第五十五話

「あれ、っていうことはですけど――」

 と、再び何か思い付いたように、微笑みを浮かべている悪魔にナナメは話し掛けた。

「なんでございましょうか?」

「あなたの内部に流されたホウツキさんの攻撃がダメージとなったのは、ホウツキさんの体内にある『力』が魔力とは違うものとはいえ、それに類するものであり、魔素に反発する性質を魔力と同じように持ち合わせているから、ということになるのでしょうか?」

「ええ、恐らくは」

「成程、私の眼でも視えたのでとは思ってましたが矢張り……………………となると、およそ魔素の塊とも言えるあなたにホウツキさんの攻撃が通るということは、つまり、私達普通の人間に対しても、内部への直接攻撃が可能ということになりませんか?」

「でしょうね」

 事も無げに悪魔は頷いた。

 魔素への干渉力を持つのだから、そりゃあ魔力にだって干渉力を持っていて然るべきだと。

「まあ、力を内部に流せる、異物を相手の体内に流せる時点で、それが魔力に類していようがいまいが、人に対しては何かしらの影響は与えられるでしょう。ただ、その干渉力は矢張り、無視できない脅威を誇るかと」

「というと?」

「存在そのものが魔素である私と比べてしまえばダメージを負う比率は低いでしょうが…………ただそれはあくまでも割合の話で、私に比べれば人間は遥かに壊れやすい。それを考慮するのであれば、ホウツキ様が私との戦闘で普通に繰り出していた攻撃、あれを人に対して行えば簡単に内部を破壊することが出来るでしょう。魔力を介して内臓、神経、血管、筋肉、骨、そういったありとあらゆるものにダメージが通る筈です。まあ、勿論これも、相手が体内の魔力を操作して内部での防御をしなければ、の単純な話に過ぎませんが」

「けっ」

 ひゅん。

「おい…………トバク、みかんの皮を投げてくるな」

 エンカが不快そうに睨みつけてきていた。

「ひじょーに、気に食わん」

「何でだよ。こんなの相性の問題だろうに」

「相性の問題ってなんだよーこの野郎」

 ぶん、とまた投げられたみかんの皮をキャッチしてテーブルの上に置く。

「やめろ、むしった白い糸みたいなのまで投げてくんなよ、汚いなあ」

「ぶーぶー」

「ったく…………今の説明だとまるで僕が特別凄いみたいな言い方されてるようにも聞こえるけど、実際戦闘になったら僕の方が断然不利だろ」

「何でよ」

「だって、どんなに評価してもらっても、僕の攻撃は当てられなきゃ意味ないんだから。しかも無手だし。この手と足が届く距離まで接近しないといけないんだぞ。でも魔術はそんな僕を近付けさせずに、一定の距離を取りつつ、そっちから一方的に攻撃をすることができるじゃんか」

「ふむ…………まあ、それは確かに……………………そうかも?」

 何故か渋々、納得した風のエンカだった。

 こんな単純でわかりやすい理屈もないだろうに。

 全く持ってフラトの戦闘スタイルと魔術というのは相性が悪い。

 人相手に絶大な、驚異的な威力を発揮するだろうという話なのに、その攻撃を当てるのがまあまあ絶望的という噛み合わせの悪さ。

 悪魔相手に痛感した、フラトにとっての課題である。

「しかしその理論なら悪魔さんも、今ホウツキさんが言ったように立ち回ることができましたよね? 遠距離攻撃の手段持ってるわけですし」

 ナナメが悪魔に問う。

「そうでございますね」

「結局最後はそういう行動に出たわけですが、あそこまで追い詰められる以前に、ホウツキさんの攻撃方法というかその仕組みには気付いていたのですよね? 影がそのまま立体的に立ち上がったような、使い魔のようなものも使役していたわけですし、あの爆発する球体もありました。遠距離からの攻撃だって十分に可能だったのに何故ですか?」

「まあ、最初は交代して出てきたホウツキ様がどのように攻撃してくるのか、私にもわかっていませんでしたから、直前のトバク様と私との交戦を目の当たりにして、その上での選手交代。果たして何が出てくるのか、私はわくわくしていたわけです」

「つまり、わざと付き合ったと」

 目を細め、ナナメはどこか問い詰めるように言う。

 追い詰めるように問い詰める。

「ははは。まあそのように言われてしまえばその通りなのですが、別にそれはあなた方を侮ったとかそういうことではないのですよ。ただ私の核にある『好奇心』がどうにも疼いてしまって、相対した相手がどのような力を秘めているのか、知りたくなってしまうのです」

