第十六話

「順番、変わってるんだって!」

 甲冑の放つ横薙ぎの払いをわざと受け、その勢いのままに大きく後退しながらエンカが叫んだ。

「今、二本目に斬り飛ばした手が持ってた剣の石突、そこに描かれてた数字が『5』だったんだよ!」

 それを聞いて咄嗟にフラトが隣を見ると、ナナメは自分のメモ帳に視線を落として、

「今トバクさんが二本目に斬り飛ばした腕は『2』だったはずです。メモした中の数字にもダブりはありません」

 言いながら、フラトにもそのメモ帳を寄越してきたので確認したが、ナナメの言う通り、フラト達側の聞き間違い、或いはエンカの言い間違いという線はほぼほぼないと見ていい。

「…………これは」

 無駄になった。

 多分誰もが思っているが、どうしても言葉には出せない。

 エンカが体力と精神を削り、時間を掛けて確認してくれたのに――水泡に帰した。

 これは恐らく――一本斬り飛ばす度に、残った石突の数字がランダムで入れ代わる仕掛けなのだろう。

「…………ふぅ」

 短く息を吐き出し、切り替える。

 絶望なんて、している暇はない。

 さて、じゃあ、どうする?

 考えろ。

 こんな状況でも円から出てくる気配のないエンカを一旦呼び戻すか?

