第三十話
矢の射出された通路を過ぎ、曲がって次の通路に進むと――天井の高さも、壁の色も、元に戻っていた。
進む布陣は再び前に二人、後ろに二人。
「トバク、確認なんだけど、予め罠があるかどうかはわからないってことでいいんだよな?」
「そう考えてもらった方がいいね。さっきの罠に関して言えば、罠の起動の瞬間? っていうかその直前かな、罠起動の引金になる『侵入者感知』に魔術が使われてるっぽくてさ、それは感じられたんだけど、結局感知されたんじゃ罠は起動しちゃうからね、罠自体を避けて進むってのは無理そう。まあ、強いて言うなら、罠が起動するかどうかはわかるから、この先も同じ要領なのであれば、私の方で感知できた瞬間声に出して三人に知らせて、それぞれで臨機応変に対応って形になるかな」
「成程…………。僕達はその一瞬を逃さないように、ずっと気を張りながら進まないといけないわけだな。…………さっきザラメさんが言ってた、狂えた方がまだましかもしれない、って言葉、ちょっとわかったわ」
少しげんなりしたようにフラトが言うと、
「けれど、罠というのは本来そういう側面が強いですよね」
声を抑えてエンカと会話をしていたわけではなかったからか、後ろからナナメの声が聞こえた。
「それ自体で、一撃で相手を仕留めるというよりは相手の足を奪ったり、あるいは遅くしたり、混乱させたり、惑わせたり――そういう使い方こそ『罠』というものの真骨頂であって、致命傷は与えられればラッキー、くらいのものなんじゃないでしょうか」
「確かに。仕留めることを考えるよりも、そういった使い方を前提にした方が、罠そのものの幅も格段に増えそうですしね。足を止めたり攪乱させることが出来れば、その次の一撃でこそ、致命傷を与える可能性も高まったりするでしょうし」
罠が連続で作動するにしろ、罠を設置した者が出てくるにしろ、とフラト。
「もしくは、いくつもの罠を張り巡らせることで、一つ一つは問題なく切り抜けられるとしても、相手の疲労を溜め、ストレスを溜め、正常な判断を奪うことでいつかは傷を負わせ、弱らせ、死に至らせるという圧倒的数の暴力に物を言わせるとかですかね。まあそれをする為には、罠を張り巡らせた場所から相手が逃げられないようにする状況を作る必要がありますが、そういう意味でも、この遺跡という場所はうってつけですよね」
「ここみたいに侵入した途端出入口塞がれたんじゃ進むしかないし、そうじゃなくても、遺跡って場所のロマンに衝き動かされて、進んじゃうんですかね」
「ししし、そうだねえ」
ロマン、という言葉に反応してか、エンカが楽しそうに笑う。
何度か死に掛けてすらいるのに、ここまで来ても心底から嬉しそうに、楽しそうにまだ笑えるその精神性は、矢張り凄いなあと思うフラトだった。
この場に限っては、見習うべき在り方だろう。
「この遺跡の創造主からすれば、根幹に関わるような大きな仕掛けの『鍵』を晒してしまっているわけですし、ここまで来た人達がそれに気付いていない筈がないという前提で、それでも何か仕掛けるとするなら、矢張り先程の罠のような、矢にも通路にも絡繰りを施すような細かな細工を、色々と重ねていくしかないというのはあるんじゃないでしょうか」
「ここまで来れると『1』から『10』の数字ってのは、私達には予め見えてる大きなヒントだけど、遺跡側、遺跡の創造主からすればもう縛りみたいなもんだもんねー。そりゃあ、周りにうざい罠を並べたくもなるか」
とは言え。
ヒントが見えている有利がこちら側にあるとは言え、である。
そのうざい罠のせいで慎重さを強いられ、時間を使わされる。
付け焼刃の、やけっぱちの、適当な罠設置などではなく、嫌がらせとしてしっかり考えられている感じがする。
甘く見れば冗談じゃなく、命を落とすだろう。
まだ食糧はフラトの亜空間収納の中にあるし、恐らくエンカの亜空間収納の中にもある。餓死どうこうの心配はない筈だが、矢張り時間を取られてしまうのは、この遺跡そのもののリセット機能を危惧している四人にとっては、焦りの要因となる。
その焦りのせいで判断力が鈍ったり、知らない内に体力を消耗させられていて、咄嗟に身体が動かなかったりといった危険性にも繋がる。
まあそういう、最悪の想定をしていることそのものが精神の摩耗にも繋がるのだが、これは考えておかねばなるまい。
と。
