第十七話

 整理、清掃、解体で埃まみれになったせいか、夕食前の風呂掃除を終えた後、

「今日は一番風呂使ってもいいわよ。というか、流石に皆揃ってのご飯の前に綺麗にしてきなさい」

 とのころで、まあ、フラトはシャワーで済ませてしまうし、蜘蛛は桶に溜めたお湯に浸かるだけなのであまり一番風呂とかは関係はないが――ともかく、さっぱりして、フラトは夕食作りに合流した。

 その後はこれまで通りの手伝いを終え、部屋に戻ると、タイミングを見計らったようにイチジクがノックもせずに部屋に突入してきた。

「師匠ー」

 慣れたようにどかどか這入ってきて、中央に座り込む。

「よう。んで、お前がもらった明かりの魔具か、本に新しく浮かび上がった魔術陣について何かわかったか?」

 最早フラトもそんなイチジクの態度には一切突っ込まず、普通に話を切り出す。

「全然」

 とイチジクは首を横に振った。

 そんな簡単に見つかるわけないでしょ、とでも言いたげに、力強く。

「本がそうだったみたいに、この指輪も『使う』って方向で考えてみたんだけどさ――」

 イチジクがポケットから指輪の魔具を取り出しながら言う。

 よっぽど手に入れられたのが嬉しいのか、肌身離さず持っているようである。

「光源の魔具だから使用用途はやっぱり照らすことになるんだと思うんだよね」

「まあそうだよな。あと考えられるとすれば、その魔具の光に反応する何かがある、とかだろうけど」

「あーそっか。私、ずっと暗いとこを照らすってイメージでそれっぽいところないかなって思ってたけど、別に暗くなくても、光自体に反応する何かがある可能性もあるのかー」

「けどそれだって、何のヒントもなしにそういうものが置かれてたら全くわからないだろうし、ここまでみたいに何かしら切っ掛けになるようなヒントが仕掛けられてるのだとしたら、やっぱり『暗いところ』ってのは大事な要素だと思うけど」

「そう言われても…………全然、全く持ってわからんよ、師匠」

「ま、そりゃあなあ」

 そもそも『この先』が存在するかどうかも確証がない状態で探しているのだ。手探りなのだから、わからないくらいが当たり前と考える方がいい。

「ここじゃなくて、別の、どこか町の中とかまで探さなきゃいけなかったりするのかなあ」

 広すぎるよ、とイチジクは嘆くが、

「いやあ、それはないんじゃないか?」

 フラトは否定した。

「どうして?」

「なんとなく?」

「なんとなくって何だよ師匠ー」

 さっきまで面倒臭そうに嘆いていた奴が、あからさまな呆れ顔をフラトに向けていた。

 こういううざったい表情を全て見て学んだというなら、クビキが元凶なのだろう。まあ、それはクビキが悪いというより、クビキにそういう顔をさせるイチジクに問題があると言えるのかもしれないが。

 もしかしてこの少女、かなりの問題児なんじゃなかろうか。

「ほら、天井の魔術陣を発見したときにさ、僕が脚立はずるいって言ったの憶えてるか?」

「うん」

「実際にそのときは花瓶台にも同じ魔術陣があって起動できたし、その前の本の仕掛けにしても意地悪な感じは、僕はしなかったけど、ヨリギはどう思う?」

「んー」

 とイチジクは腕を組み、首を傾けて目を瞑り唸ることしばし。

「…………最初は、わかりにくくて、ページ数だけ滅茶苦茶だったり、見ずらい本の底に魔術陣があったりって、それこそ意地悪って思ってたけど、でもそのどれにも意味があるって師匠が話してくれて、確かにって納得したし、理不尽ではないのかもって今は思ってる」

「ってなると、仕掛けがもしあるならこの建物の中で完結してるって思わないか? もしこの建物を出る必要があるのだとしても、それを示唆するような何かしらのヒントが出てくるとは思うんだけど」

 まあ、もしも本当に『何か』があるのなら、だが。

「それに昨日、その指輪が入った箱が落ちてきたときにさ、カイガイさんが『それは女王様からのサプライズ』って言ってたじゃん?」

「うん、言ってた」

「もしかしたらあれってカイガイさんが咄嗟に言ったってだけのことかもしれないけど、『この先』があるんだとしたら、それも含めて『サプライズ』ってことになるわけじゃん」

「うん…………」

「じゃあその『サプライズ』を成功させる秘訣って何だと思う?」

 裏庭で不用品とされたものを更にパーツごとに、無心で分解している際にふと思い付いたことを、フラトはイチジクに話す。

 言葉遊びみたいなものなので、信憑性には欠けるかもしれないが。

「もー勿体ぶらないで教えてよ師匠」

「その『サプライズ』を知っている人間を最小限に留めることだよ」

 サプライズなのだから、仕掛けた人間以外がそれを知っていてはならない。本人に漏洩する可能性は最小限に抑えなければならない。

「そういう意味でも、不用意にこの建物の外には仕掛けないんじゃないかと思うよ」

「なるほどぅー」

 相槌を打ちながら、イチジクは後ろ手に手を突き、天井を見上げた。

「とは言え、だよ師匠。この建物の中でだって、一口に照らすって言っても、照らせる場所なんてそれこそ沢山あるよ?」

「そしたら『照らせる場所』じゃなくて『照らさないといけない場所』で考えてみるのは?」

「照らさないといけない場所かあー。明かりが必要な場所ってことでしょ?」

 明かり、明かり、とぶつぶつ唱えながら考えている様子のイチジク。

「ってことは暗いところ…………ああ、そしたらもしかして夜じゃないと反応しないみたいな条件もあったりするのかな」

「あー、それは僕も思いついてなかったな。確かに、魔術ならそれくらいの条件設定できるかもしれないよな」

 しかも関与しているのが女王様ときているのだから、ある程度高度な仕掛けを施すくらいはお手の物だろう。

 というか――指輪の這入った箱を天井から落とすあの仕掛けだって、よくよく考えてみれば、誰も魔力を送っていないのに魔術陣を重ねただけで反応したわけだし、恐らくとんでもない代物なのだろう。

