第十話

「っ!」

 空中でエンカが振り下ろした剣は甲冑の剣により難なく防がれ、押し返すように身体ごと後方に吹き飛ばされた。

「――にしし。まあ、こんな奇襲紛いの攻撃が通るなんて思ってないけ、どっ!」

 着地後も、殺しきれなかった勢いで床を滑るように後退するエンカに向けて放たれた追撃の突きを、彼女は自身の剣を横からぶつけ、身体を横に転がして回避。

 二度、三度、と跳ねるように転がった後、床に手を突き、勢いに乗せて自分の身体を更に大きく横に飛ばし、胴を真っ二つにしようと振り下ろされていた剣をぎりぎりで躱した。

「とんでもねえ反応速度」

 いくら自身の周囲に索敵用の魔力を散布しているとはいえ、息継ぐ暇のない攻撃に晒され自分も激しく動く最中――転がりながらなんて視界だって滅茶苦茶になっている筈なのに――よくあれだけ正確に相手の攻撃を察知できるものである。

 しかもその攻撃に合わせて、しっかりと回避行動も取れている。

 紙一重と言っていいほどぎりぎりの回避は、見ていて冷や冷やするが――そんなエンカの派手な立ち回りにはついつい目が奪われてしまう。

 先程一歩も動かずに甲冑と打ち合っていたときとは違い、細かくあっちこっち動き回っているように見えるのは、甲冑そのものを探り分析する為の揺さぶりを掛けているのだろう。

 だが如何せん甲冑の体躯がでか過ぎるのと、腕が十本もあるせいで、甲冑本体が全然動いていない。

 足なんて僅かたりとも動いていない。

 精々、エンカの動きに合わせてちょっと上半身を捻ったり、腕の振りが大きくなったくらいだろうか。

「分析、分析……………………ってもなあ」

 ぼやきながらフラトは思考を切り替える。

 視線をエンカから甲冑へ切り替える。

 どのタイミングを取っても――甲冑は十本もあるその腕を絶えず動かし続けているわけではなく、待機状態というか、攻撃を見計らっている腕が数本は存在している。

 恐らく、十本全てを同時に動かしてしまうと、衝突して自身の攻撃を邪魔してしまいかねない為、それを避けているのだろう。

 しかしだからって十本もある意味がないわけではない。

 というか、攻撃と待機の切り替えが絶妙過ぎて連続攻撃に隙が無い。息継ぐ暇がない。

 十本もある腕を最大限に活用し、最大効率で攻撃の手数を叩き込んでくる。

 そんな中を、エンカは自身の剣を振り回して動き回り、ちゃんとのだから、正にとんでもないのだが、まあそれは置いておいて――僅かな時間の待機状態で止まっている腕、或いは剣を遠目からざっくり観察してみたところで、何か違和感があるかと言われると、よくわからないと答えるしかない。

