第三十一話

「魔力の残量は?」

 ここまで気流の盾を展開し続けていたトウロウに、エンカが端的に訊く。

「まだ心配するほどじゃないな。問題ないと言っていい」

「わかった」

 今更嘘を吐く意味も、見栄を張る理由もない。

 エンカは訊き返すことなく素直に頷き、

「次は、何が出てくるかなー」

 一転、楽しそうに口ずさみながら通路を折れてまた次の通路へ。

 そこから続くいくつかの通路は、エンカが罠の軌道を感知し、魔力障壁を展開、後ろではナナメ達も気流の魔術による障壁を展開することで、かなり安定して罠を防ぎつつ、進むことが出来た。

 フラトなんて正に負んぶに抱っこである。

 先程のように、咄嗟に跳び上がったりすると手間が増えるから、何かが撃ち出されたり、迫ってくるような罠なら、大人しくしていろとさえエンカに言われた。

 魔術、様様だぜ――なんて心の中で皮肉気に、はたまた自虐的に思いつつ、また更に一つ、通路の突き当りを曲がったところで、

「あ」

 四人は足を止めた。

 そこは、ここまでのような通路ではなく――およそ正方形に区切られた空間、部屋のようになっていた。

 いや部屋と言うには調度品などは一切なく、単に『通路じゃない』という意味合いでしかない。

 その空間も、あまり広いとは言えないが、天井の高さは通路のときと同様にかなり高いので、息苦しさは感じられなかった。

 ただ、気になるところが一点、というか、一ヵ所。

 部屋の中央――そこに、フラトの身長ほどもある柱のようなものが、床から突き出しているのだ。

 壁、床、天井のどれもがくすんだような白色をしている中にあって、それだけが黒色で、明らかな異物感を放っている。

 しかも、その柱の上部には、

「『4』…………ですか」

 赤い色で数字が描かれていた。

「怪しいですね。いえ、ここまで来たら、これこそが何かしらの『鍵』になっているのはわかるのですが、問題はこれを『どうすればいいのか』ですね」

「んー」

 と柱のようなものをナナメがぺたぺた触りながら調べてみている隣で、エンカが、しゃら、と剣を抜いた。

「あ」

 トウロウがすぐさまナナメの手を取って、引いて下がらせ、エンカが剣を振り上げる。

「ふっ」

 短く息を吐き出し、床から突き出た柱を斜めに一刀両断。

 断たれた柱の上部が、ずず、とズレてバランスを崩しながら床に落下――せずに、止まった。

 床に触れる寸前、まるで時間が止まったように一時停止し、巻き戻るように元の場所、切断面へぴったりとくっついたのだ。

 切断の跡すら見えないほど、寸分の狂いもなく元通りに。

 ナナメが確認の為に押しても叩いてもズレることはなく、両断された事実すらなかったことにされたようだった。

「リセット、されましたね。まあここまでくれば予定調和というかなんというか…………兎も角リセットが掛かったということは、恐らく『柱を破壊する』という方法自体は間違っていなくて、間違っていたのは――順番、ですかね」

「ってことは、この罠盛り沢山の迷路をあちこち歩き回ってあと九個、ここみたいな場所で、数字の描かれた柱を見つけないといけないってことか」

 その苦労を想像して、フラトが溜息を吐きながら言う。

 まあ、数字が一つしか描かれていない柱なんてものを見つけた時点で、薄々その要素には感づいていたわけだが…………。

 入口からここまで来るのに約一時間ほど掛かっているので、フラトがほとほと呆れたような顔を見せるのも、さもありなん。

 そしてそんなフラトの言葉を補足するように、

「見つけ出すだけじゃ駄目だな。仮にこの柱に破壊する順番なんてものがあるなら、全ての柱の位置とそこに描かれた数字を把握した上で、その順番通りにまた回らないといけないんだから二週以上の距離を歩くことになる」

 トウロウが嫌な情報を付け足した。

 二週『以上』と。

 いや、まあ『周』で言うなら二週なのだろうが、長さや時間で言うとその限りじゃあない。

 毎回毎回、一番近くの柱が次の順番というわけじゃあないだろうし、なんならその可能性の方が低い。遠回りだってしないといけないかもしれない…………というか、この遺跡の創造主側の視点で考えれば、挑戦者に対する嫌がらせというか、遅延行為の為にも、そういった遠回りをしなければならないルートを積極的に採用するだろう。

