第十七話

 違和感が、はっきり形となった。

 明らかに――甲冑の動きが速くなっている。

 単純に速度が増している。

 ぶんぶん振り回している腕と剣なんて顕著に。

 正面から対峙して戦闘を繰り広げているエンカには、もっと前の段階からその違いが感じられていただろう。

 恐らくだが、腕を一本斬り落とすごとに、甲冑の速度が上がる仕掛けまであるのだ。

 フラトがそれに気付けたのは、どちらかと言えば、エンカの動きに変化が現れたからだが…………そこに気付いて、甲冑の方も気にしてみれば――といった具合である。

 エンカは、これまで甲冑の剣を受けるにしても――弾いて別の剣にぶつける、受けた直後にいなして床を打ち付けさせ、その隙に一歩踏み込む――など、次に繋げる為の『受け』だったのに、ここにきて仕方なく、受けざるを得なくなっている攻撃が散見された。

 エンカの剣と甲冑の剣がぶつかるときの音も、心なしか大きく、重くなっているように聞こえる。

 そんな風に思う間にも、また――

「ちっ」

 甲冑の懐に詰めようとしたエンカが舌打ちをこぼし、素早く眼前に構えた剣に甲冑の剣を受けて、後方に吹き飛ばされていた。

 危なげなく円内で着地をしていたものの、思い通りに動けなくなってきている――いや、変化した甲冑の動きに合わせ切れていないのか。

 だが、それも裏を返せば、仕掛けの解除が順調であることの証ではある。

 順調だからこそ――甲冑はその猛攻を強めていると見るべきで、退いてやり直したところで何が変わるわけでもない。

 寧ろこちらの疲労が蓄積された状態で今更円外に退避し、状況が振出しに戻ってしまうことの方が絶望的である。

 加えて時間制限があるかもしれない危険性は、先程皆で共有した。

 確証はないし、検証は不可能。それが実際にあり、仮説通りであったら、起こるのは遺跡内部全体のリセットであり、即ち、全滅。

 だからエンカが退かないのは勿論、誰もエンカに『退け』なんて言えない。

 見守る以外にないのだ。

「『6』です!」

「『6』!」

 どこか先程までよりも力強さがこもったナナメの声を受けて、フラトも力強く、応援するように叫ぶ。

「はい、よっ…………」

 五本目の腕が飛ぶ。

 ――折り返し。

 こんな状況でもエンカの口角は楽し気に上がっているし、動き自体は更に磨き掛かってきているが、どこか先程までより鬼気迫るものも感じる。

 いや、鬼気迫るのは今更なのかという話でもあるが――ともかく、この危機的状況にあって、益々洗練されていっているように見えるのは、エンカらしいと言えばエンカらしい。

 崖っぷちで尚――鮮烈に、苛烈に。

 死と隣り合わせの舞台でこそきらきらと。

「『4』です!」

「『4』!」

「…………くっ」

 回避動作直後、眼前に迫った甲冑の突きを、自身の剣で受けるも弾かれ、僅かに体勢まで崩してしまったところへ振り下ろしの追い打ち。

「ちっ」

 エンカは無理に体勢を立て直さず、寧ろ崩れるままに身体を傾けながら左手を突き出した。

 指先に生まれた球体の魔力弾。

 それは発射されず、その場で小さな爆発を巻き起こし、エンカの身体を吹き飛ばすことで、強引に甲冑の攻撃を回避した。

 エンカは床に身体を打ち付けながらも勢いに乗って起き上がり、その足ですぐさま前へ駆ける。

 そんなエンカの進行を阻むように繰り出された、薙ぐような斬撃を飛び越えて躱し、まるでその行動を予測していたかのように迫りくる突きを、剣で横から叩くように打ち付けて逸らし、着地と同時に前に転がって甲冑の足下へ。

 そのまま背後に回り込んで、剣を振り上げ、腕を切断。

 エンカはすぐさま、再び股下に潜り込み、直上から振ってくる剣の突き刺しを回避した。

 紙一重。

 今の――直上からの突き刺しを避けたような動きなんて、完全に読みだっただろう。

「…………っ!」

 股を潜った先、そこでも脳天に降り注ぐ突きの嵐をステップで避けるエンカだが――血が舞った。

「っ」

「っ」

 フラトとナナメが同時に息を呑む。

 二人の視線の先――エンカはどうにか甲冑の間合いから離脱することに成功したものの、腕から血を流していた。

「…………」

 エンカは、甲冑の攻撃に注意を払いながらも、血の流れた左腕を確認。少し動かし、動作に支障がないことを確認して、

「うん」

 と頷いていた。

 よくよく見れば先程の爆発の衝撃なのか、他にも出血している部分は所々見られたが、幸いどれも深くはないらしい。

 フラト達が心配の視線を向ける中、エンカは左手をナナメの方へ伸ばし、くいくいと指先だけを曲げて見せた。

 次を早く教えろ、とばかりに。

「あ、すみません『10』です!」

「『10』!」

 フラトが叫んで伝えると、エンカは床を蹴って再び甲冑の間合いへと飛び込んでいく。

 既に六本の腕を落とし、残り四本。

 物理的な手数は減っているのに、攻撃の手数が全く衰えない――どころか、一本一本の速度が増し、可動域まで広がるせいか、変則的な動きが多くなり、フェイントも多彩になったように見える。