つらつらそんなことを考えつつも、警戒して通路を進む四人は、先程矢が射出された通路からもう三回は突き当たりを曲がって、曲がって、曲がって、四つ目の通路を進んでいるところだった。
その半ばに差し掛かったところで、
「っ、来るよ!」
エンカが大きく声を上げ――直後。
通路の両側、頭を越えるほどの高さまでびっしりと小さな穴が大量に開いた。
「――っ」
フラトは直感的に、そんな無数の、しかも超至近距離からの攻撃を防ぐ術は自分にはないと判断し、咄嗟に、その場で大きく跳び上がっていた。
それと同時、開いた両側の穴から棘の弾丸が射出された。
「…………」
フラトの足下――その場に留まったエンカは、両手を左右に突き出し、自身を覆う範囲で、薄っすらと赤みを帯びた光の壁のようなものを展開し、飛来する弾丸を防いで床に落としていた。
あれが、魔力による障壁、というものなのだろう。
全く問題なさそうなエンカから視線を外し、ちらりと後方の二人を気に掛けようとした、そのときだった。
跳躍して上方にいるフラトの両側にも、新しく無数の穴が開いた。
「っ!? まじかっ」
素早く足と腰のベルトからそれぞれナイフを引き抜き、致命傷を与え得るであろう弾丸だけでも防ぐほかない。出来る出来ないではなく、それ以外にない――そう思って、ナイフに手を伸ばしたところで、
「ホウツキさん動かないで!」
すぐ後ろからナナメの叫ぶような声が聞こえ、びくり、とフラトはその声に従って、自身の身体を筋肉で締め付けて無理矢理硬直させた。
同時。
フラトを囲うように強烈な気流の流れが生まれ、射出された棘の弾丸を全て弾いていた。下からの強烈な気流の吹き上げもあり、フラトはそのままふんわりと、床に降ろされた。
「タナさん」
振り返ると、ナナメとトウロウにも傷は見当たらず、二人の周囲には弾かれたであろう棘の弾丸が散乱している。
「助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。これくらいでしたらどうということも」
「いや、やったの俺だけどな」
隣で我がことの様に言うナナメに、半目を向けながらトウロウが言うのだった。
「ありがとうございました」
「いいさ。大した労力じゃない」
フラトが改めてお礼を言うと、ふりふり、と魔術行使の為だろう突き出していた左手を振りながら、本当に何でもないことの様にトウロウは言う。
わざわざ自分がやったことを主張したくせに。
さては格好付けなのだろうか、この男。
「それではトバクさん」
「ん?」
「トバクさんももっとこちらに寄って、四人で固まりましょう」
どういうことなのか、と不思議そうな顔をするエンカだったが、言われた通りに身を寄せてきた。
「では、ザラメお願いしますね」
「はいはい」
怠そうに返事をしながらも、四人を包むように半球状に、可視化されるほどの気流が生まれた。
「跳び上がったホウツキさんすら逃そうとしなかったこの罠は、きっと、前に飛び込むようにして避けていたとしても、そこで棘の弾丸が射出されていたでしょうし、このままこの通路は進んで行きましょう」
果たして。
ナナメの言った通り、進むごとに際限なく両側の壁に小さな穴が開き、棘の弾丸が射出された。
それを、半球状の気流が弾き、防ぐ。
一つたりとて通すことなく。
「これ、めちゃめちゃ便利ですね」
感心したようにフラトが言うのだが、
「便利は便利ですが、それも状況によりけりですね」
魔術の発動に専念しているトウロウの代わりとばかりに、ナナメが言う。
いや、ナナメの場合はただ魔術について語りたいだけかもしれないが。
「そうなんですか?」
「こんなに四人で固まって歩みを遅くしていただいているのも、この魔術、展開座標の指定がマニュアルだからなんですよ」
「ザラメさんが、僕等の進みに合わせて動かしているということでしょうか?」
「です。魔術陣に座標指定の為の魔術記号も組み込めないことはないんですが、ただその場合って、基本的には自分を中心とした座標に指定するわけで、範囲も余計な魔力消費を抑える為に自分一人を覆うくらいのものです。だからこうして、臨機応変に大きさを自分で指定し、それを維持しながら常に座標を変え続けているわけですが、魔術陣の中にシステム的に組み込んでいないので、コントロールがかなり難しく、結果的にこれだけ遅い速度でしか移動できないんです」
