第五十話

「どういうつもりなんだ?」

「何がでございますか?」

「賭けの内容は、トバクがあんたの全力の攻撃を耐えきれば出口まで案内する、ってものだったと思うけど」

「まあ、そうですね。確かにそういう内容の賭けでございました。しかし、いいのですか?」

「何が?」

「外はあの山でございますよ? そこに意識のない三人と貴方を放り出してそれではい終了。賭けには従いました、と、そうしてしまっていいのですか?」

「…………」

「出て行くにしてもせめて、いざというときに戦えるだけの休息が必要なのでは?」

「…………」

「ふふふ。御理解いただけたようで。それでは少年、貴方はどうされますか?」

「どうって?」

「他のお三方と同じように休まれますか? それとも最初に這入った隣の部屋で、話でもしましょうか?」

「いや、ていうか待て」

「待ちましょう、何でしょう?」

「ザラメさんは、まあ休ませてれば良いだろうけど、他の二人は休ませるだけでどうにかなるもんなのか?」

 エンカの展開した『花の盾』は凄まじかった。

 荘厳で煌びやかで、それでいてあの爆撃を防ぎきるほどに強力なものだった。

 しかし、そんなものを行使したエンカはあちこち血塗れにしてぶっ倒れた。

 血は、遺跡内で負った傷が開いて噴き出したものから、恐らく魔術の行使中に、内側から破れるように裂けたらしい真新しいものまで見られたが、倒れた原因は貧血などではない筈だ。

 もしかしたら一因ではあるかもしれないが、ほとんど魔術行使の反動によるものだろう。

 ナナメなんて、何であんなにも疲弊して倒れたのか、フラトにはまるでわからない。

 そもそも、ナナメがエンカに対して何を助力したのかもわからないのだ。

 あの『眼』も、まあ関係はあるのだろうが、そんなものの存在を知っていようがいまいが、フラトが手を出せないことには変わりない。

 二人の症状を診れる専門家が必要なんじゃないのか?

「心配いりませんよ」

「何で言い切れる?」

「彼らの寝ているベッドは回復装置のようなものですから。貴方がそんな身体で単身外に出て、王都まで行き医者を連れて山まで戻ってくる、なんて無謀な選択肢を取るよりは、このまま寝かせていた方がずっといいかと。効果は保証します」

「……………………」

 考えていたことが見透かされて、フラトは顔を歪める。

「だいたい、でございます。ここで嘘を吐いて、彼女達を回復させずゆっくりと死に向かわせる、なんて遠回りなことをするくらいなら、先程言いました通り山に放り出してそれで、はい終了、としてしまった方が私にとってのリスクはないわけです。わかりますでしょうか? 『少ない』のではなく『無い』のですよ、リスクが。あの場においても貴方は私を警戒していた。そして貴方は満身創痍。私にまだ戦える力があると見せかけたまま、賭け通りに貴方達をこの場から放り出してしまえば、どうせ魔獣に食われて死にますでしょうし、私は安全なところからそんな光景を覗き見てほくそ笑んでいられたのです。故に、この状況に対する説明に嘘はありませんし、少なくとも、今の私に裏はありませんよ」

「…………」

「あの盾を出した少女なんて、寝かせとくだけで勝手にある程度回復して目覚めそうですしね。ほら、考えてみて下さい。貴方達を処分するような裏が私にあったとしても、こうしてこの場で休ませるのは私にとってないのですよ」

 そんなのとても非効率的でしょう、とソレは言い、フラトは僅かながら力を抜いて肩を落とした。

「……………………はぁ。ま、そうだな」

 正直、考えようと思えば可能性は別にもある。

 処分したいならさっさと山に放り出す、なんてソレは言ったが、何も『処分』だけが選択肢ではないだろう。

 このベッドが洗脳装置の類だったら?

