第十一話

「よぅし」

 僅かに静まり返った空気の中、エンカが明るく肩をぐるぐると回し始め、円に向かって歩き出した。

「あ、おいトバク、あくまでも今のは推測であって仮定の話だからな」

「そういうの一個ずつ検証して潰していくのを今やってるんでしょ。こっから見てるだけじゃ、その順番だってわかりゃしないよ」

「まあ、そうだけどさ…………」

 円の中に這入らず、甲冑と勝負もしないような状況で、解決のヒントになるようなものをわざわざ晒すわけはないだろう。

「一つ指標ができたなら、それに沿った観察もできるでしょ」

「あの、トバクさん」

 ナナメが少し言い淀むように割って入ってきた。

「ん? どうしたん、そんな深刻な表情して」

「いえ、その…………私達も円の中に這入って一緒に戦った方が宜しいでしょうか?」

「いや、それは迷惑かな」

 即答だった。

「っ」

「え、あ、いや違う違う。多分勘違いしてるからそんな悲しそうな顔しないでよタナさん」

「…………勘違いですか?」

「うん。迷惑っていうのはタナさん達の戦力を指して言ってるわけじゃなくて、あの甲冑の化物のターゲットが分散しちゃうのが私的には困るなって話」

「それは、困ることなのでしょうか? 向けられる攻撃が減るわけですけど」

「正直、こっちに向けられる攻撃の絶対数が減るかどうかもわかんないんだよね。見てわかる通りあの十本の腕って、全部が全部同時に動いてるわけじゃないからさ、単純に待機状態のものが増えたターゲットの方に動くだけで、あんまり変わらないような気がしなくもないって感じ。んで更に重要なのがさ、あのレベルで動ける化物だと多分ターゲットが増えた分だけフェイントが複雑化すると思うんだよね。今安定してるだけにちょっとそれは避けたいかなって。ってことで三人共、分析の方頼んだよ」

 そう言うなり、エンカは床を思いっきり蹴った。

 円際から一気に甲冑に向かって走り出し、勢いに乗ったまま肉薄し、

「っ!」

 鋭い突きを繰り出した。

 見ている限り、この甲冑との戦闘。

 こちら側――挑戦者側であるエンカが円内に這入ることで甲冑が起動するために、少しだけラグがある。

 今エンカがやったように、円の外から助走を付けて突っ込めば、甲冑の『起動中』に、邪魔されず肉薄することが出来、それは大きなアドバンテージになっている筈なのだが。

 甲冑は、エンカの突き出した剣の切っ先を、自身の持つ剣の腹で受け止めていた。

 甲冑も甲冑で、起動してからの反応速度が尋常じゃない。というか、円の内部の面積がかなり広く取られているのも、そうした挑戦者側の先制攻撃を許さないという意図があるのかもしれない。

 ともあれ、である。

「頼んだって言われてもなあ…………」

 刃の交わるそんな光景を目にしながらフラトは困ったように後頭部を掻いた。

 あんなとんでもないスピードで動くものから何を見出せと言うのか。

 勿論、エンカがああして死と隣り合わせの戦闘を繰り広げているのも重々承知はしているので、何でもいいから何かしら得られるものはないかと、フラトは目を細めてみたりしている。

 しかしそれで新たな発見ができるのなら、そもそもここまで困ってはいない。

「もどかしいですね」

 フラトの隣でナナメがぼそりと呟いた。

「もどかしい、ですか?」

 甲冑の方から視線は逸らさずに訊き返す。

「あんな大変な役目をトバクさんに押し付けてしまっているみたいで…………」

「あいつが自分で、一人の方がいいって言ってたじゃないですか」

「なら、トバクさんと交代であの化物の相手が出来れば、こんなにもトバクさんに連戦させずに済んだのではないかと」

「いやいや、流石にそれは考え過ぎでは?」

「そうでしょうか…………」

「そうですよ。それに、今トバクが立っているあの場に代わりに立てるかどうかなんて、そこまで重要じゃないと思いますし」

「?」

「そもそもは僕等二人で挑戦しようとしてたんです。なんならトバクは一人でだって遺跡に挑戦するつもりでいて、その為に強くなったらしいので。代わりなんてそんなものをトバクは想定していなかったでしょうし、それが必要なくて済むくらいにこれまで鍛えてもきたんでしょう。ならここは割り切って、トバクでは手の届かない部分を、目の届かない部分を、どう僕等で補うかの方が重要なのではないかと」

「トバクさんの手が届かないところ…………」

「あんなところであんな風に笑ってられるような精神性を見習う、ってのは行き過ぎでしょうけれど、ビビらず、臆さず、冷静に分析して何かしら仕掛けを解く為のヒントでも得られれば、多分それだけで僕等の存在はプラスなのではないかと」

