第十四話

「まあそうだねー、仮に、本当に時間制限があったんだとしても、目に見えてそれがわかるわけじゃないから、あまり気にし過ぎてもね。それで本題である目の前の仕掛けに集中できなくなったら本末転倒だし、そんなちょっとの気の逸れが、死に直結するミスを引き起こすかもしれない場所が、この『遺跡』なんだよねー。ってわけで、時間制限の有無を無視するわけじゃないけど、焦って無理してたら解ける仕掛けも解けないし、必要な休息はちゃんと取っていこうよ。そんな感じで、どう?」

 エンカが言うと、

「ま、可もなく不可もなく妥当なところだな」

 自分が会話を仕切り直したからか、珍しくトウロウが最初に返事をし、フラトとナナメも頷いていた。

「では、あのー改めてなんですけど」

「はいタナさん、どうしたの?」

「対甲冑戦での対策と言いますか、攻略時の提案を一ついいでしょうか」

「勿論。聞かせて」

「とは言っても大したものではありませんが…………私がメモを取るのはどうでしょうか?」

「メモ?」

「えっと、そもそもの議題は――トバクさんが石突に描かれた全ての数字を戦闘中に確認して憶えて、それを最後までちゃんと憶え続けていられるのか。そしてそこに割かれるリソースのせいで戦闘に支障をきたし、傷を負ってしまうのではないか――ということだったかと思うのですが」

「そういえば、そうだったね」

 フラトが安全性を求め、駄々をこねた結果として時間制限云々の話になり、脱線が脱線を呼んで今に至っている。

「だから、トバクさんには記憶していただくのではなく、石突の数字を確認できたところから叫んで円外にいる私に伝えてほしいんです。それをこちらで全てメモしたら、今度はこちらから順番通りに叫んで伝える。これなら、トバクさんが戦闘以外に割かれるリソースも最小限で抑えられますし、石突を確認する順番だって適当で大丈夫です。間違いも起きづらいと思うんですが、どうでしょうか」

「わかった、採用」

「え? そんな即決で…………いいんですか?」

「いいもなにも、奇抜な提案ってわけでもないし、リスキーってわけでもない。堅実な良案だと思うんだけど――」

 とエンカがフラトの方を見るので、フラトもそれには頷いて返した。というか、代替案を示せないまま駄々だけこねたフラトに否やはない。

 ナナメ様様である。

「ね。だからそれやろう」

「わかりました。宜しくお願いします」

「んじゃ、軽く方針が決まったところで――」

 文句を言うだけ言って、解決を丸投げした気まずさから目を逸らすようにフラトは、亜空間収納の魔具を起動しておにぎりを四つ、焼いた肉塊を一つ取り出し、

「軽く補給しておきませんか」

 食事を提案しつつ、肉塊を頭上に放り投げた。

 放り投げられた肉塊はすかさず糸に巻き取られ、蜘蛛はフラトの頭の上から丸太に飛び降り、新たに糸を放出して皿のようなものを作り出し、その上に肉塊を置いてむしゃむしゃかぶりつき始めた。

 そんな光景を余所に、フラトは手に持ったおにぎりを三人に配った。

「それからトバク、今決めた方針、もう少し詰めたいと思ったんだけど…………」

「ふへはい?」

 早速渡されたおにぎりを頬張っていたエンカが、咀嚼しながら訊き返してきた。

 行儀は悪いが、今この中で誰よりも消費して疲れているのはエンカだろうし、今は行儀よりも効率である。

「腕は十本もあるんだし『どの手が握る剣の数字なのか』ってのを伝える方法、簡易的でもっとわかりやすくした方がよくないか? 向かって右の上から二番目、とか言うの長いし、変なところで聞き間違いが生まれたらこの案を採用した意味がなくなりかねない」

「ふむ、確かに」

 ごくん、と口の中のものを飲み込んでから相槌を打って、エンカはまたおにぎりにかぶりついた。

「だから、あの甲冑の腕にも数字で番号を振ったらいいんじゃないかと思ってさ。正対したときにあの甲冑の腕って、左に五本、右に五本。肩から続く左右の腕以外は背中から生えてるわけだけど、肩から伸びてる腕が丁度真ん中ら辺の位置にきてて、その上に二本、下に二本見えてるような位置関係じゃん?」

「うん」

「だから、向かって左の上から『1』『2』『3』『4』『5』、下までいったら右の一番上が『6』で右の一番下が『10』って感じでどう?」

 この場合『3』と『8』が肩から続いている腕となる。

「良いね、シンプルでわかりやすい。それになんて言うか、こう…………部隊っぽいやり取りで良いね。とても良い」

 気に入ってもらえたらしい。

「じゃあそれで。タナさんもその方法で――」

 いいかな、と確認の為に振り返ったところでちょっと固まってしまった。

「っ」

 まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのか、頬をぱんぱんにしたナナメと目が合い、彼女はみるみる顔を赤くした。

