第六十話

「最後にタナツサク様、貴方は――確か、この世界の成り立ちを知りたいと、そう仰ってましたね? その為にここに来たと」

「一つは、はい、そうですね」

「一つは…………ふむ、しかし、ヒトがこれまでの歴史を記録していなかった、というわけではございませんでしょう? そういった書物が集まった建物もあるでしょうし、歴史を知るだけならばわざわざこのような場所にまで、命を懸けてまで、来る必要はないのでは?」

「そうですね。それはその通りです。ただ歴史を知るだけなら」

「…………」

 悪魔は微笑みを返す。

 珍しくナナメも、そんな悪魔に対抗するように、裏のありそうな微笑みを浮かべ、見返していた。

 腹の探り合いというか。

 互いが互いに含みがあることを承知の上というか。

 悪魔に関してはまあ、平常運転というかいつも通りの様子だが、ナナメにはどうにも似合わない腹芸で、一芸には程遠い。

 そうやってナナメが頑張って作り出した雰囲気を、

「いや、回りくどっ。さっさと言えよ」

 エンカがぶち壊した。

「あ、すみません。つまり、普通に語られる私達の歴史――正史とされるものには裏があるんじゃないかと思いまして」

「裏?」

「或いは奥、もしくは更に深く――知られていないだけなのか、隠されているのか、そういう部分があるんじゃないかと思っています」

「ほうほう。言い切りますな」

 悪魔が興味深げに相槌を返す。

 エンカはまだ言い草が回りくどいとでも言いたげに、ナナメを睨みつけていた。

 怖いからやめてやれ。

「…………。私は、現在のこの世界の在り方――何と言いますか、魔術と科学が共存している在り方に、結構違和感を持っています」

 そう言って、一呼吸置いてから更に続ける。

「共存というか、私から見たニュアンスとしては混在、と言った方がより正確になるでしょうか。私達の生活には両者が広く普及されていて、どちらも根強く存在しております。強いて言うなら、生活面は科学的な分野が、戦闘面は魔術的な分野が偏りを見せてはいますが、その両者、互いが互いに補い合っているわけではなく、寧ろやってることが被っているような…………。なんなら魔術が無くても、ただ生活する分には何の問題もなかったりするわけですしね」

 魔術を使えるなら生活面、仕事面等々、便利になる部分はあるが、必要不可欠なほどなのかと言われると、そうでもない。

「今のこの状況には違和感を感じずにはいられないと言いますか」

「どういう風に?」

 エンカが訊く。

「似て非なる二つの分野がなまじ両立してしまっているせいで、発展しきっていないような…………あまり言葉で上手くは伝えられずに申し訳ありません。ただ、この二つが今のような形であるのって、やっぱりどこか歪な感じがありまして」

「ふぅん。私は、あんまりそういうの感じないけどなあ」

 よくわからない、とエンカがこぼす。

「ま、まあ、そういうことで…………私の違和感を解消する何かしらの文献や資料なんかが見つかるのではないかと、そういうものを期待して私は遺跡に来ました。王族の一員として、矢張り歴史の保管、継承はしっかりとするべきだと思いましたので」

「ふふふ、素晴らしい心構えでございますね。まだ、そのように役割に責任を感じる年齢ではないと思いますが」

 ましてやその命を掛けるほどに、と悪魔。

「責任、と言いますか……………………そうですね、命を懸けるには、今の理由では薄かったですね」

「ほう」

「今のは後付けの理由なんです。本当の願いを、万が一にも外にバレないようにする為の建前というか、隠れ蓑にする為の」

「ではでは、タナツサク様が心底でお求めになるものとは?」

「この『眼』です。私はこの『眼』がなんなのか知りたくてたまらないんです。真っ当な方法での調査には限界を感じていました。そもそも、現在使われている魔術とは根本から違うもののようでさえある。なら後は、『遺跡』くらいにしか手掛かりはないんじゃないかと…………私の生き死にに直結しているので、この願いこそが、切実ですね」

「生き死にでございますか? 随分と話が飛躍したように聞こえましたが」

「そうでもありません。小さい頃はたまにこの眼が勝手に、暴走するように発動して、魔力を根こそぎ吸いつくすことがあったんです。内、二度ほどは魔力が尽きても尚、私の中の『何か』を勝手に吸って発動し続け、文字通り死に掛けたこともありました。そういう事情もあって、魔力の制御を死に物狂いで鍛錬したからなのか、ここ数年は暴走するようなこともありませんが、正直いつまた暴走するかわからないですし、下手したらそのまま死ぬ可能性もあるので、その前には、この眼がなんなのかを解明して、ちゃんと制御したいというのが、一番の願いです」

「成程、成程。そういった事情でございましたか。ふむ……………………ということは、察するに、その眼について調べていく内に、同じ様な例が、症例が、どこかにもないかと世界の歴史を遡り、副産物的に、先程仰られていたような違和感をも抱くようになった、というところでございましょうか?」

「ええ、その通りです。説明が前後逆になってしまいましたが、私は『この眼の事情ありき』でここに来ています。なんならですが、この目に関して紐解いていけば、魔術と科学が混在したこの世界の違和感に関しても、ある程度解明出来るんじゃないかと考えていますが、これはまあ、今のところ何の根拠もない希望的観測ですね」

「そうですか、そうですか」

 悪魔がにこやかに相槌を打つ。

 エンカも「その眼凄いもんねー」などと、今ナナメが説明していた、割と深刻な事情を本当に聞いていたのかどうか怪しいくらい適当に共感していた。

 トウロウは…………あまり表情からは読み取れないが、故に、まあ普通の顔をしている。

 そんな中にあって、

「え!?」

 フラトだけが、

「え!? …………王族!?」

 驚愕していた。

「タナさん、が…………王族? まじで?」

「は、はい…………」

 改めて言われるのが気恥ずかしいのか、ナナメは照れながらも頷いた。

 確かに、首を縦に振って、はい、と頷いたのだった。

 がた、と。

 フラトは勢いよく椅子から立ち上がり。跳び上がり。

 ナナメの座る椅子のすぐ横に膝をついて、

「申し訳ございませんでしたあああああああああああああああ」

 流れるような土下座を繰り出したのだった。

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