第三十二話

「さて」

 通路は進まず、立ち止まった状態でエンカが振り返り、切り出した。

「この迷路みたいなところで何をしたらいいのか、一応その指針が暫定的に決まったわけだけど、こうなるとやっぱ重要なのはマッピングだから、タナさんにはそれに全力で集中してもらって、私を含め他の三人で罠の迎撃、無力化を頑張って行こうか」

 エンカの言葉に三人がそれぞれに了承の言葉を口にしつつ、トウロウだけがそこに提案を付け加えた。

「そしたら陣形は三列にしないか?」

「配置は?」

「先頭は変わらず崩城とホウツキ。やっぱり罠に掛かりやすいのは先頭だろうし、力業で捻じ伏せられる崩城と、俺らよりよっぽど崩城と息の合ってそうなホウツキがサポート。んで俺が一番後ろ。前からも後ろからもフォローしやすい真ん中にマッピング係って順番の方が、何かと対応しやすいと思う。通路の両側から何かしらの罠が発動したら、隣の奴が邪魔で向こう側からどんな罠が飛び出してくるのか、それがどれくらいの速度で、どのタイミングで到達するのかわからないだろ。そっちはそっちで反応できるならいいけど、マッピングに集中させるとなるとこっちはそうもいかないし。何なら、先頭の二人も前と後ろに分かれて縦一列で進むのも、四人くらいなら悪くないと思うが、そこはそっちのやりやすいようにって感じだな。どうだ?」

「確かに、後ろはその方が、ザラメがタナさんのフォローもし易いかもね。ただこっちは、同じ理由で縦じゃなく横に並ぼう。どっちかが前からもタナさんのフォローが出来るようにしておいた方が良い気がするし」

「了解」

 フラトが頷いて答える。

「じゃ、俺が殿で」

 言いながらトウロウがナナメの背後に回り、陣形を組み直して四人は再び通路を進み始めた。

 と言っても暫くは一度通った通路を戻る形になる――一応二度目の通過の際に起動する新しい罠、というのも警戒はしていたがそれの発動もなく、同じ罠の再起動もなかった。

 まあ、新しい通路に差し掛かってからは、矢張り新しい罠に襲われるのだが。

 今のところ致命傷は言わずもがな、行動に支障をきたすような傷も負っていないのは、幸いだろう。

 出血がないとまではいかないが、擦り傷、切り傷程度で済んでいるし、毒の類に犯されているような症状もない。

 トウロウの魔術さえあれば、取り敢えずナナメの身の安全は守れそうだし、ナナメ自身も防御の魔術は使える。であれば、フラトもエンカも、自分の身を守ることに集中できる。

 これは、かなり順調なんじゃないだろうか――などと、フラトが思ってしまったからなのかどうかはわからないが、

「えっ、きゃぁあああああああああああっ」

 突如としてナナメの悲鳴が響いた。

 エンカが咄嗟に振り返り、フラトは一瞬、前方からの何かしらの攻撃を警戒してから振り返った。

 そうして二人が振り返ったときには、ナナメの立っていた場所の床が跳ね上がっており、ナナメ自身は勢いよく上空に飛ばされていた。

 すぐさまトウロウが自分の足下に魔術を展開して、ナナメを追うように跳び上がる。

「は? 何だあれ?」

 いつの間に現れたのか――飛ばされたナナメの更に上方。

 鋭い棘が大量に突き出た巨岩が落下してきていた。

 あれは――間に合わない。

 トウロウの跳躍は、空中でナナメに追いつき、抱え、一緒に落下してくる為のものであり、ナナメを飛び越して更にその先の巨岩を迎え撃つ為のものではない。

 多分それをエンカも瞬時に理解したのだろう――即座にエンカも跳び上がりながら抜剣していた。

「はやっ!」

 トウロウがナナメに追いつく前に追い越していた。

 あっという間に巨岩に接近したエンカは剣を振り回し、刃ではなくその腹の部分で、落下軌道をずらすように、思い切り殴りつけた。

 そんなエンカの少し下では、トウロウがナナメを無事にキャッチ。

 一先ずの危機を脱したのを確認したフラトは、その視線を足下に向ける。

「まあ、そうくるよな」

 視覚の錯覚やらなんやら、小賢しく嫌らしい罠を発動させてきたこれまでを思えば、素直にこれで終了にはならないんじゃないだろうか、なんて思ったら――案の定。

 ナナメを跳ね上げた筈の床は、穴になっていた。

 底の見えない真っ暗な穴。

 エンカは兎も角、トウロウとナナメの二人は、そのまま真っ直ぐ落下して来たら落ちるだろう。

 そのことを知らせようとフラトが再び視線を上げようとすると、

「わっ、びっくりしたな」

 何故か二人に先んじてエンカがフラトの隣に着地した。

 しかも。

「上の二人よろしく」

「は? おい何で僕の腕掴んで、いや、待て待て待て待てってああああああああああっ!」

 力任せに、未だ上空にいる二人のところへぶん投げられた。

「魔術『人間砲弾』」

 最早ぶん投げた後に言ってるし、魔術でも何でもねえじゃねえか、という叫びは飲み込んで、フラトは舌を噛まないように口を閉じ、接近したナナメとトウロウの身体に自分の手を添えた。

