第五十九話

 ナナメとトウロウがトイレから戻り、席に着いてまたお菓子に手を伸ばしたり、淹れ直された紅茶に口を付けたところで、

「では――」

 と悪魔が両手を打ち合わせた。

「それでは一応、あなた方が『遺跡』と呼ぶこの場の守護者…………ぷぷっ」

「どこに笑う要素があったんだよ」

 噴き出した悪魔にフラトが突っ込む。

「いえいえ、失礼致しました。いやはやいやはや、こんなを元に作られた私が守護者なぞと…………ちょっと真面目に考えたら笑えてしまいまして」

 自分の在り方と、与えられた役割のちぐはぐさが面白くなったらしい。

 確かに、人の戦闘方法に合わせて人の土俵に付き合うなんて、『遺跡を守る役目』としては不要以外の何物でもない性質ではあるが。

「ぷぷぷ……………………では、では、改めまして。守護者として、見事に踏破したあなた方に問わなくてはならないことがあります」

「何?」

 と端的にエンカが訊と、

「あなた方が何を求めてここへ来たのか、でございます」

 悪魔も端的に答えた。

「如何なる理由でこの場にいるのか。何の為にその命を懸けたのか。命を懸けるほどに何をこの場に見出したのか」

「何を…………かー」

 エンカが呟き、顎に手を当てる。

「んー…………私は『踏破すること』そのものが主な目的だったからなあ」

「踏破そのものが、でございますか? 別の何か、希少品や貴重品を欲していたわけではなく?」

「そういう物質的な『物』は別に期待してなかったかな。期待していたって言うなら、まあ、面白い場所であって欲しいなって思ってたくらい」

「ほうほう。それで、トバク様にとってこの場は、この『遺跡』は、そのお眼鏡に適う場所でございましたか?」

「で、ございましたとも」

 などと、掛けてもいない眼鏡をくいっと上げる仕草をしながら、エンカは言う。

「滅茶滅茶楽しかったよ! すげーどきどきしたもん。なんなら私は楽しみ切れなくて、少し悔しいくらいだし」

「ははははははははは。そうでございましたかそうでございましたか。また、いつかやり合いますか?」

「当然。次は必ず、攻撃を通して見せる」

「いやはやいやはや、未来の約束、というものは久しくしておりませんでしたが、嬉しいものでございますねえ」

「その余裕面、絶対に歪ませたる」

「楽しみにしております」

 けったいな約束をしているなあ、などと思いながらフラトは二人の会話を聞きつつ、果物に手を伸ばした。

「しかし、どうしてそこまでこの『遺跡』の踏破自体を目的に?」

「いや別にこの遺跡だからっていうか、その『遺跡』って場所が踏破困難、この世にあって最難関級に攻略が難しいって言われてるから、だからこそ、人生一度きりだし、やれるところまでやって楽しみたいなって」

「成程成程。面白いかどうか、自分が楽しめるかどうかが基準でございますか。ふふふ。最後の最後で押しきれずに負けてしまった理由が、なんとなくわかる気がしますねえ」

「いや、私は勝ってないから」

「ええ、ええ。そうでございましたね。今回は引き分け――いや、痛み分けということにしておきましょう」

 しかし、と悪魔は続ける。

「となると、はてはて、トバク様はもうこの遺跡には用はない、ということになってしまいますか?」

「ん。まあそうなるね。けど折角あんたとこうして話せてることだし、出口に案内してもらうって賭けだったけど、もし叶うなら、まだ遺跡内で行ったことなくて面白そうな場所があったら、案内頼みたいかな」

「かしこまりました、では後ほど」

「やった。あるんだ。言ってみるもんだねー」

 嬉しそうに笑顔を浮かべながらエンカは果物に手を伸ばす。またみかんに。

「ではホウツキ様は?」

「僕は、んー、これといって明確な目的もない内にトバクに誘われて、一緒に行動するようになって、その流れで、って感じだからなあ」

 ざっくり言うと本当にそんな感じなのだが、言ってて自分って阿呆なんじゃないかなって思うフラトだった。

 行き当たりばったりにもほどがある。

「え、それだけでございますか?」

 悪魔にもきょとんとされてしまった。

 命懸けの場所にそんな薄っぺらい理由で、とでも言いたげに。

 まあ、傍から聞いていてそう聞こえるのはわかるが、それでもなんとなく、エンカがフラトを『面白い』と評したように、フラトもまた、エンカと行動を共にするのはきっと楽しいだろうなあ、と思ったのだ。