 そういう配置になるように設計する筈だ。

 だからこそ、まずは柱の位置を調べるこの一週目で、運よく順番通りに、いくつか破壊できることが理想ではあるが、そうそう甘い展開も期待はしないでおいた方がいい。

「けど、こうして元に戻った柱に描いてある数字が『4』のままということは、厄介なランダム要素とかは今回はなさそうですね」

「怖いこと言わないで下さいよ」

 ナナメの言葉にフラトが表情を歪めるが、

「ま、流石に今回の仕掛けでそれはないでしょ」

 エンカは割と気楽に、そんなことを言い切った。

「随分自信ありげに言い切るじゃん」

「いや、だってそんなの面白くないでしょ?」

「何だ面白くないって…………」

「いやだってぶっちゃけさ、一番大変なのって全部の柱を見つけるまでの一周目だけだと思うんだよね。逆に言えば一週目さえクリア出来れば、それぞれの柱に到達する為の通路は全て通ったことになるわけで、そこまでの罠だってあらかた起動済みになるでしょ。二度目が発動しないものもあるだろうし、一度切り抜けられてるなら、どんな罠が作動するのか予めわかってる状態になるわけで、多分二週目はほとんど作業みたいなものになると思うんだよ」

「成程」

「まあ、二度目に通るとき初めて起動する罠なんてものもあるかもしれないから、慎重さはなくしちゃいけないとは思うけど、やっぱり一週目が大変であって、ここにランダム要素なんてものを加えて、ただただ時間を削っていくだけのものは流石に面白くなさ過ぎでしょ」

「でも、時間を使わせられるなら、最大限そういう工夫をしてくるもんなんじゃないのか?」

「じゃあ、なんでこんないくつも仕掛けを用意して、まるでステージを進むみたいに、何かのアトラクションかのような構造になってるのかって話だよ」

「ん?」

「つまり、本気で侵入者には遺跡の中を少しでも進ませたくなくて、足止めをした上で排除することに全力を注ぐのであれば、最初に攻撃性のない『扉の仕掛け』なんてものを出してわざわざ『1』から『10』の数字が鍵になっていることを仄めかさず、これまでの仕掛けに割かれた全てのリソースをあの甲冑の仕掛けに回して、あれを複数体最初から出しちゃえば、ほぼそっから先に進める人なんていないでしょって話だよ」

「あーそういうことか」

「ん。まあ命の危険があることには変わりないけど、それでも、ある程度こっちの侵入者側が進むことを前提に作られているってことは確かだと思うんだよねえ。他の遺跡を知らないから少なくともここは、って話になるけど」

「難易度自体はとんでもなく高いけど、理不尽ってわけじゃあないってことか」

「そゆこと。ってことでうだうだしてるのも時間が勿体ないし、気を取り直して次を探しに行こうか」

 軽快なノリで言いながらエンカが小部屋を後にし、三人が続く。

 立ち位置的にフラトが一番最後尾になってしまったのだが、小部屋を出る際、空気を裂くような小さな音が聞こえた気がして、思わず足を止めた。

 振り返ると、

「?」

 数字の描かれた柱に、蜘蛛糸の塊のようなものが、べちょり、と吐きかけられているのが見えた。

「何だお前、苛ついてんのか?」

 独り言のように、蜘蛛に問いかける。

 延々と罠の続く通路ばかりを歩かされ――いや、歩いているのはフラトなのだが、風景に代り映えがなくて苛ついているのかと思ったが、声を掛けられた蜘蛛は珍しくフラトに糸玉をぶつけるでもなく、頭上で変なステップを踏んだ。

 これは…………どうなのだろう。

 苛ついているわけではないのだろうか?

 よくはわからないが、これはこれでちくちく蜘蛛の足の先が頭皮に刺さって微妙に痛いから、止めて欲しいフラトだった。

 少し不思議に思いながらも、フラトは離れてしまった三人に駆け足で追いついた。

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