第七話

「これは、仕掛けを解くことに成功したってことでいいかな」

 ナナメと一緒に戻ってきたエンカが、直方体が沈んで何もなくなってしまった方を見ながら言う。

 既に立ち上がっていたフラトとトウロウも周囲を確認していたが、他に変化らしい変化は見受けられない。

「あのさ、因みに俺、よくわかってないんだけど結局今の仕掛けって何だったんだ?」

「ああ、それはですね――」

 トウロウが口にした疑問にナナメが楽しそうに口を開く。

 あんな大掛かりな遺跡の仕掛けを間近で見られて、しかもその解除に直接携われたのもあるのかもしれないが、とてもうきうきした表情をしていた。

「ザラメは、私が扉を閉める際にペンを落としてしまい、中に閉じ込めてしまったのを見てましたか?」

「ああ」

 因みにそのペンは、普通にエンカが仕掛けの解除中に回収してナナメに戻していた。

「そのペンを拾う為にもう一度扉を開けようとしたら、開かなくなっていたんです。別に他の扉が開いている状態でもなく、なんならトバクさんが別の扉を開こうとしたらそっちは難なく開いたのに」

「つまり、開かなくなった扉は何かしらの条件を満たしたことでロックが掛かったと?」

「はい。そのとき部屋の中の数字は『1』でした。何故急に一つだけ扉が閉まり切ってしまったのか、仮説の一つとしては『中の数字が『1』の部屋から順番に扉を開ける』という条件で、まずその最初をクリアしたというもの」

「でもそれは…………」

「そうです。それを最後までクリアするには、扉を開けずに部屋の中を透視して中の数字が予めわかってる状態でないとほとんど無理でしょう。二連続で正解するだけでも膨大な確率になります。仮に正解した分だけ扉が閉まり切り選択肢の幅が狭まるのだとしても、ここで餓死する可能性の方が高いかと思います」

 そんな運でしかどうこうできないような仕掛けならどうにもならない、と切り捨て、もう一つトバクが思い浮かんだ仮説を検証してみたのだと、ナナメは言った。

「そういえばあのとき、タナさんも思い付いたことがあるって言ってたけど、結局同じだったの?」

 ふと思い出したように問うエンカに、

「はい」

 ナナメが嬉しそうに頷いて返した。

 たまたまとは言え自分が謎解きの切っ掛けを作ることになり、そこから導き出した解が仕掛けの解除に繋がったのなら、そりゃあ嬉しいだろう。

「崩城はあれ、一体何をしてたんだ?」

「部屋の中の『1』という数字を満たすような行動は扉を開けた以外に何がありましたか?」

 再び、ナナメが講義をするようにトウロウに問うが、

「何があったんだ?」

 間髪入れずにそう返すトウロウに、ナナメは目を細め、仕方なさそうに溜息を吐き出してから「ちょっとは考えようとして下さいよ」とこぼして言う。

「扉を閉めたんですよ」

「…………まあ、確かに」

。それしかしてないんです」

「それだけ?」

「はい。ただ、それだけです」

「部屋の中にある数字の分だけ、開けて閉めただけ……………………それはなんて言うか、改めて聞くと呆気ないな。いや、味気ないと言うべきか……………………まあでもだからこそ、なのか。こういう場所だからこそ、正直何でもかんでも特別感みたいなものを求めちまうっていうか、そうである、と思いがちだから、そういう地味な方法って目がいかないもんな」

 それだけ『遺跡』という場所が巷間にも広く知れ渡り、誰も彼もの中で良くも悪くも『特別』になってしまっている。

 構造も、罠も、報酬も――特別なものである筈だという先入観。

「外で見たドーム状の建造物から、扉を抜けてここに来たときのインパクトも中々凄かったですから、余計にそんな風に思ってしまうものかもしれませんね」

「ああ確かに。もしそうした無意識の思い込みも織り込まれてのことだとしたら、地味に見えたが、相当に嫌らしいな」

「かもしれませんね。正直、同じ扉を連続で開け閉めするなんて思い付いてもいませんでしたし、仮にあそこで私がペンを落とすようなこともなく試行錯誤が続いていたとして、果たして思い至っていたかどうか…………」

 純粋に偶然に助けられた、とナナメは言う。

「まあそれに関しては私も同じだね。仕掛け自体、数字の変化以外に特に変わったギミックのない、あまり複雑な構造を持たないものだっただけに、寧ろ、解き方をあれこれ複雑化して考えようとしちゃってた部分はあったからねえ。ほんと、タナさんの偶然に助けられたよ、ありがとう」

「い、いえいえいえ! お礼なんてそんな…………ほんと偶然、ですから」

 ナナメは驚いたように手をぶんぶん横に振った後、

「ま、まあ、幸い敵が攻めてきたり攻撃的な罠が作動するような仕掛けじゃなかったのは良かったですよね、誰も怪我することがなくて。ただ、外に出られない以上はどうしたって『食糧』の問題が付きまといますし、『どれだけ』、『何をしたら』、この遺跡の攻略となるのかわかってないという状況は変わりません。そんな中で、こんな最初も最初の仕掛けで長く時間を消費させられてたらやっぱり、気持ちが焦るのは止められませんし、時間が経つにつれて思考もどんどん狭まっていたかもしれないと思うと、存外早めにこの仕掛けを解けたのは良かったかと」

 照れ隠しなのかなんなのか、やけに早口で言い切った。

「偶然だろうが運も実力の内ってね。たまたまペンを落としたのもそうだけど、その部屋がこれまた偶然、中の数字が『1』だったんだから、確立で言えばこれだって相当なもんでしょ。つまり、タナさんがいてくれたからこその功績なのは紛れもないからね、それは素直に受け取ってもらって、んでもって、次に切り替えようか」

