第二十話
「うおわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
とんでもない速度で斜め上方にエンカの身体が発射された。
真っ直ぐ――振り下ろされる刃に向かって。
「あああああああああああああありゃあああああああああっ!」
気合の咆哮を上げ、身体全体を捻りながら振り回した剣で、高速で振り下ろされる甲冑の剣を横からぶっ叩く。
自身もかなりの速度で吹き飛ばされている最中にそんな神業のような芸当をしてみせ、自分の軌道をずらすことに成功したエンカは、身体を縦に両断される未来をすんでのところで回避。
結果として甲冑の剣の軌道も僅かにずれ、フラトとナナメのすぐ脇に落ちた。
エンカの身体は勢い衰えずにまだ吹っ飛び続ける。
「っ! んが、あああああああぁ!」
吠えながら強引に姿勢を制御するエンカは、伸びた腕を引き戻し、剣を構え直す。
甲冑は、甲冑の腕は――既にエンカの剣の間合いにないし、更にどんどん遠ざかっていく。
今から間合いを詰め直そうと思えば、その間に甲冑も仕切り直すだろう。
もう――真正面からあの剣を受けて尚且つ、更にそこから攻撃の為に詰める余力は残っていない。
ならば――。
エンカの剣に纏わり付いた赤い光が渦を巻き、剣先から立ち昇る。
届かないのならば――伸ばせばいい。
立ち昇った光は、さながらエンカの持つ剣の刀身を伸ばしたような形を成した。
灼灼と焼け付くような輝きを放つ長剣が、
「っりゃあぁっ!」
気合と共に振るわれ、甲冑の最後の腕を斬り飛ばした。
●
甲冑の剣が振り下ろされる直前――エンカがナナメにより射出された直後。
力なく床に転がるナナメの下に駆け寄ったフラトは、彼女の身体を抱きしめるように抱え、横っ飛びに転がった。
がずん、と重苦しい音を立てて剣が床を打ち付けるのを傍らに、
「ホウツキさん、これ…………」
ナナメがふり絞るような声を漏らし、床に向けられた左手の先には小さな気流の渦が生み出されていた。
瞬時に意味を察したフラトはナナメを抱えたままそれを踏みつけ、円内から離脱。
「っと」
そもそもの出力が小さかった為か、ぎりぎりで円際に着地。
床に座り込んだままのトウロウの傍にナナメを降ろす。
「ホウツキさん、トバクさんを…………」
「はい」
ぱっと見てナナメに外傷がないのだけを確認しつつ、フラトはすぐさま振り返ってエンカを探した。
と――丁度。
「っりゃあぁっ!」
彼女が甲冑の最後の腕を、真っ赤に伸びた魔力の刀身でぶった斬ったところだった。
その後も勢いを止めずに吹っ飛んで行くエンカを追ってフラトは駈け出す。
これだけ広い空間で、流石に壁に激突なんてことはないだろう。
その前に自然落下する。
ただ――心なしかエンカがぐったりしているように見えるのが問題だった。
まあ身体が思うように動かなくなるほどのダメージを貯め込み、その上で甲冑の最後の腕を斬り飛ばす為にあれだけの攻撃を放ったのだから、満身創痍でもおかしくはないのだが。
あの高度、あの速度で受け身も取らずに落下すればただじゃ済まない。
「トバク!」
叫んでみるが、反応はない。
「くそっ」
懸命に後を追うフラトだが、勢いを付けられるような障害物があるならまだしも、こうもだだっ広い場所をただ走るだけでは、吹っ飛んでいくエンカには追いつけそうもない。
というか、徐々に距離が離されているようですらある。
手を伸ばせど届くはずもなく、その手を届ける為の魔術もフラトにはない。
ナナメもトウロウも、十分過ぎるくらいに出来ることを十全に全うし、今は後方で身体を休めている。
便利な魔術による補助は期待できない。
追いつけないとなると、あとは勢いが弱まった落下中にどれだけ距離を詰められるかどうか、いや。
詰めるだけじゃ駄目なのだ、床に衝突する前に受け止めなければ。
受け身が取れそうもない彼女が、致命的な怪我を負わないよう――フラトはもうごちゃごちゃ考えるのを止めて、あとはひたすらに足を動かし続けようと、そう思ったときだった。
しゅっ、と。
「?」
乾いた音と共に、頭上から一本の太い糸が真っ直ぐに伸びていくのを見た。
そういえば、と蜘蛛がそこにいたことを今更のように思い出す。
物凄い速さでぐんぐんエンカに接近した糸はあっという間に足首を絡め取った。
「捕まえた……………………けどお前、どうす――」
どうすんだ、とは最後まで声にならなかった。
エンカの飛行速度が急激に落ちた。
恐らく、蜘蛛がエンカに絡みつけた糸を引っ張っているからなのだろうが。
「お前っ、おいおいおい…………ちょっと待て」
フラトの考えでは――緩やかに速度を落としつつ落下してくるエンカにどうにか間に合えば、というものだったのに。
エンカの身体は斜め後方から強烈に引っ張られることで、綺麗な弧を描きつつ急激な落下を始めていた。
最早、追いつくのは絶望的。
フラトの視線の先でエンカの身体は――あっという間に床に激突した。
それはもう見事なまでに。
「馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿垂れっ」
蜘蛛に対して文句を垂れ流しつつ、フラトは事故現場に到着。
エンカが床に突っ伏して身じろぎ一つしない。
一応というかなんというか――蜘蛛が最近いつもご飯を食べるときに肉の下に敷いているような、糸で作成したマットがエンカの身体の下に敷かれてはいるが。
こんなものであの高度からの落下の衝撃を緩和できるものなのだろうか。
「あのー、トバクさーん」
恐る恐る声を掛けてみると、ぐぐ、と僅かにエンカの首が動いた。
うわあ、とフラトが顔をしかめる。
ホラーである。
やっちまった。
生きていた安堵感よりも、やらかした罪悪感の方が強い。
どうにか横顔を見せたエンカの口が動く。
「よく――やって、くれたね」
と残して、今度こそ彼女の身体中から力が抜け、意識が途切れた。
「えっ」
ちょっと。
待て。
何それ。
フラトの後方では甲冑の身体そのものが光の粒子になって消えていこうとしているが、そんなものはまるで気にならない。
いや――エンカの身体は、最後の甲冑の腕を切断してすぐに、勢いのままに円外に吹っ飛んでしまったので、下手をしたらリセットされてしまうんじゃないかという危機感が脳裏にあったのだが、腕を切断した時点で仕掛けが解除されたという判定になるのか、再生することはなく安心、そうして消えていく様は大変喜ばしいのだが、目の前に生まれた新たな危機にそれどころじゃないというかなんというか。
気が気じゃない。
困惑する。混乱する。
惑って乱れる。
言葉通り『よくやってくれた』ならそれはまあ高確率で誉め言葉だろう。
いやフラトが褒められる謂われはないので、エンカからその言葉を送られる人物がいるとしたら、それはナナメに他ならないのだが、もし。
もしも。
若干くぐもっていたエンカの言葉をフラトが聞き取り切れていなかったとしたら。
彼女が言ったのは『よくやってくれた』ではなく『よく『も』やってくれた』だったら。
間違いなくそれはフラトに向けて発された言葉だ。
呪いと言ってもいい。
正確には頭の上の蜘蛛がやりやがったのだが、そんなのは関係ないだろう。
連帯責任なのか、監督不行き届きなのか――なんにしろ、責められるのはフラトに違いない。
ここから先の遺跡攻略には勿論彼女の存在が必須だが。
ちょっと、起きないでくれと思うフラトだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます