第十二話

「剣の石突のところ――柄側の先端ね、そこに数字が描いてるのが見えた」

 自分の剣を持ち上げ、石突を指差しながらエンカは言った。

「んなもん、外から見てわかるわけない…………」

 トウロウが溜息と共にそんな風に漏らすが――外から見てどころか、中にいてもあんな戦闘中に気付けるかどうか、甚だ疑問である。

「石突に数字ですか」

「多分今回も『1』から『10』だと思う。何本か確認できてないのもあったんだけど、確認できた分で『10』を超える数字はなかったから」

「成程……………………あっ」

「どうかしたのタナさん?」

「あ、いえ…………その、あの甲冑に関する攻略じゃなくて申し訳ないのですが、ここまで執拗に『1』から『10』という要素を組み込んできている縛りのようなものは、もしかしてこの遺跡内部全体に掛かっているんじゃないかと思いまして。そう考えた方が、不壊性なんて滅茶苦茶な特性が付与されるのも頷けるんじゃないかと、ふと、そんな風に思い付いたもので……………………だから何だって話なのですが、すみません」

「いやいや、謝ることないでしょ。それってこの先も出てくる仕掛けには『1』から『10』の要素が組み込まれてる可能性があるってことじゃん」

「思い付いた通りならそうなのですが、二つ続いたからってこの先もそうとは限らないとも思えますし」

「そうにしろ、そうじゃないにしろ、仕掛けを解除するには兎に角試行錯誤しなきゃならなそうだし、そのときに何かしら動く指針があるかないかってのは大きな違いでしょ。結構大事な気付きだと思うよ。ちゃんと道理も通ってるしさ」

「…………ありがとうございます」

 ナナメは照れたように、僅かに視線を逸らしてお礼を口にしたのだが、

「流石、魔術オタクだね」

 続けられたエンカからの言葉に目を見開いて、硬直してしまった。

 いや。いやいや。

 フラトには何のためらいもなく『やかましい』などと突っ込んできて、なんなら脛まで蹴られたのに。

 エンカが相手となるとそうもいかないのか、段々と表情を微妙に歪めながらも、ただただ見つめ返すに留まっている。

 蹴れよ。エンカのことも。

「つまり、大雑把に言うと――『1』から『10』っていう数字がどういう形にしろルールとして組み込まれた異界というか、創作者の特異結界がこの遺跡って場所――そういう可能性があるって話だよね」

「はい。そんな感じのニュアンスですね。…………すみません、話逸れちゃいましたね。戻しましょう。石突にあるという数字、それから根元だけ切断できる甲冑の腕。トバクさんが検証してくださって見つけたこれら二つの要素を考慮しますと、数字はそのまま斬り飛ばす順番なんじゃないかと、私は思うのですが」

「それに関しては私も同意見だね」

 エンカはナナメの言葉に頷きつつ、フラトとトウロウの方へ視線を向け、

「他の可能性的な何か、思い付いてたりする?」

 質問を飛ばしてきたが、二人は揃って首を横に振った。

「ってことで次の方針が決まったわけだけど、ちょっとその前に――休憩しようか」

 言ってその場に座り込もうとするエンカの腕をフラトが咄嗟に掴んだ。

「ちょっと、何さー。休憩させないつもり?」

「いや、違うよ。どうせ休憩するならこんなところに座り込まないで、もっとちゃんと休息を取ろうよって話」

 言いながらエンカの腕を引っ張って荷物の置いてある壁際まで歩き、亜空間収納の魔具を起動。

 取り出された二本の丸太が重力に従い、重い音を立てて床に落ちた。

「お二人もどうぞ」

 エンカを丸太に座らせ、ナナメとトウロウにも勧める。

 素直に二人が丸太に向かうのを見ながらフラトもエンカの隣に腰を下ろした。

「それにしてもトバクから休憩を言い出すなんて、流石に疲れが出てるか?」

 息も切れてないし、表情からは全くわからないが。

「まだすぐに動きが鈍るほどじゃあないけどね。でも疲労が溜まってるのは感じるし、そもそも鈍ってるのを完全に自覚してからじゃあ休むのは遅いからね。気持ちだけが先行して、身体の動きとイメージがズレるのも嫌だし」