 寧ろ十本も腕があったのは甲冑にとっての拘束だったんじゃないかと疑うほど、エンカを相手にする甲冑が活き活きしているようにも見えてしまった。

 それ故に、先程よりも明らかにエンカは間合いを詰めづらくなっているし、詰めたら詰めたで甲冑からの一方的な攻撃時間が長引いてしまっている。

「っ…………よっ」

 薙ぎの斬撃を飛び越えるエンカ。

 宙に浮く彼女の胸目掛けて飛来する突きに剣を叩き付けて逸らしたが――。

「っ! …………がふっ!」

「トバク!」

 逸らした一撃目の後ろに控えていた二撃目の突きがエンカの腹を突き刺し、吹き飛ばした――ように見えた。

 地面を転がったエンカはその勢いのままに上手いこと立ち上がる。

 腹部に出血は――ない。

 ほっと安堵の吐息を吐き出すフラトとナナメ。

「っっっっっっっぶなかった!」

 エンカもエンカで自分のお腹を触ったり、腰に差した剣の鞘を確認したりしていた。

 咄嗟に左手で鞘を、突きの一点に合わせて腹の方へ引っ張ったらしい。

 正に九死に一生。

 というか普通死んでるだろそれ、と声を大にして言いたくなるレベルの奇跡。

 これまで利用する素振りすら見せなかった鞘を咄嗟に使ったのは、紛れもなく、彼女のこれまでの壮絶であっただろう戦闘経験の賜物に違いない。

「っつーか、さっきと同じコンビネーションだと思わせておいてからの、それをフェイントに、背後に二つ目の突き隠すとか、粋なことするじゃんか」

 死に掛けたくせに楽しそうに喋るエンカに、甲冑は答えない。

 間合いから距離を空ければ積極的な攻撃をしてこないのか、甲冑は構え直した状態で待っていた。

 エンカが突っ込んでくるのを。

「すぅ…………ふぅ。見える。見える。大丈夫。四本なら見える。追い切れる。大丈夫――っ」

 深呼吸を一つ、自分に言い聞かせるようにそう呟いたエンカが再び床を蹴る。

 向かってくる甲冑の剣を強引に斬り叩いて弾き飛ばし、別の剣へぶつける。

 甲冑の速度が増し変則的な攻撃も多くなったせいか、エンカが甲冑の剣を流麗に逸らしながらも、同時に間合いを詰めるような動きがあまり見られなくなった。

 踏ん張って弾き、或いはいなして、少しずつ。

 ある程度近付いてからは一歩、一歩、時には床を転がり確実に間合いを詰めていく。

「しっ!」

 回り込みながら短く息を吐き出して一閃。

 七本目の腕が根元から切り離され宙を舞う。

「『1』です!」

「『1』!」

「はいよっ!」

 そのまま更にもう一本――欲深くエンカがその視線で狙いを定めようとしたところで、距離を離そうとする甲冑からの猛攻が襲う。

「ちっ、やっぱ無理かぁー」

 悔しそうに漏らしながら、エンカは素早く身体を反転させ、斬撃と斬撃の僅かな隙間を掻い潜るように離脱。

 積極的に攻撃を仕掛けてこない間合いの外まで離れ、甲冑のことを睨みつけながら円を描くように、間合いの輪郭をなぞるように歩き、結局正面へと戻った。

 更に、剣を鞘に収め屈伸、伸脚までし始めた。

 何をするのかと思えば――

「あいつ、まじかよ…………」

 そう漏らすフラトの視線の先で、エンカは無手のまま、甲冑に向かって突っ込んだ。

 最早受けることも弾くこともいなすことも捨て、躱すことに全意識を集中。

 自殺特攻もかくやの突っ込みに見えたが、寧ろ相手のハチャメチャな攻撃に対して自身のすべきことを一つに絞ったのが良かったのか、皮膚が切れて少なからず血が舞ってはいたが、動きを大きく阻害するほどの損傷はなし。

 躱して、躱して、躱して、躱して、躱して――斬撃の雨を掻い潜り肉薄。

 甲冑の足を蹴り、肩を蹴り、頭を蹴って背後に飛び込みながら抜剣。

 同時――甲冑の八本目の腕を斬り飛ばした。

「『2』です!」

「『2』!」

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