第十六話

 翌日。

 朝食後の買い出しから戻ったフラトは、手ぬぐいで口元を覆い、まずは中を検めるべく隣室の――倉庫部屋の扉に手を掛けた。

「うわ……………………」

 一歩足を踏み入れただけで舞い上がった埃を、押しのけるように身体を中へ滑り込ませ、素早く内側から扉を閉める。

 中は無造作に積まれた箱やら何やらでごった返していた。

 奥の窓はきっちりカーテンが閉められているものの、その上部にある嵌め殺しの小さな窓から差し込まれる光で部屋が照らされ、舞った埃がきらきらと煌めく。

「よっ、と…………と、と」

 隙間を縫うように奥へ進み、まずはカーテンを全開にして部屋全体を明るく。

「結構、広いな」

 こうして物置として使用されることを前提として造られた為か、隣でフラトが借りている部屋よりも広いし、窓も随分大きく造られている。

 その窓も全開にして、舞った埃を外へ追い出しつつ換気。

 それから一度借りている部屋へ戻ったフラトは、鞄から取り出してきたサンダルを倉庫部屋の窓から裏庭へ置き、窓を通じて中と外を行き来できるようにして――準備完了。

「それじゃ――」

 早速整理に取り掛かる。

 まずは箱類を窓際に動かしていき――途中で見つけたシートを裏庭に広げ、四隅に大き目の石を置いて風で飛ばぬよう固定しつつ――ある程度窓際に寄せたら、それらを窓から外に出し、更にシートの上に移動させる。

 多くの箱が側面に、中身が何なのか、メモが貼られていたのでわかる範囲で系統立ててまとめておいた。

 何度か中と外を往復して箱類をあらかた出し終わった後は、一つ一つ重量があり、形が不揃いな物――机、椅子、脚立、それから何に使われていたのか一見してはわからない大小様々な台や棚などを運び出す。

 あまり破損が見られず、まだ使えそうだと思えるものから、明らかに一部がなくなっていたり、折れていたり、ガタがきてしまっているものなど、ぱっと見る限りでも状態は様々だった。

 そうして――部屋の中を空にしたら、掃き掃除へ。

 畑脇の水道で水を汲んで桶に溜め、雑巾で拭く。無心で拭く。拭いて拭いて拭きまくる。

「……………………こんなもんかな」

 気付けばバケツの中の水は真っ黒になっていた。

 幸いにも、というかまだ建てられて十年ほどと築年数自体も長くないし、物置になっているせいで使用頻度も高くないせいか、深刻な汚れもなく、溜まっている埃を拭きとっただけで部屋の中は大分綺麗になった。

 部屋の窓から再び裏庭に出て、バケツの中の水を捨て、手と顔を洗い、服に着いた埃やら汚れを丹念に払い落として、食堂へ。

「カイガイさん」

 お茶を飲みながら本を読んでいたクビキに声を掛ける。

「あらまあ薄汚れちゃって」

「取り敢えず倉庫内の物を外に出して並べておいたんですけど、明らかに使い物にならなそうなものとかもありまして、もし捨てるしかないやつとかあったら戻すのもなんですし、見ておいて欲しいんですが…………いいですか?」

「え、もう終わったの?」

「終わったというか、中のものを一度外に運び出して、部屋を掃除するところくらいまでですけど」

「にしても早いわね。頼んで正解だったわ」

 初めてクビキに感心されたかもしれない。

「そしたら一先ずお疲れ様。お昼も食べないでぶっ続けでやってて流石に夜まで持たないでしょ。厨房に軽食を用意してるからそれ食べなさい。その間に見ておくから、食べ終わったらまた来なさいな」

「ありがとうございます」

 フラトがお礼を言うなり、クビキは本を閉じて食堂を出て行き、フラトは厨房へ行って手洗いを済ませ、わかりやすく置いてあったおにぎりを持って食堂に戻り席に着く。

「いただきます」

 手を合わせてそう言ってから、フラトはお米を口いっぱいに頬張った。



「お昼、足りた?」

「はい。十分に、おにぎり美味しかったです。ありがとうございました」

「片手間よ。ま、お礼は受け取っておくわ」

「はい」

 片手間なんてクビキは言うが、ちゃんと具を入れる手間は掛けてくれていたので、嘘偽りなく、美味しい昼食だった。

「それにしても、綺麗に分けたものね。几帳面も度が過ぎると近寄りがたくなるから気を付けなさい」

「確かに几帳面な自覚はありますが、まさかここで、そんな理由で注意を受けるとは思ってもみませんでしたよ。…………ほとんどぱっと見の判断でやっただけなのに」

「ぱっと見の判断、とか言ってここまでやっちゃうから注意してんだけどね。もっと世話を焼きたいと思うくらいの駄目駄目の方が女の子にモテるわよ」

「…………心に留めておきますよ」

「ま、何にしてもあんたのその、ぱっと見の判断ってやつは概ね間違ってないわ。あとは、そうね――」

 と、そこから続くクビキの判断――処分するものを指示通りにまとめていく。

「この処分するやつ、運びやすいように細かくばらして欲しいんだけど、できるかしら?」

「工具があればできるかと思いますが…………」

「持ってくるわ」

「そしたら、夕方の風呂掃除までに終わるかはわかりませんが、やれるだけやってみます」

「お願いね」

「はい」

 一度建物に戻って工具箱を持ってきてくれたクビキを見送り、フラトは早速処分品をバラす作業に取り掛かった。

 錆びていたり、釘が打ち付けられていてどうにもならないものは、一ヵ所を踏み付け、別の箇所を蹴り飛ばしたり、踏み抜いたりすることで強引に引き剥がした。その際に壊れようと、どうせ処分するのだから構いはしない。

 ひたすら分解作業を続けていく。

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