「あ? 何だ? どうしてお前まで来た?」

 疑問を口にするトウロウに、

「お二人の直下、床が陥没して底の見えない穴になってます。なので、このまま押して落下位置をずらします」

「了解」

 フラトは、自分が飛ばされた勢いに二人を優しく巻き込んで、押すように位置をずらした。

「着地は任せました。というか、助けて下さい」

「はあ? …………ち、しょうがねえ」

 渋々といった雰囲気を全開で出してきたが、トウロウはちゃんと、魔術を使用してフラトも一緒に、ふんわりと着地させてくれたのだった。

 フラトは身体を起こしてすぐに、穴を隔てた向こう側――睨みつけるような視線をエンカに向けたのだが、何故かピースサインが返ってきた。

 意味がわからない。

「こんなものまであったんですね」

 穴を覗き込みながら興味深そうにナナメが言い、その傍らでは、トウロウがエンカの方に視線を向けて問う。

「なあ崩城の、今合図なかったけど、罠起動の感知はあったか?」

「いや」

 エンカは首を横に振った。

「少なくとも私は何も感じなかったね」

「しかも、前を歩く二人じゃなく、その後ろが罠に掛かったってことは、ごく狭い範囲設定で、床を踏むと起動するタイプの、魔術を用いない、或いは物理的な起動が先行して何かしらの罠用魔術が連鎖する罠だったってことになる。罠が作動したかどうかすら感知できないとなると、これから一層の警戒が必要になってきたわけだ」

 嫌がらせが止まらねえな、と最後にトウロウは吐き捨てるように言った。

「はいはい」

 とエンカは手を叩き、

「どうせ進まないといけないんだから、愚痴ってないで行くよー」

 軽々と穴を跳び越えてきて、フラト達の脇を通り過ぎ、通路を進む。

 フラト達もそれに続くのだが、

「どうすんだ、これ」

 目の前で行く手を阻む棘付きの巨岩を見上げる。

「いやどうするも何も、ご丁寧にこんな足場まで用意してくれてんだから、こうするでしょ」

 そう言ってエンカは、棘を連続で踏み台にして、これまた軽々と跳び上がっていった。

「あの、ホウツキさんはどうされますか?」

 自身の足下に小さな気流の渦を発生させたナナメが、気を遣って訊いてくれるのだが、

「今回は大丈夫です。ありがとうございます」

 ナナメに言ってから、別に遠慮しているわけではないというのを示すように、棘に足と手を掛け、フラトも身軽に跳ねるように昇っていく。

 頂上に達するまではフラトの方が速かったが、棘を伝って降りるフラトに対して、棘を全く利用せずにただ落下して最後に気流の魔術によってふわりと着地したナナメとトウロウの方が結果的に速く乗り越えた形となった。

 因みに一番速かったのは勿論エンカだった。

「それで崩城の、進むしかないのはわかっているが、物理的な感知で作動する罠に対して、何の対策もしないのはナンセンスだぞ。何か考えてるのか?」

 陣形を再構築して進みつつ、最後尾からトウロウがエンカに言う。

「まあないわけじゃないよ」

 言いながらエンカは、しゃら、と抜剣し、突き当りを曲がったところで足を止めた。

「どうするつもりだ?」

「魔術的ではない物理的な罠に関して言えば、結局のところ一定の圧力、衝撃が加われば起動する仕掛けになってるってことでしょ。壁は触らなきゃいいだけだとして、あと残るは床だよね。だからこれに魔力を纏わせて通路の幅いっぱい、更に突き当りまで刀身を大きく伸ばして思いっきり床を叩けば、取り敢えず物理的な罠は誘発できるでしょ」