「…………ですかね」

「でないと困ります、僕が」

「…………ふふ」

「大体、トバク自身がこの遺跡に来たがって来たわけで、誰かの代わりに割を食って戦っているってわけでもなし。皺寄せで仕方なくこの場にいるわけでもないんです。僕も含めタナさんもザラメさんも、誰もこの場にいなかったとしても、あいつは喜々としてあの甲冑と刃をぶつけ合ってたんですから、もどかしいなんて思う必要はないと思いますよ」

「でも、それでも…………無理言って同行させてもらっている以上、役に立たないと気が治まらないと言いますか、なんというか納得しきれない部分はありまして」

「律儀と言うかなんと言うか」

 難儀とも言える。

 多分、この少女は根っからとても『いい人』なのだろう。

 だからこそ、そんな子がこんな場所に来たがる理由というのが今一つわからないのだが。

 まあそれはそれとして。置いといて。

「仮に、僕等にもトバクと同様の、或いはそれ以上の力があったとしても、トバクは絶対にあの場所を譲らないでしょうし、寧ろ手出しなんかしたら怒りそうなものですよ」

 あんなに楽しそうにしているんですから、とフラト。

「それは…………まあ、そうかもしれませんね」

「この場合トバクに限りませんが、誰かに成り替われるのかなんて考えにはあまり意味がないというか、考えてても寂しくなるだけというか。そんなことより、いつだって自分の強みを活かせる状況を見出せる眼だったり、そういうのを作り出せる行動力なり、知識なりを持ってた方がよっぽど有意義というか、こういう危ない場所でも一緒にいたい人って思われるような気はしますけど」

「ホウツキさん…………」

 少し感動したような瞳でナナメが見上げてきてくれる。

 けれど。

「すみません」

「え? えっと…………どうして急に謝罪を?」

「今のは僕が自分に言い聞かせて、どうにか自分の精神を保てるようにする為の呪文ですので、正直自分でも強引な論説だなと思ってますし、話半分くらいで…………なんなら聞き流して下さい」

「呪文、ですか?」

「聞き流してくださいよ」

「呪文とは?」

「…………なんていうか、ちょっと魔術に関連しそうな雰囲気あると人が変わりますよねタナさんって」

「ありがとうございます」

「褒めてません」

 目を細めて一瞥したら花の咲くような笑顔を返された。

 『いい人』ではないかもしれない。

「それで、呪文とは何ですか?」

「自己暗示みたいなものなので、魔術は関係ありませんからね」

「自己暗示ですか」

「だって僕、あれと同じ部隊所属なんですよ? 一緒にいる期間はまだ短いけど、その間だけでもどれだけ無茶苦茶なものを見せつけられたか…………その上でトバクと一緒にいようってんだから、それくらいの呪文を頭で唱え続けないと、自尊心とか自己肯定感とかそういう大事なものがぼろぼろに崩れちゃうんです」

「なんか…………」

「なんですか」

「なんか……………………ちょっと感動してたのに、損した気分です」

「知りませんよ」

 はあ、と嘆息してからフラトは続ける。

「けど、だからまあ、タナさんにしか出来ないことというか、タナさんが得意なことを積極的に見つけて行動して、結果としてそれが一つ目の仕掛けの解除にも繋がったわけですし、こういういつもとは違う非日常的な状況で『やれることをやる』ってことが出来ているだけでも、僕的にはかなり凄いことだと思います」

「……………………………………………………ありがとうございます」

 なんかすげー間があったな、とは言わなかった。

「それにほら」

「何です?」

「魔術オタクなところが役に立っていて、尚且つ、僕も大変勉強になっているのでありがたい限りですし」

「やかましい、です」

 割と強めに脛を蹴られた。痛い。

 最後は冗談めかして会話の落としどころを作ってしまったフラトだが、そこまでの主張に嘘偽りはない。こんな危ない遺跡なんて場所をたった四人で攻略しようとしているのだから、適材適所は大事だ。

 それぞれが自身の強みを理解し、それを発揮できる状況を作り出す。

 そういう点では、既にナナメはちゃんと働きを示せている。

 フラトが彼女を褒めたのはお世辞でも何でもない。

 魔術的な知識もそうだし、積極的に行動するエンカに付いてはメモなりなんなりしっかりサポート役をこなしていたことも、ちゃんと成果に繋がっている。

 自分で考えるのと人が見たのとじゃあ、活躍出来ているかどうかという感覚にずれがあるのもしょうがないのだろうが、実際に活躍出来ているのに変なことに気を回して、これまでの活躍がこの先できなくなるのは大変困る。

 なんせフラトはこの先も活躍できるイメージなんて全く湧いていないのだから。

 魔術なしじゃ無理じゃね?