 ましてや『1』から『10』の数字に絡めたような気付きなどそうそう都合よく閃いたり、目に留まったりはしてくれない。

 なので――

「トバク! 僕は全然わからん!」

 判断が早過ぎるかもしれないと思いつつも、果たしてどれだけエンカが甲冑との攻防を続けられるかもわからないので、報告だけはと思い、フラトは声を張り上げた。

 と、すぐ向かいからも、

「こちらも同じだ」

 トウロウの声。

「タナさんは!?」

 戦闘中のエンカから声が飛んでくると、

「すみません、私も何も…………」

 申し訳なさそうに返していた。

「おーけー。そんじゃホウツキ!」

「え? 何?」

「頼むよ!」

「何がっ――ぶぇっ」

 甲冑の剣を真正面から受け止め、勢いよく吹き飛ばされて来たエンカに衝突された。

 衝撃でフラトの身体が後方に吹っ飛び、床を跳ね、転がる。

 ぶつかってきたエンカはと言えば、フラトの身体をクッション代わりにしてその場に軽やかに着地を決めていた。

「トバク…………お前」

 仰向けに転がったままフラトが呻く。

 衝突された腹と、床に打ち付けた背中が痛い。頭はなんとか守った。

「ははは。まさかあんな綺麗に決まるとはねー」

 へらへらしながら近付いてきたエンカの顔が、仰向けになったフラトの視界に映り込んだ。

「ふざけんな」

「ごめんごめん」

 と悪戯っぽい笑みを浮かべながら差し出された手を取り、フラトは力強く引き起こされた。

「ぶぇっ、とか言ってる人初めて見たけど、助かったよ」

「素直に感謝だけ伝えろや」

「あははははっ、ごめんって」

 あんな戦闘をした後だというのに、エンカは息一つ切れていない。

 疲れた様子もなく、まだふざける余裕すら残っている。

「いやあ、流石に正面で斬り合ってる最中にそのまま離脱とか難しかったからさ」

「だからわざと大振りの一撃を受けて吹っ飛ばされてきたと?」

「まあね」

「それ、別に僕にぶつからなくたってトバクなら上手く着地できただろう…………っていうか寧ろ僕にわざとぶつかる方が難しいだろうに」

「…………へへ」

「何で照れたように笑ってんだ」

 褒めてはねえよ。

「さーて、んじゃもう一回かな」

 悠々と円に向かって歩き出そうとするエンカをフラトが止める。

「おー待て待て待て」

「何?」

「何、じゃなくて。そんな我武者羅に突っ込んでもしょうがないだろうって」

「いやいや、もう一回は必要でしょ」

「何で?」

「後ろ後ろ」

「後ろ? ……………………あー、そういうことか」

 三方だけ囲んでまだ背後を見れていないのだから、最低限そこは確認しておく必要があるとエンカは言いたいのだろう。

 我武者羅などではなく、出来る限り漏れなく情報を得るために。

 そういう意味では、今のエンカの戦闘中にそこまで気が回らなかったことをフラトは悔やんだが、

「いや、背後も特に何も見当たらなかったけどな」

 フラトが床を転がっている間に近付いてきたのだろう、トウロウが言った。

 近くには少し心配そうにフラトを見るナナメの姿もある。

「お、確認してくれてたんだ」

「まあ、それくらいしかできないからな」

 エンカの言葉にトウロウは淡々と答えた。

 いちいち皮肉っぽくはあるが、細かいところに気が回るというか、痒いところに手が届くというか。

 まだまだ付き合いが浅いせいも多分にあり掴みにくい印象も強いが、危うくエンカを無駄に危険に晒してしまうのを防げたのだから、ありがたいことこの上ない。

 年長者どうこうというよりも、彼自身の気質が為せる業なのだろう。それか、普段から細かいことに気を配らなければならないような立場にあるのか。

 何にしても、フラトからすれば見習わなければならないところである。

「さて、そんじゃ次はどうしてやりますかね」

 自然と四人で甲冑の正面に戻ってきたところで、切り出したのはエンカだった。

 今の戦闘でこれといった収穫はなく、更にこれからの指針もまだ具体的に見出せていないというのにその表情は晴れやかで、今にも剣を抜いて円の中に飛び込んでしまいそうである。

 そんなエンカに『待った』を掛けたのは、

「その…………それこそ成果と言えるほどの気付きではないのですが――」

 おずおずと手を上げたナナメだった。

「ふと気になったことが一つありまして」

「どんなこと?」

 エンカが尋ねる。

「先ほど、トバクさんがあの甲冑の腕を二本斬り飛ばしたときのことです」

 飛んだ腕は剣ごと光の粒子となって元の場所に戻り、再生してしまった。

「…………あの腕って、何で斬れたのでしょう?」

「ん?」

「この遺跡はトバクさんの超級の力業でもってしても傷一つ付けられないくらい頑丈に、堅牢に造られています。扉とその先にある小部屋を内包していた直方体もそうでしたし、これだけトバクさんと戦闘して傷一つ付いていないあの甲冑の化物も同様でしょう。仮説としてはそれらが『1』から『10』という単純な数字の鍵を仕込まれた仕掛けとして起動していて、その解除の為の鍵をわかりやすく晒しているからこそ、正規の手段を経ての解除以外は受け付けない不壊性が付与されているからじゃないかという話はしましたが――」

「ああそっか。じゃあ何で『最初から斬れない』んじゃなく、『斬られた後に再生する』なんて手順を踏んだのかって話か」

「はい。あのときは確かどちらも腕の根元を斬り飛ばしているように見えたのですが、じゃあ肘に当たる関節部、或いは手首に当たる関節部なんかはどうなのか、もし可能であればそこら辺も試してみていただけないかと思いまして」