「聞く限り、滅茶苦茶繊細な作業が必要そうですね」
「はい。それに、あの棘の弾丸を弾くには濃密な気流の流れが必要なんですが、見てわかる通り、その気流のせいで向こう側の視界が歪みます。目を使っての周囲の状況把握が疎かになってしまいますし、あまり長い時間この中にいたら酸欠で倒れます」
「成程なあ…………あれ?」
とナナメの説明を聞いていたフラトが首を傾げる。
「そうなると、先程、僕が跳び上がっていたときお二人は、この魔術で身を守っていたわけではないということですよね。もしそうしていたら、僕を守ることもできなかったでしょうし」
「あのときは、トバクさんがそうしたように、私が左右に気流の壁のようなものを作って自分達を守り、その間にザラメがホウツキさんの周囲を魔術で防御。加えて、衝撃緩和の気流魔術でゆっくりと下ろしたんです」
私では、その二つの同時使用は――空中に浮いている人の落下を考慮しながらの、細かい展開は出来ませんので、とナナメは気恥ずかしそうに言った。
しかしその隣でトウロウが、
「人の魔術をぺらぺらと解説すんなっつの」
淡白に言うのだが。
「これを見せているのですから、一方向の、面で形成する気流障壁のことくらいはもう今更じゃないですか。それに、これからも続く罠を防いだりするに、自分達の出来ることをある程度示しておくのは必要なことだと思いますよ。まったく、細かいことでぐちぐちと、狭量ですねえ」
「…………ち」
と、最もなナナメの言葉に反論出来なかったトウロウは、小さく舌打ちだけを残した。
そんなやり取りでもまあ、二人の間に気まずい雰囲気はなく、寧ろナナメはトウロウの反応を見てにこにこしているくらいなので、よくこういうやり取りをしているのだろうなあという、小慣れた感じが伝わってきた。
「こうまで四方の視界が塞がれてしまうと確かに、戦闘中などに展開してしまうと、解除のタイミングが難しそうですね」
「これだけなら、そうですね」
「…………」
含みのある言い方だった。
しかし考えてみれば、誰でもわかるようなそんな弱点に、何の対策もしないまま運用するはずもないか。
「あと、当たり前ですが、この内側から外側への攻撃も通りませんし、なんならぶつかっただけでダメージを喰らいますので注意して下さい」
繊細な操作が必要な上、注意点も多い。
相当な技術の上に確立された利便性ということだ。
「軽々に『便利』なんて言葉で済ませていいものじゃなかったですね、すみません」
「いえいえ、ただ万能ではないという話です。謝って頂くほどのことじゃないですよ。ねえザラメ」
ちらっとナナメがトウロウの方に視線を向けると、トウロウはナナメを一瞥だけして再び正面を睨みつけるように見据えた。
「ほら、ザラメもそんな気にしてませんし」
「ほら、と言われても、今のでそんなの全くわかりませんでしたが」
「そうですか?」
本気で不思議そうに問い返されてしまった。
なんならフラトには、少し不機嫌そうに睨みつけられたようにも、見えなくはなかったのだが…………。
「それに――便利に使う為にこういう魔術陣を組んで、ある程度はその場で自分で制御できるようにしたわけですし、その魔術を『便利』だと思ってもらえるくらいに扱えているのは、本人にとっても嬉しいでしょうから。だから、謝る必要はないんです。ねえ?」
ナナメが最後の言葉を掛けながらトウロウの方を見たが、今度は一瞥すらされなかった。
トウロウのそんな態度に、ナナメは可笑しそうに微笑む。
とまあ。
そんな風にお喋りをしている内に、棘の弾丸が射出される通路の突き当りに到着。
もう襲い来る弾丸がないことを確認してからトウロウが魔術を解除すると、最後にふわっと柔らかな風を残して、半球状に渦巻いていた気流が消え、トウロウが小さく息を吐き出した。
「うわあ…………」
振り返ると、四人が進んだ通路の真ん中だけを除き、弾かれた棘の弾丸が両端を埋め尽くしていた。
結局、通路の半ばから最後の最後まで棘の弾丸は射出し続けられたということだ。物量作戦にもほどがある。
恐らくこの感じだと、一旦罠が起動した後は、あの場から引き返しても、そちら側で棘の弾丸が射出されたことだろう。
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