 しかし、エンカの表情は死んでないどころか、寧ろ滾っているというか、怖い顔で笑ったままである。

 やっと楽しくなってきたとでも言わんばかりに。

 あんな表情を浮かべて戦闘をしているエンカを呼び戻したりすれば、不機嫌に殴られそうだし、なんなら呼び戻しの声自体を無視される可能性も高い。

 実際、仕切り直すと言ってもどう仕切り直すのか。新しい案なんてぱっと思い付かないし、今のエンカの集中力を途切れさせてしまうのも避けたい。

 怖い笑顔どうこうはさて置き、あれだけの集中力、一度途切れさせてまたすぐに発揮できるのかどうか…………。

 結局、エンカが最初に言っていた方法――最初に全てを覚える方法はもう使えないので、都度都度、確認作業を挟んでから斬り飛ばしていくしかないのだろうか。

 そんな作戦とも呼べない行き当たりばったりの方法で…………。

 腕が減っていけば確認する作業自体が楽になるとはいえ、一本減らすのさえ一苦労である。

 おまけに、ランダム要素のせいで確認中に先の数字を覚えるような『欲張り』さえ許されない。

 …………或いは。

 エンカのごり押しだけで不安なのであれば――或いは。

 フラトが円内に飛び込んで加勢するのはどうか。

 正直出会って間もないし、しかもフラトはエンカの目の前でほとんど戦闘らしい戦闘をしていない。これで連携が取れるのかと言えば、かなり難しいだろう。

 石突を確認できるかもしれない目が増えるメリットよりも、甲冑からの攻撃やフェイントが複雑化してしまうデメリットの方が大きいと言える。

 さっきエンカが言った通り、邪魔するだけになってしまう。

「……………………」

 ぐるぐる。

 ぐるぐるぐるぐる。

 思考が巡る。とめどなく、決定的な何かをもたらすでもなく湧いては消えていく。

 不確定要素、不安要素が多過ぎる。

 焦りと不安が募る、そんなフラトの隣から――

「私が見ます」

 決意のこもった声が聞こえた。

「タナさん…………?」

 隣を見ると、ナナメは眼鏡の弦の部分をきっちり抑えながら一度ぎゅっと目を瞑り、

「すぅ、はあ」

 自身を落ち着かせるような深呼吸を一回。

 瞼を上げ、真っ直ぐに甲冑の方を睨みつけるようにしながら、言う。

「視たら、順番通りに腕の数字を声に出します。ただ、流石にトバクさんに大きな声で伝えるだけの余裕はないので、代わりに伝えてもらえますか?」

「え、ああ…………それは勿論、いいですけど……………………視るって一体」

 未だ困惑したままのフラトには取り合わず、では、とナナメ。

「『5』です」

「っ…………トバク、『5』!」

 果たして何が何やら。

 わけがわからないが、それでもナナメが本気なのは伝わってきた。

 だから信じて、フラトは彼女の言った数字をそのままエンカに叫んだ。

「は!?」

 当然、エンカだってわけはわからない。

 円の外からじゃあ、どれだけ目が良くても、石突の部分に描いてある数字なんてとてもじゃないが確認できない筈である。

 だからこそ、エンカが確認してナナメがメモを取るという回りくどいやり方を、しかしそれこそが最も効率が良いと思ってやったのだ。

「最初に斬り飛ばす腕! 『5』!」

 だからってフラトには説明のしようがない。

 兎に角、信じろ、と念じながらもう一度叫んだ。

「了解!」

 今度は一転して気持ちのいい声が返ってきた。

 エンカも――状況がわからずとも、ここは飲み込むのが得策だと理解したのだろう。

 ははっ、と短く笑い声まで上げて、このわけのわからなさを更に楽しむようにエンカは一気に甲冑の懐に飛び込み、回り込んで、腕を斬り飛ばした。

「おぉ! 本当に合ってるじゃん! 次は!?」

 そんなエンカからの声に、食い気味に被せるようにフラトの隣からは、

「『3』です」

 ナナメの声。

「『3』!」

 フラトが叫んで伝えると、エンカは甲冑の剣を弾き、横薙ぎの一閃を屈んで避け、超低姿勢のまま地面を蹴って前へ。

 正面からの突きには、自分の剣を当てて僅かに逸らし、そのまま刀身を滑らせるようにしつつ、強く踏み込んで大きく跳躍。

 すれ違い様に二本目の腕を斬り飛ばした。

「…………」

 固唾を飲む。

 これまで斬り飛ばせた腕は最大で二本。

 二本目を斬り飛ばした直後には、霧散するように散った光の粒子が甲冑の下へ戻って腕を再生させてしまった。

 ――だが。

「っし」

 消滅したまま再生されない腕を確認して、エンカは気合の入った声を上げながら甲冑の剣を受けて床を転がり、起き上がり様に身体をぐにゃんと逸らして追撃の刃を避け、バク転を二度、三度と繰り返してその場から離れた。

 そもそも。

 石突に描かれた数字の順番通りに斬り飛ばすのが、仕掛けを解く正解の方法なのかどうかも確定はしていなかったわけで、『1』の次が『2』ではない別の法則性が隠されていた可能性もなくはなかったのだが、ここまで確認できれば方法自体は間違っていなかったと言っていいだろう。

「次、『8』です」

「『8』!」

 ナナメからの言葉を繰り返して叫んで伝える。

 未だ二本。

 ようやく三本目への挑戦。

 まだ腕は、剣は、八本も残っている。

 まだまだ苛烈な連続攻撃がエンカを襲う。

 しかしそんな中を、エンカもエンカで苦しい顔一つ見せず、息を切らせているようでさえなく、流れるように甲冑の攻撃を受け、弾き、いなし、捌き、避けていた。

 戦闘時間が長引けば長引くほど、戦闘がそのまま経験として、情報として彼女の血肉になり溶け込んでいるかのように。

 エンカの動きは益々洗練されているように見える。

 灰赤い光を纏った剣を手に、流麗に戦う様は舞のようでさえあり、赤い軌跡を残して甲冑の腕が飛ぶ。

 思わず見惚れてしまいそうになるそんなエンカの動きが、ふと。

「あれ…………?」

 一瞬、ぶれたような気がした。

 僅かな違和感があったような…………。

 だが、そんなものを細かく分析している暇もなく、隣からナナメが番号を伝えてくる。

「『7』です」

「『7』!」

「っ!」

 エンカが横にステップして甲冑の振り下ろしを避け様、その剣の背に飛び乗り、伝って腕に飛び移り、駆け上がる。

 横からの突き刺しを飛び込むようにして避けつつ、甲冑の頭の脇を通り過ぎ、肩から背中側に落下しながら『7』の腕を切断。

 現在四本斬り飛ばすことに成功し、再生する様子はない。

 どのようにして、かはわからないがナナメはこの離れた円外から石突の小さな数字を的確に見極めている。

 眼鏡にでも秘密があるのだろうか? あれが魔具とか? 

 レンズ丸いし、割と可能性としてはあるのではないだろうか。

「…………」

 仕掛けの攻略中だというのに――考え始めてしまうと止まらなくなりそうな思考を、頭を振って無理矢理振り払う。

 それはナナメが時間を掛けて考え、編み出した彼女だけの魔術かもしれないのだ。

 ここまでおいそれと安易に使用してこなかったのも、出来るならば人前では使いたくないからかもしれない。

 人の魔術には言及してはならない――踏み込んではならない。

 彼女は敵ではないのだし、分析はいらない。

 フラトがその魔術をわからずとも、こうして着実に仕掛けは解除できているのだから。

 しかも、未だにエンカは傷一つ負っていないし息切れも見られない。

 そう。

 これは順調――の筈なのに。

「おい、おいおいおい…………」

 フラトの口から、思わず焦りのこもった声が漏れた。

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