第五十六話
「えっと、そうだな…………戦闘中ってさ『相手が攻撃を仕掛けてきそうなタイミング』って無意識にでも何となく予想するじゃん?」
戦闘に慣れてれば慣れているほど、とフラトは付け加え、それから更に、他からの同意、或いは否定を待つことなく続ける。
何せ戦闘中にそれをするのは、基本の『き』である。
勝ちたいならば。
「じゃあその予想って何に基づいてるのか、何を根拠にそんな予想を立てているのかって考えると、まあ何度か戦闘をしてればその人固有のリズムみたいなのが見えてくるんだろうけど、初見であれば歩幅、体重の掛け方、身体の傾け方、腕の動かし方、息を吸うタイミング、息を吐き出すタイミング、目線――みたいなところからだと僕は思ってて――」
「私のそういう細かい仕草を見切って、間隙を縫うように攻撃を仕掛けてきたということでございますか?」
そう確認してくる悪魔の言葉に、しかしフラトは、
「え、いや違う違う。それは逆」
首を横に振った。
「逆、ですか?」
「見切らせた、って言うのがニュアンスとしては近い、かな」
「見切らせた…………?」
「自分がどういう動き方をすれば、それが相手からどう見えて、どういった動きが『攻撃の予備動作』と捉えられるのか、それを客観的に自分で理解して利用する。こっちの行動を相手に見切らせる、想定させた上でその裏をかく。想定された動きとは全く違う動きをする。それをすると、たとえ視界から消えるようなことがなくても、想定を裏切られた方は一瞬動揺したりする。その動揺の一瞬って、視界には映ってるのに見えてない状態と同じようになるんだよ」
「視界には映っているのに、見えていない、ですか……………………聞いただけではよくわからないですね」
ナナメが真剣な顔をして首を傾げている。
「すみません。こんなこと今まで言語化したことないから多分伝わりづらいですよね…………けどまあ、他に言いようもないんですけど」
フラトも困ったように苦笑しつつも、先を続ける。
「兎に角、そういう風に動揺を誘って、一瞬の隙を突いて、相手が想定していたのとは全く別の方法で攻撃を仕掛けた、って感じかなあ」
「うわぁ」
声のした方を見ると、エンカが心底からいやーな表情を向けてきていた。
こう、顔の中心に向けて出来る限り皺を寄せているとでも言えばいいのか、嫌悪感がよく伝わってくる顔である。
「それ、どれだけ対人戦を繰り返して習得したんよ。しかもそんなものが必要ってことは、真っ当に勝負しようとすればまず間違いなく返り討ちに遭ってぼこぼこにされるか、或いは『そういう事』を当たり前にしてくるような化物みたいな奴が相手だったってことでしょ」
「…………まあ」
苦笑して濁したが、フラトの場合はそのどちらもだった。
当たり前にそういうことをしてきた上で、一方的にこちらをぼこぼこにしてくる化物。
約十年間の育ての親であり、師匠その人である。
「動きに緩急を付けるのがコツかなあ」
「コツって…………でもまあ、そうだよねえ。聞いて簡単に実践出来るようなことだったら、ホウツキだってここまでペラペラ喋ったりしないか。もう対人戦においては化物じゃん」
「いや、だからそっちには魔術があるでしょって。目線も呼吸も関係なく、近寄られないように距離を取って魔術を撃たれたら、正直僕は自分の攻撃の間合いにすら這入れないわけだしさ」
そういう意味では、とフラトは悪魔を改めて見る。
「あの戦いは、あんたが僕の土俵に付き合ってきたからこそ成り立った戦闘だと言える」
「ふふふ、性分ですから。付き合わないなんて選択肢はございませんでしたとも」
「さいですか」
「というかですね、攻撃を食らって、その原理がわからないまま距離取って一方的に、なんて全然、全く持って、これっぽっちも面白くないじゃないですか」
「いや、最初のは防いでたじゃん」
「避けられませんでしたから」
「…………はいはい」
「ですので、魔術的な幻覚の類を警戒しつつ、どのような攻撃をしてきているのか確かめようと思っていたら、結局わからずじまいでした。というか、下手にそういう方向性で警戒をしてしまったからこそ、感覚的な錯覚には陥りやすかったのかもしれませんねえ。いやはやいやはや、悔しい限りです」
「その、『魔術を使っての幻覚を警戒』ってさ、もしかして……………………こめかみから頭の中に直接指突っ込んでたやつのこと言ってる?」
「ええ」
微笑みながらあっさり頷かれた。
人ではないことがわかっているとはいえ、人型でそういうことをされると、矢張り滅入るものはあった。
普通に気持ち悪かった。