「確かにそうだとは思いますが、その方法、とんでもない魔力量が要求されませんか?」

 心配そうにナナメがトバクを見上げて言う。

 そりゃあ、通路はここだけじゃない。柱一つ見つけるのにも、いくつもの通路を通り過ぎてきたのだ。

 これから行く通路全てに、その作戦を実行すると言うなら、心配するのも当然だろう。

「確かに魔力効率は度外視の力業だけど、休憩を多めに取って、食事なりで回復していけば、多分できないことはないでしょ」

「それは、そうかもしれませんが…………」

 何かを言いたそうにするナナメの代わり――になるかどうかはわからないが、フラトはすっと手を上げた。

「はい、ホウツキ」

「突発的な罠とかに関してはしょうがないにしても、正直戦闘力としての要であるトバクの無茶な消耗は避けたい」

 ちらっとナナメの方に視線を向けると、力強く頷いていた。

「じゃあ、どうするのさ?」

「試してみたいことがあるから、先にそっちやってみたいんだけど、どう?」

「いいじゃん。やってみようよ」

「よっしゃ」

 早速フラトは亜空間収納を起動し、モヤの中から取り出すものを、自分の立ち位置や引っ張り出す方向を調整しながら、どごん、と床の上に落とした。

「丸太ですか」

「丸太か」

「丸太じゃん」

 そう、丸太。

 椅子としてこれまで使ってきたものとはまた違い、今回取り出した丸太は長く、床に転がりきらずに片方が壁に引っ掛かっていた。

「ここまで天井が低くなった細工はあったけど、通路の幅は変わらなかったように見えたからさ――トバクちょっとこの端っこの部分だけ少し斬り落としてくれないか?」

「はいよー。ここら辺、かなっ!」

 気楽に返事をしながらエンカが剣を振り下ろす。

 すっぱりと切断され、長さが調整された丸太が丁度通路の幅いっぱいで、横に転がった。

 斬り落とされた短い方の丸太は、素早くフラトによって亜空間収納にしまわれた。

「床を踏むことで発動するようなトラップに関しては、先にこれを、ザラメさんの気流操作の魔術とかで転がすように打ち出してもらったら、誘発できるんじゃないか?」

「成程ねえー、丸太かー。それは思い付かなかったわ。丸太めっちゃ便利じゃん」

 んじゃよろしく、とエンカが振り返ってトウロウに言うと、トウロウはあからさまに、面倒臭そうに溜息を吐きながら前に出てきてしゃがんだ。

「ったく、ただ飛ばすだけじゃなくて転がさないといけないんだろ? 調整面倒臭いなあ」

「まあ、一気に通路の向こうまで行かなくても、途中まで進んでそこからまた転がせばいいわけですし、そこは魔術の出力とかやりやすさとか、上手く魔力を節約出来るやり方でお願いします」

「簡単に言ってくれるねえ」

 フラトの方を見てトウロウが目を細めると、

「お? 何々、もしかして自信ない? 私がやろうか?」

「ちっ」

 エンカのあからさまな煽りに、トウロウは舌打ちだけ返して丸太に手を添え――魔術発動。

「おお」

 勢いよく転がった丸太が、ごろごろと轟音を撒き散らしながら通路の奥まで転がっていって、突き当りにぶつかった。

 丸太が転がった道中には――穴が二つと、無数の槍のようなものが床から突き出していた。

「これ、あんまりゆっくりやると、途中の罠で丸太が持ってかれてしまいますね」

「だから、難しいって言ったんだよ」

 やってみてようやく気付いた、とばかりにフラトが言うと、トウロウが皮肉気に返した。

 想像力が足りなかった、と素直に反省するフラトの隣で、

「丸太ってこんなに便利だったんですねえ」

 ナナメが感心したように言うが、

「持ち運べればな」

 トウロウが呆れたように釘を差した。

 至極正論である。正論ばっかり言う男である。

「ともあれ、魔力消費はどんなもんですかザラメさん」

「まあ、心配されるほどじゃないな。これくらいならそこそこ雑に撃てるから、適当に休憩と食事でも挟めば、あまり時間も掛けずに回復できる程度って感じ」

「やればできるじゃん」

「うるせえ、崩城」

「くくく」

 そうして四人は穴を跳び越え、槍を避けて通路を進もうとしたところで――

「うわっ」

「おおっ」

 急に横から突き出してきた、これまた槍の先端を、エンカとフラトは慌てたように躱し、躱し、躱して――アクロバティックに奇妙な動きをしながら、そのまま通路の終わりまで進むことになったのだった。

「そりゃ、人の持つ魔力に反応するのか、中空に別のセンサーが張ってあるのかは知らねえが、丸太で処理しきれない横の壁にも罠はあるだろうよ」

 ちゃっかり、トウロウは自分とナナメを気流の魔術で半球状に包みながら、そんなことを言った。

 そのまま、横から突き出したままの槍をばきばき破壊しつつ、ゆっくりと通路の突き当りに到着。

「しっかりしろよ崩城の。つっても、流石にそろそろ集中力も落ちるか。次の柱がある空間が早々に見つかるか、それが出来なくても、限界を自覚する前に、軽い休憩は取っておこうぜ」

 魔術を解除したトウロウが珍しくこの先の方針を提案し、

「だねー」

 エンカもそれに頷いていた。

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