「ん? 『それは』って言った? ってことは師匠は何かしら一つは思い付いたことがあると?」

「…………変なところ鋭いなお前」

「ふふん、師匠から学んでるからね」

 嫌な学び方をしているな、とフラトは眉根を寄せた。自分はそんな、狡賢い、人の揚げ足を取るような態度を、この少女の前で取っていただろうか。

「でも師匠が心当たりついてるってことは、そんな特殊な場所ではないはずなんだよなあ」

 一応自分でも考えるつもりはあるのか、ぶつぶつ呟きながらイチジクは再び思考に耽る。

「どこにだって電気は通ってるし、照らさないといけない場所なんて…………逆にどこだって照らせるって話で、魔術陣が食堂にあったことを考えると、普段私達が何気なく通ってる場所とかも怪しく見えてきちゃうなあ。いや『夜』が条件なら敷地内ではあるけど、建物の外って可能性もあるのか…………うぅむ」

 ねえ、師匠、とイチジクが改めてフラトを見て言う。

「ここで絞り込むなんて無理だよ」

「いやいや、ほんとにぃ?」

「あ、うざっ」

「あぶなっ!」

 素早く立ち上がったイチジクが、フラトの顔面目掛けて回し蹴りを放った。

 流石に難なくガードするフラトだったが。

「何でお前、ちょっと蹴り方様になってんだよ。誰かに体術習ってんのか?」

 魔術を教えられない代わりに体術でも教えているのだろうかこの施設は。

 クビキ・カイガイの姿が脳裏をよぎるが。

「違う違う」

 とイチジクが顔の前で手を振って否定しながら、蹴り足を下ろして再びその場に座り込んだ。

 瞬時に立ち上がり、腰を捻って蹴りを繰り出し、受け止められつつも蹴り足を下ろすまで、よろけた様子もなく、ブレない体幹は、かなりのバランス感覚と言っていい。

「師匠の真似だよ」

「え?」

「今日の朝やってたでしょ、外で」

「まあ、やってたけど…………」

「こう言うのは嫌なんだけど、そのときの師匠の動き、なんか綺麗だったからさ、記憶に残っちゃってて」

「何で『嫌』とか余計なこと言うんかねお前は」

「嬉しい?」

「お前の感覚がまじでいかれてるのか僕はそろそろ本気で心配しそうだよ」

 因みに、その余計な一言のせいで嬉しさなんて吹っ飛んでいる。

「だからちょっと練習した」

「見よう見真似で?」

「うん」

 簡単に、何でもないことのようにイチジクは頷いた。

 流石に、それだけで体幹がすぐに鍛えられることはないので、そこら辺は、この学び舎での掃除やら、あるいは運動系の授業でもあればそこら辺で鍛えられたりしたのだろうが。

「お前、それは…………まあ今はいいか。話を戻そう」

「照らさなきゃいけない場所なんて全然見当もつかないって話だったよね。でもここ自体が十年前に建てられたばかりだよ? どこも電気が点いて明るいけどなあ」

「それだよ」

「どれだよ」

「十年前に建てられたからこそ、建物としてはまだ全然古いなんて言えないんだよ。電球の方が駄目になるなら兎も角、電気が点かないような根本的な不具合とか、怪しいと言ってるようなもんだよな」

 だから――と、フラトは指差す。

「ん?」

 フラトが指差す方を見て、何言ってんだこいつ、みたいな表情をイチジクが向けてきた。仮にも師匠と呼んでる相手に対して見せる顔ではない。

 そんなもの今更と言えば今更なのだが。

「その壁に何かあるの?」

「壁じゃないよ、その向こう。隣の部屋」

「隣の部屋?」

「そう。何の部屋か知ってるか?」

「うん、知ってるよ。でもそこ物置だよ。お祭りの飾りとか、壊れちゃった椅子とか入れてるところ」

「そうそう」

「なんで物置?」

「そこの物置部屋、電気が点かないんだよ。というかそもそも電球を取り付けるような場所も、スイッチもないしな」

「え!? そうだったの?」

「知らなかったのか」

「全然知らなかった。夜はそもそも這入るなって言われてる場所だったし、なんなら子供達は滅多に這入ることないしなあ。あれ、でも、随分前だけどお祭りの飾りが這入った箱を置きに行ったときは明るかったけど…………何で明るかったんだろ?」

「一応、採光用の小さな嵌め殺しの窓があった、昼間で外が明るかったなら、そのおかげだろうなあ」

「へぇー」

「僕も、ここに来た初日にカイガイさんから電気が点かないってのは聞いてたけど、そりゃあ電球も取り付けられない、スイッチもないじゃ、点けられるはずがないよな」

 清掃しているときにも気になって、拭きながら調べてはみたが、魔術的に照らすような工夫もされていなかった…………と思う。まあそこら辺、フラトは魔術に明るくないのでどうにも確証は持ちにくいのだが。

「うん…………だね。それじゃあ…………」

 とイチジクが隣の部屋へ視線を向ける。

「調べるか?」

「調べたい」

「行くか」

「行こう」

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