第六話

「考えてもわからないなら――」

「徹底的に調査あるのみ、ですね」

 まるで息の合った長年のコンビかのように、エンカとナナメはほぼ同時に立ち上がって、扉の方へ歩いて行った。

 立ち上がる際、ナナメが真ん中に置いたメモを拾い上げ、ぱらっと新しいページを捲りながらなんだか楽しそうに口角を上げるのをフラトは見た。

 案外あの二人、似た者同士なのだろうか。それとも、この短い時間でも一緒にいて共鳴する部分でもあったのか。

 いや――ここはもっと簡単に、毒された、と言うべきかもしれない。

 なんて、フラトがぼうっと思っていると、

「痛っ」

 わざわざ戻ってきたエンカに後頭部を引っ叩かれた。

 そのまますたすたと、苦笑しながら待つナナメの下へ戻るエンカの後姿を見ながらフラトは思う――何故バレたのだろうか。というか、フラトはフラトで、一応後ろめたい部分があったので引っ叩かれても『しょうがない』と思えて、下手に不満を口にしたりもしなかったが、それは外に出ないフラトの内部だけでの話で、一体エンカは何を根拠にフラトの後頭部を引っ叩こうと思ったのか。

 全くもって、不思議でならない。

 いや、案外、エンカもそこら辺何かを頭で理解しているわけではなく、なんとなくの感覚で動いている可能性も低くない。まあその場合フラトは『なんとなく引っ叩きたくなったから』引っ叩かれたことになるわけだが――。

 などと。

 そんなしょうもないことをいつまでも考えていてもしょうがない、とフラトもその場から立ち上がる。

 現状、目に見える進展が期待できるような閃きはない。

 だからって、このまま黙って難しい顔をし続けていても都合よく閃いたりはしないだろうし、だったら、次にエンカ達が戻ってきたところで休憩でも取れるよう、また丸太でも出しておこうかと、フラトが亜空間収納を起動しようとした――そのとき。

「あっ」

 ナナメが少し大きな声を出して動きを止め、そんな彼女の前で、扉ががちゃりと閉まった。

「どうしたの?」

「あ、すみませんトバクさん。閉めるときペンを落としてしまって――」

 しかも落ちたペンが閉まる扉に巻き込まれ、小部屋の中に入ってしまった――ということらしい。

 まあ、それだけ聞けば『それくらいのこと』程度かもしれないが、見ようによっては集中力が切れているとも言える。

 万が一を考えれば、彼女達が戻ってくるのを待たず、呼び戻してでも一旦休憩を挟んだ方がいいかもしれない、とフラトが考えていたところで。

 状況が動いた。

「あれ?」

 と今閉まったばかりの扉に手を掛け、ナナメが不思議そうな声を上げた。

 扉を引く。

 がちゃがちゃ。

 もう一度引く。

 がちゃがちゃ。

「開かない…………」

 呟きながらナナメがエンカの方を見る。

「次の扉、まだ開けてないですよね?」

「触ってすらいないね」

 そう言ってエンカは両手を上げて見せた。

 それを確認しながらナナメはもう一度扉を引いてみるが、矢張り開かない。

 同時に二つ以上の扉は開けられない――という条件を満たしていないにも拘わらず、扉が開かなくなっている。

「んじゃあ試しに――」

 とエンカが上げていた手を下ろして自分の前の扉に手を掛けて引くと――

「あら…………こっちはすんなり開くね。ねえタナさん、そこの開かなくなった部屋の壁に描かれた番号なんだったかメモしてる?」

「はい。『1』でした」

「1、か…………」

 顎に手を当てて呟く。

「仮に今の『1』の数字の部屋を開けたことを『順番の最初』としてカウントされていた場合、私達は次に『2』の扉を開けないといけないんだけど…………」

「中の数字が変化してしまうことを考えると、それはちょっと…………」

「だよねー。私達が次に、小部屋の中に『2』の数字が書かれている扉を引けるのはめちゃめちゃな確率の話で、運要素が大き過ぎる」

 それこそ扉を透かして小部屋の中が見れでもしない限り、とエンカ。

「仮に、小部屋の中に書かれた数字の順番通りに扉を開けていかなければならないのだとして、いくら正解した扉が開かなくなる仕様なんだとしても、十個目の扉まで連続で、となるとまず無理でしょう」

「そんなものを、いくら遺跡だからって『仕掛け』とは呼べないよねえ。呼べない…………はず。兎に角、そんなもん下手したら冗談じゃなく年単位で解けない、どころか、死ぬまで解けない確立も低くないでしょ。だったらそんなのは『ないもの』として切り捨てて、タナさんの目の前の扉が開かなくなったことに別の理由付け、別の解釈を求めるとなると、あともう一つくらいしか、私は思い浮かばないんだけど」

「偶然ですね、私も一つだけ思い付いていることが」

 二人が顔を見合わせ、楽しそうな笑みを浮かべた。

「是非、トバクさんから試してみてください」

「もち」

 そう言ってエンカは開けっ放しにしていた扉を閉め、『1』の扉の前へ戻って取っ手に手を掛け――開けて、閉めた。

 それだけを三回――バタン、バタン、バタン――繰り返してから次に『2』の扉へ。

 バタン、バタン。

 『3』の扉へ。

 バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。

 『4』の扉へ。

 バタン、バタン、バタン、バタン、バタン。

 『5』の扉へ。

 バタン、バタン、バタン、バタン、バタン、バタン、バタン、バタン。

 『6』の扉へ。

 バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。

 『7』の扉へ。

 バタン、バタン、バタン、バタン。

 『8』の扉へ。

 バタン、バタン。バタン。バタン。バタン。バタン。

 『9』の扉へ。

 バタン、バタン、バタン、バタン、バタン、バタン、バタン、バタン、バタン。

 そして最後――『10』の扉へ。

「これで最後」

 バタン。

 直後。

「うわわわわわわわわわっ」

 大きく床が振動し、よろめいたナナメをエンカが支えた。

 フラトとトウロウはその場でしゃがみつつ、それぞれが辺りに警戒の視線を走らせる。

 そんな中――

「あ、沈んでいきます…………」

 扉を備えた二つの直方体が溶けるように床に、ずぶずぶと沈んでいき、跡形もなくなると、揺れも収まった。

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