 あの爆撃を防ぎきるだけの実力を証明したエンカ、そしてその助力をしたナナメは、ソレに戦力として有用と判断されてもおかしくはないように思える。

 ここまで踏破してきたことで、道中様々な罠を破壊した。

 それらを修復するまでの間、侵入者の足止めに使うとか、或いは彼女達を仕掛けそのものに組み込む、とか。

 とか。

 なんて――まあ。

 可能性を考慮し始めれば、きりがなくなる。

 ここはもう、あの老紳士が戦闘中に自分達に見せた在り方、性格を信じるしかないだろう。

 自分達との戦闘を楽しみ、エンカの挑発に乗って、『また絶対に再挑戦する』と言ったエンカの言葉に嬉しそうにした老紳士を。

 実際、指摘された通り――フラトが一人で山を出て王都に行き、医者を探して連れてくるなんて真似は、現実的じゃない。

 その間、三人はどうする?

 結局ここに預けるしかないのだから、それはもう信じているのと一緒だろうし。

「それでは改めて、どうしますか? ここで一緒に休まれますか? ベッドならほら、もう一つ空いているのをご用意しておりますし」

「いや…………じゃあ話でも」

 信用するとはいえ、流石に四人共が無防備で寝てしまうのには抵抗があった。

 フラトだって休息は必要だが、誰かが起きてくるまでは耐えようと思う。

「わかりました。では行きましょうか」

 隣の部屋に戻り、フラトは椅子を引いて丸テーブルに着く。

 蜘蛛は、ソレを糸で括り付け、逆さ吊りにしたたまま丸テーブルの下まで自力で歩いてくると、テーブルの端に糸を伸ばし、自分の身体を引っ張り上げるように大ジャンプ。

 ふわりとテーブルの上に着地して見せた。

「あの…………もう少し、丁寧な扱いを……………………うぇ」

 そんな言葉には一切耳を貸さず、蜘蛛は糸を使ってあれよあれよという間に土台と柱を作ってソレを逆さのまま柱にぶら下げ、自分はフラトの頭上へと戻ったのだった。

 いつもの定位置。

 どうにも緊張感に欠ける光景である。

「?」

 かちゃり、と隅の方から陶器のぶつかる小さな音がして振り向くと、エンカ達を運んだ影の一体が、いつの間に這入ってきていたのか、キッチンから姿を現し、テーブルに近付いてきて、フラトの前に湯気の立つカップを置いた。

 その横には焼いた肉が乗せられたお皿を。こちらは蜘蛛の分、ということだろう。

 蜘蛛は早速、よじ登ったばかりのフラトの頭上から飛び降りて肉に噛り付いた。

「…………」

「美味しい紅茶でございますよ」

 そんな蜘蛛とは対照的に、フラトが目の前に出されたカップに口を付けずじっと見ていると、逆さのソレが言う。

 中身が紅茶であるのは湯気と一緒に立ち昇ってくる匂いでわかっていたのだが…………まあ。事ここに至って警戒しているのも馬鹿らしいか、とフラトもカップを手に取り口に近付けた。

 芳醇な香りが鼻孔を突く。

 口に含み、喉に流し込む。

 あっさりとしていて、けれどフルーティーで自然な甘味を感じて。

 喉を過ぎ去り、内臓に染み渡っていくのがわかる。

 自然と瞼が落ちてくる。

 瞼が――

 ――は?

「…………おい」

 がちゃん、とカップを持っていた手が急に重くなってテーブルの上に落ちる。

「くそ、この飲み物…………やって、くれたな…………」

「ははは。矢張りどんなに強がって見せても、かなり疲労が深いようですね。そもそもそんな腕と手で、相当な痛みを我慢したままで話もなにもないでしょう」

「…………っ」

「それに、どんな話をするにせよ、皆さんと一緒にした方が効率がいいでしょう? よもや、私と貴方だけで話さなければならないような内緒話なんてものもないですしね」

「…………」

 そんな言葉を最後に、フラトの意識は完全に落ちた。

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