「んぐ…………んぐ…………っ、っ、あ、えっと、あのはい、大丈夫です。ちゃんと聞いてましたから」

 フラトは亜空間収納から水筒を取り出し、動揺するナナメの脇に置いてあったカップにお茶を注いだ。

 因みに、割とでかめの肉を渡したはずなのに、蜘蛛は既に完食してフラトの頭の上に戻ってきている。

「ありがとうございます」

 どうにかこうにか口の中の物を咀嚼して飲みこんだナナメは、小さくお礼を口にすると、カップを持ち上げて、中のお茶をほとんど一気に飲み干した。

 その様子にフラトとエンカの目元と口元が綻み、それに気付いたナナメは益々、耳の先まで真っ赤にするのだった。

「す、すみません」

「ああ、いや謝らないで謝らないで。おかげで気が抜けたよ」

「え!? それは、えっと、これからまたあの甲冑と戦闘するのに、私は、もしかしてやらかしてしまったのでは…………」

「くくっ。違う違う、余計な力が抜けたってこと。気持ちに余裕が出来たってこと」

「それは、戦闘に何か支障は…………」

「ないない。大丈夫」

 そういうことなら良かった、とナナメが安堵のため息を吐いた。

「さて――」

 エンカが丸太から立ち上がり、

「ちょっと集中してくるから、その間もう少し休憩してて」

 そう言うなりその場から離れ、小刻みに身体を動かしたり、伸ばしたり。剣も軽く振ったりして、何かしら、感触を確かめているようだった。

 そんなエンカを視界に隅に置きつつ、

「そしたらタナさん、今の内に確認なんですけど」

 フラトは改めてナナメに話し掛けた。

「はい。甲冑の腕にも番号を振って簡略化するんですよね。向かって左の一番上を『1』として、そのまま下に順に進んでいって、向かって右の一番上が『6』。そこから下に順。そこにトバクさんが叫んで伝えて下さる番号を組み合わせて、斬り飛ばす順番をこちらから伝え返す――これで合ってますよね?」

「はい。合ってます。完璧です」

 まだ気恥ずかしさが残っているようで、やたら早口で捲し立てられた。

「タナさんにはメモに集中してもらうとして、聞き逃しがないよう僕も横でトバクが叫んだ数字を復唱しようと思ってます」

「わかりました。お願いします」

 そう言いながら、早速ナナメはメモを開き、せっせと何かを描き込み始めた。

「もう何か描いてるんですか?」

「ええ、この方が私もわかりやすいかなと思いまして――」

 差し出されたメモを見ると、

「おー、上手い」

 多少デフォルメされた甲冑の姿がそこに描かれていた。

 更にナナメは、そのそれぞれの腕の傍に、先程設定した番号を書き込んでいく。

「ぱっと描いたように見えましたけど、かなりのクオリティですね」

「ですかね」

 ナナメは相変わらず恥ずかしそうだが、ちょっと嬉しそうにも見えた。

「普通に上手いと思います。普段から描いてたりするんですか?」

「その、別に絵を趣味で描いてるとかではないですけど…………言われてしまった通り魔術オタクですので魔術陣やら何やら、まあ研究の際に色々と描いたりする事が多いもので。文字ばっかりよりも、イラストがあると、個人的にかなりわかりやすくなるんです」

「その…………魔術オタクと呼んだ件に関しては、悪かったと思ってます。ごめんなさい」

「本当に思ってますか? 先程も弄られたような気がしましたけれど」

「もし本当に気を悪くしたなら申し訳ないな、と。別に悪気はなかったんですが、言い方というか、表現が悪かったかと」

「ふふっ――まあ、実際のところ、気にしてませんし、気を悪くなんて勿論してませんから、大丈夫ですよ。トバクさんじゃありませんが、私のことをそう呼称するのに侮蔑的な感情は感じられませんでしたから」

「そう言ってもらえると、ちょっとほっとします」

「それにまあ、言われてみれば確かにそうだなと自分でも思ったりしましたので。ただ普段そんな風に言われることがないのでびっくりしただけです。魔術が好きなのは本当ですし、その研究が趣味と言っても過言ではないのはその通りですので」

「確かに『魔術オタク』ほどぴったりな呼称はねえよな」

 ふと、会話に割り込んできたトウロウが皮肉気に言い、押し殺したように笑うのをナナメが睨みつけたところで、エンカが戻ってきた。

「そろそろ行ける?」

 エンカの問いに、三人が丸太から立ち上がり、頷く。

「んじゃあ、俺は今のところ役割がないみたいだし、何かあったときに動けるようにでもしておくかね」

 言うなりまずトウロウが円際の方へ歩いていった。

「よろしくー」

 とその背中にエンカが声を掛け、自身も進んで円際――甲冑の正面に立つ。

 フラトとナナメはなるべくエンカからの声が聞こえるように、甲冑とエンカの側面に位置するよう円際に立った。

 自分以外の三人の用意が整ったことを確認したエンカは、しゃら、と剣を抜き放ち、

「んじゃ、行きますか」

 軽々しく、何の気負いもなく円の中へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る