第五十七話
「くくく、確かにタナさんなら名前とか付けてそうだけどさ、ホウツキは意地悪だなあ。そんな誘導するみたいな訊き方してさ」
「お前が途中から僕の意図に気付いて面白そうににやけてたの見てたからな。なのに途中で指摘しなかったトバクも同罪です」
「ありゃりゃ」
「ふふふ、仲良しでございますねえ」
場の雰囲気に同調するように、悪魔が柔らかな笑い声を漏らした。
嘲笑するような、裏がありそうな笑い声以外も出せるらしい。
「因みにタナツサク様、その眼に何が見えているのか、その眼の能力についてお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい」
ずっとフラトを睨みつけていたナナメは、悪魔にそう問われ、割とあっさりと了承の言葉を返したが、
「いやいやちょっと待て、いいのかそんなことまで話して」
慌てたようにトウロウが待ったを掛けた。
「いいんですよザラメ。トバクさんのこともホウツキさんのことも信頼していますし、なんならもうトバクさんにはざっくりと説明してしまっていますから。そもそも、私だって詳しいところまで理解していないんです。ここで開示しておくことで今後、何かしらこの眼に関する情報をもらえるかもしれないなら、矢張り話してしまった方がメリットが大きいでしょう」
「まあ…………この場の雰囲気に流されて、ってんじゃなく、そこまで考えてるならいいさ」
両手を上げてわかりやすく降参のポーズを示すトウロウに、ナナメは微笑みながら頷き、改めて口を開く。
「魔眼なんて大層な呼び方をしていますが、今のところ私がこの眼を使って出来ることは『魔力の可視化』くらいのものです」
くらいのもの――などとナナメは控えめに言うが、この遺跡の攻略において彼女の担った役割はかなり大きい。
いや――大きさで言うならそれこそ、それぞれが平等に大きかったのだろうが。
積極的なマッピングや魔術に関する知識等々、彼女に助けられたなあと思う場面は多かったと、フラトは改めて回想する。
ナナメも、そしてトウロウだって、それぞれがそれぞれにしかできないことをこなした。
この二人がいなければ、こうして今生きてはいられなかっただろう。
「あ、いえ…………この遺跡に来るまではそう思ってましたが、ここまでの体験を経て思い返すと、魔力だけでなく、悪魔さんの中身にも視えるものはありましたし、フラトさんの体内で巡っている力も見えました。なので魔力や魔素に類するもの、と幅は広くなりましたね」
「ほうほう。魔力や魔素に類するものの可視化でございますか。ですがですが、それだけの能力であれば説明の付かないことが、ございますね?」
待ちに待った時間が訪れたかのように。
悪魔はねっとりと、いや、最早ぎっとりと、粘りのある声音で、気迫すら纏って問うその様子に、視線を向けられたナナメはちょっと引いていた。
身体ごと、物理的に。
「トバク様と賭けの約束をした後の、力のぶつけ合いの最中のことです。私は自分の放った爆撃の雨で正直そちらの様子がよく見えなかったのですが、タナツサク様がトバク様の隣に並ばれた直後、明らかにトバク様の放つ魔力の量は跳ね上がり、質はより柔軟に、しかし強固になって、ある種完成したように――というか、それまで張っていた壁のようなものが、完全に別種のものに、それこそ盾としての概念に昇華したように見えたのですが、何をなされたのでしょうか?」
「あれは、そうですね…………そもそも出来たことが奇跡と言うしかないようなことだったんですが…………」
「私がタナさんから眼のことを聞いて、こういうことをやってほしい、ってお願いしたんだよ」
ちょっと困ったような顔をするナナメの言葉を継ぐように、トバクが声を上げた。
「トバク様が、でございますか」
「うん。ホウツキとの勝負は、見ててなんとなくホウツキが優勢ではあったけど、まあそのまま素直に終わることもないだろうなって、あんたも何かしら切り札みたいなのは隠してるだろうなとは思ってたんだよ。んで多分、私はそれに対処しなきゃいけなくなる。でもだからって、あの状況から私が簡単に強くなるような裏技なんてなかったし、タナさんに訊いてみても、タナさんの中にあるどんな知識にも、あの状況を打開出来るような決定的なものはなかった。とは言え何かしら考えないと、実行に移さないと、全滅させられるだけだからね。やれそうなことは何でもしないとって――」