 正直そう思って自分の活躍なんてものは諦め、お荷物にならないよう徹しようとも思っていたりする。

 まあ元々その覚悟があったからこそ、泊まっていた宿で出来る限りの食糧と飲料の調達をして、亜空間収納に詰め込んできたわけだが。

 だからそういう意味でも、現在活躍出来ているナナメには今後とも自信を失うことなく活躍してほしいのだった。

「しかしトバクの奴…………やっぱり上手いよなあ」

 しみじみと、フラトは言葉をもらした。

 こうして傍から観察しているとよくわかる。

 かなり激しい戦闘――というか甲冑の攻撃が苛烈なのだが、十本全ての剣が同時に攻撃してくるわけではないとはいえ、それは甲冑側が最大効率を求めたからこそで、攻撃を待機している剣とのスイッチングが異様に滑らかなせいもあり、間断ない連続攻撃は寧ろ十の攻撃を一斉に放たれるよりも厄介かもしれない。

 そんなものを、エンカは見切っているのだ。

 魔力散布による周囲の索敵も合わさってなのだろうが、途轍もない視野の広さを確保している。

 直接視界に映って見ているわけではない以上、それを感じるのにもある程度脳のリソースを使うだろうに、それをあんな戦闘の最中にやってのけるのだから一体どちらが化物なのかという話だ。

 しかも、たまにではあるが――エンカが甲冑の剣を弾けばそれが別の、ちょうど攻撃に転じようとしていた剣にぶつかったり、回避をすれば、そのせいで床を叩いた剣が、次にエンカを斬り裂こうとしていた刃を防いだりと、かなり器用に立ち回っている。

 頭ではそうすることがいいとわかっていても、中々実戦で出来ることではない。どれだけ戦闘経験を積めば、あんな真似が実戦で可能になるのやら。

「…………ちょっと裏からも見てみるか」

 裏というか背後。

 まあ先程トウロウが見ていたと言っていたので期待薄ではあるが、何もわからないままぼうっとその場に突っ立っているより、身体を動かしながらの方が少しは何か気付けるかもしれないという期待を抱いて。

 そう思って一瞬甲冑から視線を外したフラトに、

「ホウツキ!」

 と。

 エンカから突然名前を呼ばれた。

 これは、とフラトは瞬時に気付く。

「ふっ。そう何度も同じ手に掛かる僕じゃうぐぁっ!」

「馬鹿め。そうやって警戒されると思って避けようのないところまで来てから声を掛けたのだ」

 吹っ飛んできて衝突を決めたエンカが何かわけのわからないことを言っていた。

「あほたれえぇえぇえぇえぇ」

 呻くように言いながらフラトは床を転がった。

「くそ……………………あんな化物を相手にしながら随分と余裕だな、トバク」

「いやいや、かなりぎりぎりの斬り合いだった」

「だったら戦闘にだけ集中しとけ」

 毒づきながら上体を起こし、エンカから差し伸べられた手を取って立ち上がる。

「ししし」

 フラトからの突っ込みも何のその。

 寧ろそんな反応を待ってましたとでも言いたげにエンカは可笑しそうに笑った。

「大丈夫大丈夫。ちゃんと集中はしてたよ。なんせ、見つけたしね」

「見つけたって、っとと…………おい」

 エンカがフラトの手を取ったまま小走りに甲冑の正面、ナナメとトウロウが待機している場所へ戻る。

「おかえりなさいトバクさん。お怪我とかはありませんか?」

「ただー。うん、特にないかな」

 一応自分の腕や脚を確認しつつエンカは言った。

 未だ、甲冑に攻撃は届いていないが、エンカもまた無傷。

 いや――ここまであれだけの戦闘を繰り返していて無傷って…………それはそれで矢張り、素直に飲み込めない異様さではあるのだが、それでも、相手が生物でない以上、体力や精神力という点ではエンカの方が削がれているだろうし、五分五分とは言えないのだろう。

「お疲れさん」

 トウロウが手に持っていた水筒と一緒に労いの言葉をエンカに投げた。

「ん」

 と水筒を受け取って備え付けのコップを取り外し、中のお茶を注いで一気に喉に流し込んだ。

「言われた通り腕や剣に注目して見てたが、気付きと呼べるような気付きはなかったな。如何せん動きが速くて、防御の為にしろ攻撃の待機にしろ止まってる時間も短い中では、詳細なところまでは見られなかった」

 一口飲んでから投げ返された水筒をキャッチしながらトウロウは言った。

「んで、目の前で相対してたそっちは何かわかったかい?」

「うん」

「……………………え?」

 訊いたトウロウが驚いたように少し目を見開いた。

「わかったのか?」

「見つけたよ。十個の数字にまつわるヒント」

 ピースしながらエンカは言うのだった。

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