 あれだけ楽しそうに飛ばしておいて、自己分析はかなり冷静である。

 全力で楽しんでもいるし、同じくらい全力でこの遺跡の攻略を目指してもいる。

 伊達に元々、一人で挑もうとしていたわけじゃないというところだろうか。

「よくもまあ、あんな化物との戦闘を楽し気にできるな」

「そりゃあ、ね。ずっと待ってたんだから。楽しみにしてたんだから。理性は働いてるけど、昂ってくる気持ちは到底抑えきれるもんじゃないよ」

 爛々と輝く瞳でエンカは言う。

「…………って、それ何? ホウツキそんなの持ってたっけ?」

 フラトが亜空間収納を起動し、中から取り出した水筒を見て、エンカは訝し気に目を細めた。

「宿でね。おにぎり作るときに、よかったらってマネキノさんが貸してくれたんだよ」

「マネキノさん?」

「料理長の」

「ああ、あのマッチョのオーナー」

 一度仕入れを手伝った程度の事で、何故か好感度が上がったというか、至れり尽くせりで、あれもこれもと色々と用意してくれたのだ。

 もしかしたら――仕入れとか好感度とか関係なく、料理長の人柄という可能性もあるが。

 ただ、借りてきておいてなんだが、今更フラトは自分がこの遺跡で命を落としてしまったらこの水筒返せなくなるなあ、とそんなことに思いを馳せ、益々、死ねないなあ、などと思うのだった。

 これといった目的も、壮大な夢も、膨大な野望もなく。

 ちょっと『ロマン』という奴を目にしたいなあ、あわよくばいい具合に土産話にならないかなあ、という気持ちでここにいるフラトにとっては、存外、それくらい――借りたものだから返さなければ、その為に生きて帰らなければ――くらいの気持ちが丁度いいのかもしれない。