「それでトバク様は、タナツサク様に何をやってほしいと依頼されたのですか?」
「ホウツキと同じことをしてくれって」
「僕と?」
思わぬところで名前が出てきて、フラトは普通にびっくりした。
「そう。ほら、前にホウツキ話してくれたじゃん。魔力じゃない『気』って呼んでるものをどうやって運用しているかって。呼吸法で大気を取り入れて、血と混ぜて体内を循環させる、ってやつ」
「それは、でも僕の主観的なイメージだぞ」
「まあね。だから実際のところどう見えるのかって、タナさんにホウツキのこと見てもらったんだよ、虹ノ眼を通して。そしたら実際に外から吸い込んだものを自分の中で循環させてて、だからこそ、攻撃の際に自分の中の『力』を相手の内部に放出しても、ホウツキの中の力の総量はあんまり変わってないように見えたわけで、だったらってことで、同じことをタナさんにして欲しいってお願いした」
「お前、お願いしたってそんな簡単に言うけど…………」
「わかってるよ。でもやらなきゃ死ぬ可能性が極大なんだから、死ぬ気でやれるだけのことを挑戦してもらうしかなかったんだよ。どんだけ初めてのことでも、タナさんはホウツキ自身ですら感覚としてしか認識していなかったことを、その眼で視て、視覚情報として正確に認識できた。そこまでちゃんと認識できれば、干渉もできるでしょ」
暴論だった。
けど、その暴論が通ったからこそ、フラト達は今生きているのだろう。
「あんな眼の使い方、私だけでは想像も出来ませんでしたし、あれだけ強力にこの眼を使ったのは生まれて初めてでした」
ナナメは言う。
「そもそもこの眼、上手く制御できなくてめちゃめちゃ魔力を消費するので、これまで魔力の可視化だけが、私ができる限界だったんです。それなのに――」
その限界を超えられなければどうせここで死ぬことになる、などと言って。
エンカにど正論でぶん殴られた。
何もせずに死ぬくらいなら、やれそうなことは全部試してからの方がいいだろうと。
もしそれで活路が見い出せるのなら儲けものじゃないかと。
「ん? いやでも待て、それならタナさんが外部から魔力を補給する術を得たって話で、それだけだけど、そこになんでトバクが…………?」
「私は結局小細工なんて思い付かなかったからさ。今の全力でそこの悪魔に届かないなら、更に極大の魔力を、って思ってね。タナさんが外気から魔力を補給するその循環の輪の中に、私も入れてもらったんだよ」
「わざわざ手を繋いでたのはそういう理由だったのか」
「まあね。普通は魔力をそのまま生物に流したりなんてできない、って私はそう思ってたけど、魔力そのものが視れて干渉できるなら、そういうことも出来るんじゃないかと思ってさ、私を含めて魔力の循環装置を作ってもらったっていうか、タナさん自身にそうなってもらったっていうか」
「正直、死ぬとかどうとかよりも怖い思いをした気がしましたね、あれは」
そのときの感覚を思い出したのか、ナナメは滅入ったように表情を歪めて言った。
「外から取り入れて、自分の中で循環させつつ、トバクさんに譲渡し続けるなんて真似を絶えず繰り返して――私は私の輪郭が段々ぼやけていって、溶けて、私自身の身体が魔力そのものになってトバクさんに吸収されちゃうんじゃないかって、ずっとそんな感覚に襲われながら、どうにか自分を保つのに精一杯でした」
「私は私で、これまで行使したこともないような量の魔力を行使し続けて、脳味噌と血管が際限なく膨張するような感覚と、内臓が全部どろどろに溶けるような吐き気に堪えながら、ひたすら供給される魔力を自分の目の前に放出するのに必至だったけどね」
「…………」
あんなにも綺麗な花の盾を作り出した裏では、かなり壮絶なことが起きていたらしい。
本当に、自分達が今こうして、ここで皆でテーブルを囲んでいるのが奇跡と呼べるほど、危険な綱渡りをしていたのだろう。
「お二人共。それは、壮絶、なんて言葉で済ませていいことではございませんよ」
悪魔が言う。
至極真面目な声音で、先程までのぎらついた興奮が嘘のように静かに、微笑みすら消して厳めしく。
どこか、偉業と呼んで差し支えないほどのことをしてのけた二人を、だからここは多少浮かれても仕方ないとすら思えるのに、悪魔は叱責するように言ったのだった。
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