「それはもう試してるよ。っていうか攻撃するなら甲冑に隙間ができるそういうところしかなかったって言った方が正しいかもだけどね。根元が斬れたんだし他の部分も斬れるんじゃないかって思ったんだけど、異様に硬くて無理だったわ」

「もう確認済みでしたか」

「ほんと凄いな。あんな攻撃捌きながら、そんな精密な狙いつけて斬り返してたのかよ」

 感心したように言うフラトに、エンカは呆れたような表情を返した。

「だから言ったじゃん、戦いの為の戦いじゃなくて、まだ分析することは念頭に置いてるって」

 念頭に置いてたとしても、そんなさらっと言えるようなことではないだろうに。

 しかしいい加減この凄まじさというか、化物じみたところにも慣れていかないといけないのかもしれない。

「因みにだけど、途中でさっきとは別の腕の根元も斬ってみたんだけど、やっぱりそこは斬れたんだよね。ただ反撃食らって切断までは出来なかったからすぐにくっついちゃってたけどさ」

「となると矢張り、腕の根元だけ斬り飛ばせるのはおかしいですよね。ここがとっかかりと考えるべきでしょうか」

 この仕掛けを解く為の切っ掛け。起点。

 あとはそれをどう『1』から『10』という数字に絡めていくか。

「たとえばだけど――再生する前に腕を十本斬り落とすとか、そういう力業には意味がないって思った方がいいんだよね?」

「だと思いますが、現実的な問題としてトバクさん、それ出来そうですか?」

「んー、自分で言っておいてなんだけど流石にそれは無理かな。あいつの攻撃の隙を突いて、自分の位置の調整とドンピシャで最大火力を叩き込められるような状況が作れたら、背中の八本は一気に斬り落とせる可能性がないでもないかもしれない。でもその後で残った両肩から伸びる二本をその八本が再生する前にってのはしんどそう」

「ですよね。というか背中の八本は頑張ればできそう、みたいなニュアンスで言うことに私は戦慄すらしていますが、でも、やっぱりその力業は違うんじゃないかと」

「ん。了解」

「何よりそれじゃあ――数字に対する縛りがいまいち弱い気がしますし…………。流石に十本の腕を持つ敵を用意したからその腕全部斬り飛ばせたら解除成功、というのはあまりに雑と言いますか、芸がないですよね」

 言葉のナイフが鋭い。

「それに、先程トバクさんが十本全てを再生しきる前に斬り飛ばすのは無理、と仰っていたのはあくまでトバクさん一人での戦闘を想定した口振りでしたし」

「そっか…………攻撃を引き付ける、或いは甲冑の動きを止める、いや止められなくても一瞬でも遅らせることさえできればその隙にトバクならやれちゃいそうだもんなあ」

「やれてしまいそうですよね」

 言って、フラトとナナメは苦笑した。

「んじゃ、まあ話を戻すとして、何で腕の根元だけは斬れたのか、切断できたのかってタナさんの疑問は、一先ずそれがこの仕掛けを解除する為の手段としては正解だったからってことにするとして。次の問題は、どうして折角切断までした腕が再生してしまうのかってところですね」

 言ってフラトが確認するようにナナメの方を向くと、こくこくと小さく頷かれた。

 大変可愛らしい仕草だった。

「扉の仕掛けのときとの関連性で言うなら、この再生って所謂リセットみたいなものじゃないかと思うんです」

「リセット、ですか?」

 フラトが訊き返す。

「扉の仕掛けでは『部屋の中の数字が示す数だけ扉を開け閉めすること』が仕掛けの解除方法だったわけですが、それをせずに別の扉を開けてしまうと、部屋の中の数字が変化しました。これは失敗と見做されリセットが掛かったということじゃないかと。数字が変化したとき、一つの小部屋の中だけじゃなくて、全ての小部屋の中でそれが起きていたと思うんです。メモを取ったとき、数字のダブりがあったのもそのせいでしょう」

「つまり、腕を斬り飛ばすのも何かしらの法則性に則らないと駄目――順番がある、みたいなことですか」

「かもしれないな、と」

「可能性は高そうですね。しかしとなると、その順番をいかに見つけるかですが…………」

 自然と分析と考察で盛り上がったフラトとナナメは、揃って甲冑の方に視線を向け、困ったように固まってしまった。

 そりゃあまあ、ぱっと見でそんなものがわかるはずもない。

 果たしてどう探したものか。

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