「うわ、美味しっ」

 無言で差し出されたカップに、フラトが水筒の中身――透明な液体を注いでやると、エンカはすぐさま一口、大きく飲み下してから、ちょっと驚いたように声を上げた。

「これ何?」

 不思議そうに訊いてくるエンカに、フラトは自分のカップに注ぎながら、

「ただの水に輪切りにしたレモン入れてるだけだよ」

 本当にそれだけだよ、と答えた。

 水に少し風味が付いた程度のもので、凝ったものではない。レモンだって特別なものではない。

 てっきり水だとばかり思っていたところに、別の味がしたから新鮮な驚きがあっただけだろう。

「レモンか。言われてみれば…………うん、確かにこれはレモンの風味。こんな水の飲み方初めてしたけど、凄いすっきり飲める。疲れてるときにいいやつ」

「じゃあ、帰ったら料理長にお礼言ってあげてくれ。僕は普通に水だけ入れて持ってこようとしたんだけど、そのときに料理長がくれたものだから」

「成程。じゃあ、お土産も必要だね」

「宿屋の経営に何か使えそうなものがあればいいけどな」

 下手に魔具など渡しても使えるかどうかわからない。

 使えないのに魔具なんて持って行ってもしょうがないし、それがまた遺跡でしか取れないような希少なものなら逆に受け取ってなんてくれないだろう。

 というか、もしそんなものがあることがバレたら、強盗に押し入られるリスクを無駄に増やすようなものだ。

 かといって火だの電気だの、必要な分は魔術を用いなくても快適に利用できるようになっていたし、土産、と一口に言っても中々難しそうである。

 なんて事を考えつつ――皮算用はそこまでにしてフラトは立ち上がり、ナナメの方へ近付いた。

「タナさんも、いりますか?」

「えっと…………いいんですか?」

「勿論です」

「それじゃあ――頂きます」

 取り出し、差し出してきたカップにフラトは持っている水筒を傾けて中の液体を注いだ。

「ありがとうございます」

 お礼を言って美味しそうにレモン水を口に運ぶナナメの傍ら、無言で差し出してきたトウロウのカップにも注ぐと、

「美味いな」

 素直な感想が聞けた。

「ん」

 戻ると、エンカが空になったカップを差し出してきたのでそこにまた注いで、フラトも丸太に腰掛け直しながら水筒を亜空間収納の中に戻した。

「王都を出てこれだけの時間が経っているのにまだこんなに冷たい状態で飲むことができるなんて、やっぱり亜空間収納は凄いですね。恩恵に与れて感謝です」

「そんな大袈裟な」

 律儀過ぎて苦笑する。

 それに、ナナメからの素直な感謝は、別に自力でこの魔具を手に入れたわけでもないフラトにとってはどこか気恥ずかしかった。

「さて――」

 照れ隠しをするように、仕切り直すように、フラトはエンカに向き直り、

「けそうなのか?」

 訊いた。

「多分ね」

「多分、か」

「絶対なんて面白くないでしょ」

「見てるだけの僕からはそんな風には言えないけどね」

 それはそうか、とエンカが笑う。

「ま、策もなしに無謀に突っ込んで行ったりはしないからさ」

「へえ。何か考えが?」

「今のところ、これだけ正面切って斬り合ってもまだ一撃もまともにもらってはいないでしょ、私」

「ほんと、冗談みたいな事実だよな。目を疑う」

「服はちょっと、ところどころ切れちゃったりしてるけど」

 それだけで済んでいる事が異様なのだ。

「そんなわけだから、最初は斬り合いながら石突の数字をチェックして、最初から最後まで順番を覚えてから、その順番通りに斬り飛ばしていこうかなって」

「いや、トバクそれは――」

 フラトが苦い顔を見せる。

 それはフラトも考えた。

 一本斬り飛ばす度に、次はどれかな、と探すよりも効率的だ。

 次がわからないこと、次を探す手間が毎回あること――そういう要素は意識の散漫に繋がる恐れがある。

 だったら最初から、順番を探す段階、探し出した順番通りに斬り飛ばす段階、と分けてしまえばそれぞれに集中できる。

 リスクを低減できる。

 ただ、これの問題点は――

「憶えてられるのか?」

 記憶力だけの問題じゃない。

 あれだけ激しい戦闘をしながら、見つけるだけじゃなく、順番を覚えることにも意識を割けられるのかという話である。

 今はまだ服が少し斬られたりするくらいで生身には届いていない。

 しかし裏を返せばそれは、少しでもずれればエンカの生身を切り裂いていたということで、僅かな意識の散漫がその『ズレ』を引き起こす可能性は十分にある。

 ひとたび、あんな剣に斬られれば肉どころか骨すら容易に断たれるだろう。

 そんな風に傷を負い、リズムが狂ってしまえば、甲冑の化物を攻略するどうこうの話ではなくなってしまう。

「んー」

「危ういな」

「っても、そっちからじゃあ見れないでしょ?」

 いくら剣が長大でも石突は小さいし、そこに描かれた数字となれば尚更。

「まあ、それはそうなんだけどさ」

 正直、良い代替案があるわけでもないのに、エンカが折角提案した策を潰すような発言をするべきではないと、フラトもわかっている。

 そういう、空気が悪く、或いは重くなるだけの発言は極力するべきではない。

 けれど、命が掛かっている。

 加えて今のところ時間にはまだ余裕がある、ようにも見える。

 だったら、他にもっと良いやり方があるかどうかを探ってもいいのではないだろうか。

 下手に焦る必要はないのではないか――そういう風にも思ってしまったのだ。

 そんな折。

「やっぱ無理だったわー」

 間延びした声と共に、いつの間にやらどこかへ行っていたらしいトウロウが戻ってきて、丸太に腰掛け直した。

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