第九話
「わかりやすくヒントっぽいのは、矢張りあの十本の腕、あるいはその手が握っている十本の剣、でしょうか」
「沈んでっちゃった扉の数も十個だったし、わざわざ扉にも『1』から『10』の数がこれ見よがしに割り振られてたし、部屋の中の数字も一番小さくて『1』で、『10』を越える数字はなかったしね」
ナナメが甲冑の方を見ながら、引き続き考察を口にし、エンカが付け加えるように言った。
「因みに言いますと、先程まであった直方体の仕掛けに関しまして、私とトバクさんで何週か回って変化する扉の中の数字をメモしていった際は、ダブった数字が見られましたが、最後正規の手順を踏んでトバクさんが仕掛けを解いてるとき――扉を開け閉めしている数を数えていたのですが、ちゃんと『1』から『10』でダブることなく配置されているようでした」
「ありゃ、それは気付かなかったわ」
実際に開け閉めをしていたトバクがあっけらかんと言うが、フラトもトウロウも一体何をしているのかが気になって数なんて数えていなかった。
ナナメはエンカが何をしているかに当たりがついていたとはいえ、咄嗟にそこの分析までやってのけたのは、流石魔術オタクと言うべきだろうか。
助手として有能過ぎる。
「ということで、多分『縛ってる』んだと思います」
そんなことを突然言うナナメの言葉に、
「縛ってる?」
フラトが僅かに首を傾げて訊き返した。
「魔術は、意図的な条件付けなどで効果が強力になったりするというのは、この遺跡に這入るときに話したかと思うんですが――」
「地形と魔術相性による相乗効果とか、わざと弱い側面を設定することで術を強固にするとか、そういう話でしたよね」
「あ、はい。そうですそれです」
自分の説明をフラトが覚えていたのが嬉しかったのか、首をぶんぶんと力強く振ってナナメが相槌を打った。
「効果は――威力が増したり、耐久値が上がったり、効果範囲が広がったりなど様々です。それぞれの魔術として持つ特性が強固になる感じですね」
「ってことは魔術の発動に際して、その条件付けのようなものは、実戦だとほぼ必須の前提条件として組み込まれていると考えた方がいいんですね」
「あ、いいえ。必ずしもそうではありません」
フラトがわかったようなことを言うとナナメによって即座に否定された。
恥ずかしい。
「あちらを立てればこちらが立たずと言いますか。ある程度の複雑さを持った魔術陣が使用されることを前提とすると、その現象をより強固に、強力にしようとすれば、同時に弱点たる部分も強く出てしまうようになります。『何を』相手に戦うのかにもよりますが、相手が知恵を持つ人であった場合は、そういった弱点を晒す反面強力になる魔術よりも、シンプルな魔術陣を用いて、籠める魔力量の多寡や魔具の強度で純粋に効果が高まるようなものを、ある程度の数揃えて隙をなくし、自身の立ち回りで戦闘を組み立てた方が有利に働く場面も多かったりします」
「成程」
奥深い。
確かにいくら強力でも当てられなければ意味がないし、なんなら弱点がバレてそこを突かれたらもう使い物にならないんじゃあ、話にもならない。
それを単体で使うにはあまりにピーキー過ぎる。
要はバランスと駆け引きということなのだろう。
「えっと、話を戻しますが、つまりトバクさんの攻撃でも傷一つ付けられないほどの強度、『不壊』と言ってもいい滅茶苦茶な特性をこの建造物に付与しているからには、ここから脱出するのはイコールで攻略が必須――仕掛けを解除していく必要があるかと思うのですが、その解除の為のヒントが、つまり強固な不壊性を付与した際の弱点として、わかりやすく晒されているはずだと思うんです」
「それが、十個の数字による縛りってことですか」
「じゃないかと、思うんです。要素を『1』から『10』という数字に絞って、それを基盤にし、また解除の為の鍵ともすることで、過剰な破壊力による横紙破り、所謂『ズル』みたいなものをできなくしているんじゃないかと。ただこれは、あくまで私の知っている『魔術』をベースにして話しているので確定ではありませんが…………」
遺跡という場所である以上、もっと複雑な条件を付与した上で、弱点や縛りなんてものもなく、あれだけの強度を保った仕掛けだってないわけじゃあないかもしれない、というのも最後にナナメは付け加えた。
「まあ、遺跡だから何が起きてもあり、なんて考え方をしてたら解けるものも解けないし、そんなものは思考放棄以外のなにものでもないでしょ。何かしら取っ掛かりが思い付いたならそこから崩していく方向で考えていこう。ってことでタナさんからは沢山意見が出てきていいね、頼もしいぜ」
ぐっとエンカがナナメに対して親指を立てた。
「流石魔術オタク」
トウロウは可笑しそうにナナメを指差してそう言い、直後には脛を抱えてうずくまる羽目になった――そんな光景を見てフラトは、あぶねー、と心の中で胸を撫で下ろした。
トウロウが言っていなければ、フラトが口走っているところだった。
ぐりん、と何を察知したのかナナメの険しい目がフラトに向けられたが、すぐに目を逸らした。
「では一旦、攻略のヒントはあの十本の腕、十本の剣と仮定しましょう」
「んじゃ、また情報収集と行きますか」
そう言ってエンカが、しゃら、と剣を抜きながら一歩、円の方へと踏み出した。
「トバクさん、先程あれだけの激しい戦いをしたばかりですし、まだもう少し…………」
「大丈夫大丈夫。息は整ったし、寧ろ温まった身体が冷めない内にやっておかないとって感じだし」
それに、とエンカは続ける。
「どれだけ理不尽に見えても道理は通ってるわけでしょ。三人とも、私が戦ってる間も外からちゃんと分析しててよ」
「はいよ」
「わかりました」
「了解」
三者三様に、円の中へ這入って行くエンカに答えて送り出した。
それから――ナナメはその場に留まり、フラトが円際を左に、トウロウが円際を右に移動して、それぞれが見れる角度を変える。
「それじゃ――」
とエンカが剣を引いて構え、腰を落とし、
「行ってきます」
一歩、二歩、と強烈に床を踏みしめて駆け出してから、思い切り甲冑目掛けて跳び上がり、大上段に構えた剣を振り下ろした。
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