第十五話

 円内に足を踏み入れたエンカは、これまでの様に勢い込んで突撃するでもなく、剣を手にゆったりと甲冑に向かって歩いて行った。

 人相手ではないからフェイントの類が無意味だという判断なのか。

 すたすたと、そのまま。

 一歩――甲冑の間合いに侵入。

 同時――エンカ目掛けて高速で振り下ろされる一撃。

 瞬後――僅かに体勢を低くして一息に加速したエンカは、甲冑との間合いを詰めながら自身の剣を振り上げ、落ちてくる刃を根元の方で受け止めた。

 否――一瞬だけ受け、刀身を傾けることで滑らせて床に落としながら更に踏み込み、飛び込むようにしながら身体を反転。

 刀身を床に落とした甲冑の剣の石突を確認。

「『1』――『3』」

 組み合わせは『割り振った腕の番号』――『石突の数字』。

 エンカはすかさずそれを叫んで伝えてくれた。

「『1』――『3』」

 間違いがないよう復唱し、隣のナナメに聞かせるフラトの視線の先では、もう一度反転したエンカが甲冑の股下を潜って背後に抜けたところだった。

 そこに。

「っ!」

 甲冑が自身の身体を振り返らせることなく、背中から生えた腕を、人体構造を無視するようにぐにゃりと曲げ、剣先をエンカの脳天に突き刺すように落とした。

「っぶな」

 すんでのところでエンカは僅かに身体をずらして回避したが、そこに足下を刈るような薙ぎ払いが振るわれる。

「ふっ」

 軽く跳躍することでこれも躱したエンカだが、宙に浮いた彼女の胴体を真っ二つにしようと更なる追撃の一閃が迫る。

「ぐっ」

 エンカはその一撃を自身の剣で受け止め、殺しきれない勢いに身体ごと吹き飛ばされた。

 中空で身を捩りながら、

「『2』――『4』」

 数字を叫んだ。

 フラトもすぐさま大きめの声で復唱しながら――果たして今の攻防のどこで、石突を確認するような隙があったのだろうかと、素直に驚愕した。

 その間にもエンカは後ろ向きに足を滑らせるように着地し、どうにか円際で停止。

 そこに迫る突きを半身になることで躱しつつ、円際沿いに走り出し、そうしてまた段々と甲冑との距離を詰めていく。

 その手に赤みを帯びた光を纏う剣を握り、円内を駆け回るエンカの瞳はぎらぎらと輝き、口角を獰猛に吊り上げて。

 まあ、なんというか、本人が楽しそうなのは何よりである。

「『3』――『8』」

「『4』――『6』」

 転がりながら数字を叫ぶ。

「『5』――『5』」

「『6』――『9』」

 飛び跳ねながら数字を叫ぶ。

「『7』――『1』」

 真っ向から刃と刃を打ち合わせながら。

「『8』――『7』」

「『9』――『10』」

 またしてもわざと吹き飛ばされ距離を取りながら。

 そして。

「『10』――『2』」

 眼前で刃を躱し、さらに踏み込み、叫んだ。

「十個の数字、集まりました!」

 隣のナナメが、視線を落としていたメモ帳から顔を上げ、こちらもまた精一杯の大声で叫んだ。

「よっ、ほっ、っ!」

 とん、とん、とん、と後ろ向きに、しかもジグザグにステップを踏みながら甲冑からの連続での突きを躱しつつ、エンカが甲冑の真正面に戻ると、

「最初は『7』の腕です!」

 ナナメが、最初に斬り落とすべき腕の数字を叫んだ。

「っ!」

 直後――その姿が掻き消えるような、短く吐き出した吐息さえも置き去りにするほどの強烈な踏み込みで、エンカは甲冑との間合いを詰めていた。

 そんなエンカを排除しようと甲冑の剣が振るわれ、エンカの剣と激突。

 その光景を視界に映しながら、フラトは隣のナナメにこっそりと話し掛けた。

「タナさん」

「はい」

「番号、僕が叫んでトバクに伝えますから、タナさんは順番に気を付けて僕に教えてくれませんか? そうすれば順番が咄嗟にわからなくなったりだとか、或いは飛ばしたりだとかのミスも防ぎやすくなると思いますし」

「わかりました、ありがとうございます。お願いします」

 そんなやり取りが終わるのとほぼ同時、甲冑の背中に回り込んだエンカが跳び上がってその背中を踏み付け、駆け上り、『7』の腕を根元から斬り飛ばした。

「二番目は!?」

「『10』です」

「次、『10』!」

 甲冑の背中を蹴り、後方宙返りを決めるエンカにフラトが叫ぶ。

 エンカの着地と同時、またしても腕の一本がぐにゃりと奇妙に、グロテスクに曲がって、握った剣の切っ先がエンカの脳天を狙う。

 が、これは横に転がって回避しつつ、すぐさま体勢を立て直して駈け出していた。

「…………」

 なまじ甲冑の化物は――確かに腕が十本もあるという異様さを有してはいるが、『人型』という範囲には含まれる形をしている。

 少なくともフラトはそう認識してしまっている。そんなものが、急に、通常の人体構造では有り得ない腕の曲げ方をすると、忌避感が凄い。

 まあ、傍から見ているフラトにとっては『忌避感』程度のものだが、近くで戦闘をしているエンカからすれば、一度見てとわかっていても、ある種『意識外からの攻撃』じみた嫌らしさがあるだろうに、よく対応している。 

 飛んだり、跳ねたり、転がったり、回ったり。

 彼女の動きをこうして遠目から見ていると、急に不自然な加速をしたり、空中で普通ならできないような捻りを加えたりしているときがある。

 あれが所謂――身体強化の魔術というものなのだろう。

 凄まじく急激な緩急故に、エンカ曰く、一歩間違えれば普通に身体が壊れるらしい。

 何の比喩でもなく、文字通り骨、筋肉、筋、関節が破壊される。

 至極当たり前の物理法則を受けて。

 遠心力や慣性に耐え切れなくて。

 単にブーストさせるだけでなく、それによる衝撃を和らげるための魔力操作も同時に行わなければならないらしいのだが、そんなものをこんな緊迫した戦闘の中で、笑顔を浮かべてやってのけているエンカがどれだけなのかという話だ。

 遺跡に憧れていたエンカ・トバク。

 果たしてここに来るまでどれだけの戦闘経験を積んだのか。

 同時にどれだけ身体を痛めつけ、苛め抜き、あんなものを身体に覚え込ませたのか。

 それは――狂気の沙汰以外の何物でもあるまい。

 何せ『一歩間違えれば身体が壊れる』ことを知っている彼女は、それをフラトに淡々と断言した彼女は、少なくとも一度は――否、きっと何度も、それをして身体を壊したのだろうから。

「っ!」

 甲冑の背後を取り続け、幾度もの斬り合いを越え、踏み込んだトバクが二本目――『10』の腕を斬り飛ばした。

 すかさず迫りくる刃を大きく跳躍しながら回避。

 そんなエンカの跳躍に並ぶように、光の粒子を撒き散らしながら宙を舞う甲冑の腕。

 エンカがその腕になんとはなしに一瞬視線を向けたとき、

「えっ」

 フラトはこれまで聞いたことのないエンカの変な声を聞いた。

 そして、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 エンカが叫んだ。

「どうしたトバク!?」

 急に何事かとフラトも声を張り上げ訊く。

「順番変わってる!」

「は!?」

 その意味を瞬時に理解出来ずに訊き返すフラトの視界の端で、甲冑の背中に、順番通りに斬り飛ばしたはずの二本の腕が――再生していた。

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