「ですが、まあ――確かに私の性分で『付き合った』部分はあるにしろ、この結果は変わらなかったでしょうね」
「それは、どういうことでしょうか?」
ナナメが問いかける。
「適材適所、というやつでございますよ」
「適材適所?」
「ええ。そちらのトバク様はどこか一対一でないと公平でない、という考えがおありのように見受けられましたが、そもそも、この遺跡に這入ってからここまで様々な仕掛けを、罠を乗り越えてきて、疲れも傷も積み重なっている状態で一対一じゃないと不公平なんて、そんな馬鹿げた話もないわけです。総力戦で当たって初めて対等。いえ、それでも私に有利ですらあったと言えましょう」
「それを自分で言ってしまうんですね」
呆れたようにナナメは言うが。
「ええ。それもそのはずで当たり前の話なのです。ここはこちらのテリトリーであってそちらは侵入者。そちらに不利なのは、そも初めから承知の上でございましょう?」
「…………それは確かにそうですけど」
「故に私が接近戦を挑めばホウツキ様が。距離を取って遠距離攻撃を仕掛ければトバク様がそれを防ぎ、死角からホウツキ様が奇襲を仕掛ける、なんてことも出来たでしょう。だから私は死角も何も関係ない、強引な力比べに出たわけですが――」
と悪魔は目を細め、ナナメを真っ直ぐに見返した。
「それすら打ち破ったのは、いえ、受け切ってみせたのは貴方の――タナツサク様のその眼、でございますね」
「確かに、あの場面はタナさんの眼なしでは乗り切れなかったねー。私達の負けで、全滅してたと思う」
そう答えのはエンカで、悪魔の言葉に同意するように、深く頷いた。
「その眼は、その…………これ訊いていいのかわかんないですけど、魔術とはまた違うものなんですか?」
おずおずとフラトが問うと、
「はい、違います」
神妙に、けれどはっきりとナナメは頷いた。
「あれだけ皆の前で、ホウツキさんの力の根源に関わるような部分をつまびらかにしてしまったのですから、私だけここで口を噤むなんてことはできません」
とても律儀な少女である。
過ぎるくらい律儀な少女である。
「私のこれは生まれつき瞳に備わっていたものです。名称は、文献などを調べても確かなものはありませんでしたので、暫定的に『魔眼』と呼んでいますが、この『魔眼』としての能力は魔力を送り込むことで発動します。ですが、事前に魔術陣の構築などはないですし、見える限りではありますが私の瞳自体にも、そういったものは描き込まれておりません。主観的な感覚の話になってしまって申し訳ないのですが、使用の感覚が魔術を使うときとはまた違うので、やはり魔術を使用しているというのとは違うかと」
「成程なあ、まあ僕は魔術を使う感覚ってのもわからないから、そこら辺はタナさんを信じるしかないって感じですね。それと、タナさんのことだからきっと、その眼に関しても沢山調べたんですよね?」
「私のことだからって…………まあ調べましたけどっ。それがっ。何かっ?」
「あ、拗ねた」
「拗ねてません。自分の身体のことなのですから、別に私じゃなくても、ちゃんと調べたりはするでしょう。これに関してオタクとかそういうのは関係ない筈ですっ」
「はいはい。で、他に同じ様な『眼』を持っている人とかは、いたりしましたか?」
「はいはいって…………もう、私の扱いが雑過ぎませんか? まあ、いいですけど。それで、他にも同じ様な『眼』を持つ人ですか? 確かにそういう方向でも情報を漁りましたが、見つけられませんでしたね。過去にはいたかもしれない、程度です」
「いたかもしれない…………そこら辺が曖昧になっているのは何か理由が?」
「瞳に何かしらの能力を有する方はいたらしいのですが、私と同じ能力の記述は見掛けた事がありませんので」
「そういうことですか。ということは『魔眼』というのはそういった複数の例をひっくるめた総称になると思いますが、個別に名称があったりするんですか?」
「んー、見た目とか、行使される能力に沿った名称が付けられていたような記述もありましたね。ただ文字として残すのに使っただけで、本人や周りの人達がそう呼んでいたかどうかはわかりかねますが」
「タナさんは?」
「え?」
「タナさんのその眼はなんと?」
「あの、えっと……………………一応、その、見た目から取って、安直ではありますが――虹ノ眼(にじのめ)、と」
「ほぉう」
「……………………」
にやにや顔を堪え切れずにいるフラトを見て何を察したのか、ナナメは顔を赤くして頬を膨らませ、フラトを睨んだ。
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