 さて何が出てくるかな――と、わくわくしたような表情を浮かべるエンカ。

 二つの直方体が床に沈んだことで何もなくなり、余計広く見えるようになった空間。

 当然、依然として出入口はないので、このまま何も起こらなければ緩やかな死を待つのみになってしまうわけだが――果たして。

 いや、まさか。

 もう既に『次なる仕掛け』の真っ只中にいる可能性というのも…………。

 この何もない空間こそに仕掛けが施されているなんてこともあるんじゃないだろうか。

 などと、最早迷走気味に考えながらフラトがきょろきょろと視線をあちこちに飛ばしていると。

「お?」

 中央付近の床がまるで液体のように波打ち、下から、どぷん、と光る球体が浮かび上がってきた。

 床から一メートル程の高さで停止した直径三十センチ程の球体は、一瞬にしてその形状を直径三十メートル程の『輪っか』へと変化させゆっくりと降下。

 そのまま床と同化するように、模様として刻まれた。

 しん、と。

 それ以上何の動きもなくなったのを確認して、四人がゆっくりと輪っかに近付く。

「さっき、ここら辺の床が液体みたいに波打ってましたけど、今はもう元に戻ってますね。輪っかの内側と外側で硬度が違うってことも、触った感じなさそうですし」

 いの一番にしゃがみこんだナナメが、ぺたぺた床を触りながら検証を始めていた。

 これで、自分が魔術オタクと呼ばれていたことに驚いていたのは、こっちこそ驚きである。

「これって円? それともさっきの仕掛けを考えると数字の『0』なのかな?」

「ああ、確かに。数字とも取れますね」

 エンカの言葉にナナメが同意を示した直後――

「っ!?」

 輪っかの部分が仄かな発光を見せ、四人はすかさずその場から一歩、二歩、と跳び退るようにして距離を取った。

 因みにしゃがみ込んでいたナナメはトウロウに胴体を抱えられて。

 警戒した四人の視線が集まる中――輪の中を光の線が縦横無尽に駆け巡る。

「あれは…………魔術陣ですか。でも、あんな形のものは見たことが――」

 魔術オタクがぶつぶつと言葉をこぼす。

 組み上がった魔術陣らしきものの中、地面だったはずの床が沸騰したように泡立ち、下から押し上げられるように盛り上がり、流れ落ちて、巨大なものが姿を見せ始めた。

「甲冑、でしょうか?」

 ごつごつしい見た目の戦闘装束。防具。

 足までしっかりと現出し、円の中、仁王立ちで静かに立ち尽くすそれは、全長五メートルに届きそうな巨大な体躯をしていた。

 しかも。

「腕が、十本…………ですか」

 肩から伸びる二本の腕と、背中から伸びる八本の腕。

 左右に五本ずつ配されたそれら十本の腕全てが、その巨大な体躯に見劣りしない長大な剣を握りしめていた。

 十本手の甲冑姿。異形の怪物。

「あんなわかりやすくこっちの危機感を煽るような形をしておいて、すぐに襲ってくる気配がないっていうのは、つまり、ここが境界線だってことなのかな」

 円のすぐ傍まで戻ったエンカが、その縁を見下ろしながら言う。

「あの甲冑を呼び出すための魔術陣であり、それを動かし、戦わせるための土俵みたいな感じってことか?」

「多分ね」

 フラトの言葉にエンカが短く頷く。

「あのー、やっぱりあれ……………………倒さないとですよね」

 唖然と甲冑を見上げながら呟くナナメの声に、

「そりゃ、そうでしょ」

 とエンカが当たり前のように返した。

「出入口は相変わらず出現なんてしてないしさ、となれば次の『仕掛け』はあの甲冑の化物以外にないでしょ。無暗やたらに攻撃してこないのは、そんなことしなくてもどうせやるしかない、やらなければ餓死するだけ、ってことなんだろうし」

 そんな身も蓋もなく怖いことを言うエンカの表情には、隠し切れない喜びが浮かんでいた。というかちょっと笑っている。

 今にも飛び出したくてうずうずしているのだろう。

 ここで心底から嬉しそうに笑えるのは――狂っている。

「うはっ」

「やめろやめろ。そんな顔で歓喜のあまり出ちゃったみたいな笑い声出すなよ」

 こええよ、と呻くフラトの目の前でエンカがぐいっと、伸びをし始めた。

 腰を左右に回して、とんとん、と小さく跳ねて、手首足首をぶらぶら。

 相手が動かないのをいいことに呑気に身体をほぐし始めて、最早戦闘する気満々の彼女には、もう誰の静止の声も届かないだろう。

 そんなことをすれば逆に矛先が向きそうですらある。

「一応訊くけど、すぐにでも行くつもりなのか?」

 円の際、フラトはエンカの隣に立ち、訊く。

「勿論、こうなったら取り敢えず行ってみなきゃ何もわからないでしょ」

 別にそんなことはない。

 まだ円の際をぐるっと回ってあの甲冑を観察したり、まずは人じゃなく別のものを投げ入れて様子を見たり、それこそ魔術なんてものがあるのだからそれで円の外から攻撃してみたり、足とか手だけを中に入れて様子を見たり。

 考えつくだけでも、一応やれることはあると思ったが、フラトはそのどれも口にすることはしなかった。

 きっと、そんな正論無駄だろう。

「わかった。でも気を付けてな。さっきの扉の仕掛けからして今回だって一筋縄じゃいかないだろうしさ」

 そう言うフラトに、

「遺跡なんだから、一筋縄でいってもらっちゃ困るでしょ」

 エンカは左手をひらひらと振りながら、円の中へと足を踏み入れた。

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