 どうしようもない衝動で、情動なのでございます、などと悪魔は宣った。

「確かに戦闘中も『楽しむ』だのなんだの言っていたのは聞こえていましたが…………それではその好奇心故、ホウツキさんの最初の攻撃を受けたということなのでしょうか」

「いえいえ、それは違います」

「え?」

「確かに、どのような攻撃手段を持っているのか知りたくはありましたが、だからってわざと攻撃を食らってみるなんてことを、ここまで進んできた方相手にするほど私も愚かではありません。だから攻撃は出させつつ、こちらは当たらないようにしてまずは観察、といきたかったのですが――」

「ですが?」

「ふむ…………私にもわからないのです」

「わからない?」

「『何故私に攻撃が通ったのか』これは消去法と言いますか、ある程度落ち着いて考えたら推測は付きましたし、タナツサク様のお話も聞いて確信も持てました。ですがそれ以前の話として『何故私に攻撃が当てられたのか』『何故私がホウツキ様の攻撃を躱しきれなかったのか』…………そこがわからないのです。あの初撃、と言わず、それからの数度にわたる攻撃。突然ホウツキ様の拳や足が、目の前に現れたような感覚に襲われたと言いますか、そういう風にしか思えなかったのですが果たして果たして、あれはどういった原理だったのでございましょうか?」

 と。

 悪魔の視線が、す、とナナメからフラトに移った。

「いや、そんな大仰な感じに言われても、別に大層なものじゃないんだけど…………」

「お聞かせいただけませんか」

「んー…………えっと、順番に説明すると、まずあんたと戦う前に僕はトバクとの戦いを見てて、更に戦闘を交代する直前にトバクから話も聞いた」

「そういえばホウツキさん、戦う前にトバクさんから何やら聞いてましたね。私はどんな話をしていたのか聞こえませんでしたが」

 ナナメが顎に手をやりながら思い出すように言う。

「見てて僕が気になったのは、トバクが何度か仕掛けてたフェイントに悪魔が引っ掛かっている場面があったこと。そのとき何かしら、目に見えない魔術とか同時併用してたのかなって確認したんだよ」

「ほうほう、成程成程」

「そしたら、別にそういうことは何もしてないって言われた」

「言った」

 何故か力強い相槌を打たれた。

「それは、つまり、聞いた意味はあまりなかったということでございますか?」

「いやあったよ。目に見えない魔術の行使がなかった、ってのが僕にとっては重要だった。ほら、もうばれたから言っちゃうけど、僕には魔力がなくて魔術が使えないからさ。だから、トバクがフェイントに魔術を使っていないんだとしたら、それは僕にも再現が可能ってことになる」

「それだけ、でございますか?」

「いや、まあ他にも細々としたものはあるけど――」

「教えてくださいません?」

「…………」

「お願い致します」

「…………まずトバクとの戦闘中、あんたの目線が動いてた」

「目線、でございますか」

「それから話すときは口が開いてた。呼吸、は確認出来なかったけど、音のフェイントに引っ掛かってるのも見た。動くときの体重移動があった。後はまあ、あんたが人の形を模しているってところかなあ」

「それはつまり…………ええと……………………つまり?」

 悪魔も困惑しているようだった。

「明らかに人外っぽいのにわざわざ人の形を模していて、視覚、聴覚を人の様に用いて外部の情報を得ている。だからトバクのフェイントにも引っ掛かった、って思ったから僕も同じ様にフェイントを仕掛けたってだけなんだけどね」

「あれはフェイントの類だったのですね」

、って言うのがいいのかな。トバクが魔力を周囲に散布しての索敵をするように、多分あんたも同じ様に視覚外の情報を得ることはできるんだろうなあって思ったけど、でも、人の形を模して人としての器官を使用しているなら、目の前に相手が見えている以上は、どうしたって視覚から得られる情報を無意識にも優先させると思って」

「あ…………それって、迷路の仕掛けに這入ったばかりのときにトバクさんが襲われた、視覚的な錯覚を使った罠の原理と、なんだか似てますね。あのときは確か、錯覚させられた視覚による情報と、周囲散布した魔力の動きから得られる正確な情報の差異に、トバクさんは少し混乱したとのことですが、今回ホウツキさんの場合は、完全に、徹頭徹尾、視覚情報を誤認させる為に動きをしたと」

「ですね。そもそも僕には魔力や魔素での索敵をどうこう阻害する手段がありませんから」

 そんな風に、ナナメとフラトで納得し合っているのを尻目に、

「あの、ええと、ホウツキ様…………もう少し噛み砕いていただけると助かるのですが」

 悪魔は未だに困ったような表情を浮かべていた。

 薄っぺらい笑顔以外も表情として作り出せるらしい。

 いや、というか、どちらかと言えば今のような表情の方が、見ていてなんだか『生きてる』んだなとも思えた。

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