 これから旅をするにしろ何にしろ、誰かと一緒、というところに魅力を感じてしまったのは否めない。

 一人が寂しい、とは思わないけれど。

 誰かと一緒が楽しそう、とは思う。

 その『誰か』も、誰でもいいわけではない。

 更にそこに『命を懸けてもいい』なんて思ってしまったのは、師匠によるスパルタ過ぎる鍛錬のせいで、危機管理能力がイカれてしまった可能性は大いにあるが。

「一応……………………色々と珍しいことを体験して、面白い思い出作らないとならないから、そういう個人的な理由とも合致してトバクとは一緒にいるけど…………あ、あと僕今お金全然なくて、トバクに結構お金借りてるから、それを返せるくらいの何か報酬みたいなものが、踏破した景品としてあれば嬉しいなあくらい」

「…………なんて俗っぽいのでございましょうか。仮にも私と互角に殴り合った人間が」

 心底嫌そうに顔をしかめられた。

「やかましい。いいだろ別に。切実なんだよ」

 住家を放り出されたと思ったら、速攻で借金まみれになってしまったのだからしょうがあるまい。

 惨めなことは自分が一番自覚しているので、言わないで欲しいものである。

「まあまあ、ホウツキ様のことはわかりました。ではザラメ様――貴方は如何ですか?」

「ああいや、俺は別に遺跡自体に何かの目的があったわけじゃなくてさ、お嬢がどうしても遺跡に行くって聞かないから、付き添いで来たってだけだ」

 飄々とした態度で、控えめなことを言うトウロウ。

「ふむふむ。それでは特に今もって、踏破した遺跡に何の欲も抱かないと?」

「…………嫌な訊き方だな」

「ふふふ。で、どうなのでしょうか?」

「欲を抱かない、なんて言ったらそれは嘘だよ。嘘に決まってる。でもまあ、なんつーかさ、結局俺は大事な最後の戦闘にまるで参加できなかったからな。正直何かを得る資格はないと思ってんだよ――」

 などと、そんなことを口にするトウロウにすかさずナナメが口を開いて割り込もうとするが、予めそんなことは予期していたらしく、トウロウはナナメに向けて手を翳して声を発するのを制し、自分の言葉を続けた。

「それでも、俺がここにいた意味が少しでもあるって思ってもらえるんなら、何か、俺でも使えそうな魔具の一つでももらえると嬉しいかな。勿論、崩城の嬢ちゃんやホウツキ、それにお嬢が欲しいって言うなら、そっちを優先させるつもりだけど」

 トウロウがいなければ最終局面――目の前の悪魔との戦闘で、それに参加できずに床に倒れていたのはナナメだった筈だ。

 彼女が最後まで残っていたからこそ、彼女の『眼』があったからこそ、最後の最後でエンカは悪魔の攻撃を凌ぎきることが出来た。

 そんな彼女の『眼』の代わりをトウロウにできたとは思えない。

 故に――矢張り。

 トウロウが攻撃を代わりに受け瀕死に陥ったことこそが、こうした全員の生還に繋がった。

 ――なんて。

 事実がそうであったとしても、そのことを理解していたのだとしても。

 気持ちが納得するかは別だ。

 それをフラトもエンカもわかるから、口を挟まない。

 ナナメもそこら辺は察したのか、制されてからは口を噤んでいた。

 そういう意味では、トウロウが何もかもを辞退するような態度を貫いていたら、それこそ強引にでもフラトやエンカは口を挟んだし、ナナメも、口出ししただろうことを思うと、ここで自身の感情を抑え、事を荒立てない程度の上手い落としどころを提示してきたのは、流石年長者といったところだろうか。

「魔具でございますね。かしこまりました」

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