先刻自分でやったからこそ、その異様性と言いますか、途轍もなかったことを痛感いたしました。そんなことを戦闘の最中でも平然とやってのけているのは、フラトさんにとってはそれが当たり前だから。そのような環境で長らく生きてきたからだとは思うのですが、もしよろしければ、その辺りのことをお聞かせいただけないかと思いまして」
まあ。
考えてみればその質問も、さもありなん。
彼女の眼には、フラトの存在というのは悪魔と同じくらい不思議に見えているのだろうし。
そこに疑問を持たない筈がない。
だから。
フラトはナナメに包み隠さず説明した。
エンカに説明したように。
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